第7話 苦痛ー2

 最後までメンバーが決まらなかった俺たちは、他のグループの余った男子と強制的に組まされた。ストレートの髪と切れ長の目をもつ鎗本水影やりもとみかげ。彼の少し気だるげな様子はいつものことながらも、俺の中で妙な不安を煽っていた。俺が学校を休みがちになる前は、仲の良かった友達だった。次々と友達が離れていく中、最後まで俺の傍にいてくれた優しい奴だった。だけどある日突然、俺から離れていったんだ。その理由は分からないままだが、それで良かったと俺は思っている。俺なんかと関わって、彼が孤立することは無くなったのだから。


日月たちもりくんここなんだけど、いつもはどうやってまとめてる?」


 八雲さんが自分の持っているプリントを見せてきた。今俺たちがやっているのは、今まで受けた世界史の授業の内容を踏まえて自分たちで単元をまとめる、というものだ。レポートとか、新聞に似たものをイメージしてもらえばいいのだろうか。これは本来テスト前にやっていることなのだが、テスト範囲が残っていたのと担当の先生が出張になってしまい授業がつぶれてしまったためできなかったのだ。それから、八雲さんは転校してきたばかりで課題範囲の授業は途中から受けていたため、特別に先生がまとめたプリントをもらって書くことになっていた。俺たちは一年生の頃から同じことをやっているため、慣れてはいるもののうまく教えられるかと聞かれればそうではない。


はその授業の時休んでたから、俺が教えるよ。俺が八雲さんに教えてる間、日月は先に俺のノート写しな」

「え、あ、ありがとう」

「いいよ、別に。そのためのグループなんだから」


 水影が俺にノートを渡し、八雲さんのプリントを見ながら解説をしてくれる。まさかノートを見せてもらえるとは思っていなかったため、戸惑いを隠せなかった。それよりも、俺は人に教えられるほどこの課題の評価がいいわけではなかったため、正直助かった。休んでいたところのノートを見せてもらうと、きれいに纏められていて凄く見やすい。水影に感謝しながら写していると、授業中の板書だけでなく自分なりの解釈や先生の話を簡潔にまとめたメモもあったため授業を受けていなくても内容を理解することができた。先生がまとめたプリントより分かりやすいかもしれない。


 時折、話をしている二人の様子を盗み見る。どちらも楽しそうだ。このまま俺を居ないものとして扱ってくれればいいのに、なんて自分ではそう思ってはいるものの、いざその状況になると耐えられない。なんて矛盾しているのだろう。自分を守るための大した効果のない予防線だとしても、呑気に信じ続けていきなり離れられるよりはずっとましだろう。


「日月、あとどれぐらいで写し終わる?」

「えーっと、後三ページかな。ごめん、俺が写してるとの課題が進まないね......」

「......提出自体は来週だからゆっくりでいいよ。別に急かせるつもりもないから」


 八雲さんへの説明が終わったのか、だるそうな表情を浮かべ水影は顔を伏せて寝る体制を取ってしまった。それを見ていた八雲さんは苦笑いを浮かべる。


「谷口先生からクラスの子たちのことは軽く教えてもらってたけど、鎗本くんは無気力系男子だね。先生には隅っこで静かに本を読んでるタイプだって言われたけど、だいぶ違う」

「本はかなり読んでると思うけど、基本的に誰かと話してるか寝てることの方が多いよ」

「へぇ」


 どこか興味深げに声を漏らすと、八雲さんは俺の顔をまじまじと見つめてきた。何かを探るような、疑うような視線。何か変なことを言ってしまっただろうか。八雲さんが口を開いきかけたとき、不意に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。ドキリとしながらも、俺は立ち上がりトイレに行くと伝えて逃げるように教室を出ていく。彼女が何を言おうとしていたのかは知らないが、聞かない方がいい気がしたのだ。次も同じ授業のため、逃げても意味はない。だけど、少しだけチャイムに助けられたかもしれしない。人気のないトイレに駆け込むと、水道の前で立ち止まった。鏡を見ると、自分の顔が青白くなっているのが分かる。なにがこんなに怖いのだろう。もう、自分の中で失うものなんて何もないのに。


 そんなことを考えていると、突然めまいに襲われる。目の前がぐにゃりと歪み立っていられず水道に手をついてしゃがみ込んだ。足がしびれて呼吸がしにくくなり、のどの渇きを覚えた。耳鳴りがして、耳が遠くなっているような気がした。このままではだめだ。そんな気がして、重くなった体を無理やり動かし立ち上がる。壁伝いにゆっくり歩きながらトイレから出ると、保健室へと足を向けた。目の前がぼやけているせいか、自分がどれだけ前に進めているのか分からなくなる。頭全体が圧迫されているような感覚を覚え、俺は壁に寄りかかり座り込んだ。


「大丈夫か?」


 頭がガンガンする。本格的に体調が悪くなっていた時、誰かがしゃがみ込み声をかけてきた。どこか靄のかかる声を何とか拾い、声を出す力がなくなった俺は静かに首を振る。すると、相手は立ち上がりどこかに行ってしまった。少ししてその人は誰かを連れて戻ってくると、何も言わずに俺を立ち上がらせ歩きはじめる。二人に支えられながら、俺のペースに合わせて歩いてくれた。二人に連れてこられたのは真っ白い部屋、保健室だ。


「ありがとう、二人とも。とりあえずここのベッドに寝かせてくれる?」


 保健室の先生に促され、ベッドに座らせられる。履いていた上履きを脱がせてもらい、そのまま俺はベッドに倒れこんだ。横になってから数秒もたたずに眠りについた。

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