氷の騎士様が何故か私に惚れたらしいです。私はおまけなので放っておいてください!

蒼井美紗

氷の騎士様が何故か私に惚れたらしいです。私はおまけなので放っておいてください!

「ユイコ、今日は天気が良いな。王都近くに綺麗な湖があるのだが一緒に行かないか?」


 私に割り当てられた王宮の一室を出ると、何故かこの国の第一騎士団長様がいる。本当にこの人は……いつになったら諦めてくれるんだろう。


「ジェルマン様、何度もお断りしているように私はあなたと出かけることはありませんので」


 私のその言葉を聞くと、途端に落ち込んだような寂しそうな、どこか叱られた子犬を思わせる表情を見せる。

 そんな表情を見せられたら罪悪感が生まれるのでやめてください! 絆されそうになるじゃないですか!


 そう心の中で叫びつつそれを表に出さないようにジェルマン様の前を通って、いつも通っている妹の優愛の部屋へ向かう。


「ユイコ……」


 そんな捨てられたみたいな声で呼ばないで……! 後ろを振り向きたくなるじゃない! 

 でもダメよ、ジェルマン様はこの国の第一騎士団長で侯爵家のお方。私なんかとは釣り合わない。妹の聖女召喚に巻き込まれたおまけの私なんかとは……



 そうしてジェルマン様からの誘惑を振り切って優愛の部屋に向かっていると、廊下の向こうから煌びやかな服で着飾った女性が現れる。


「あら、あなたまだ王宮にいたの? 私のジェルマン様に纏わりついて忌々しいったらないわ。あなたはただの平民なのだから早く出ていきなさいよ」

「マケーニュ公爵令嬢、大変申し訳ございません。妹がここでの暮らしに慣れたならば私は市井へと参ります」

「ふんっ、早くしなさい」


 はぁ、こう毎日毎日絡まれると本当に嫌になる。貴族って見栄の張り合いばっかで相手を蹴落とすことしか考えてなくて、もう早くこんなところから逃げ出したい。でも優愛を一人で置いて行くわけにもいかないし……

 優愛を支えるためにも私が我慢しないとだよね。あの子はまだ十二歳なのだから。私はもう十八よ、しっかりしないと。


 そう考えてもため息が溢れるのは止められない。もうここに来て二ヶ月は経ったけど、どんどん気持ちが落ち込んでいくのが自分でも分かる。そろそろ潮時なのかな……優愛は聖女だから大切に扱われているし、貴族令嬢も忌々しく思っていてもそれを表に出すことはない。私は市井に逃げても良いだろうか。


 そんなことを考えつつ優愛の部屋へ向かい、護衛の騎士に扉を開けてもらう。


「お姉ちゃんおはよう!」

「優愛おはよう。よく眠れた?」

「うん! エリック様が夜に来て一緒にホットミルクを飲んで下さったから」

「……そうなのね」


 エリック様とはエリック・カスティーリャ第一王子殿下のこと。召喚された聖女と結婚することに決まっていたらしく、優愛を落としにかかっている。優愛はまだ十二歳なのに……

 でもこの方は私のことも大切に扱ってくれるしここでの衣食住も整えてくれているし、凄く良い方なのだ。だから優愛のことは任せても良いだろうと思っている。私もずっと王宮にいれば良いと言われてるけど、身分もなくて特別な力もない私がここにいるのは色々と辛い。この国は王政だけど貴族の力が強いみたいだし……


「お姉ちゃん、今日は騎士団の見学をするんだって! 私凄く楽しみなの!」

「そうなんだ。カッコ良いだろうね」

「うん。騎士のお話はこっちに来てたくさん読んだけど、どの騎士の方もカッコ良いよね!」

「楽しみだね」


 騎士団か……ジェルマン様はいないよね? まああの人は団長だしいないか。


 そうして少しだけ不安に思いつつ騎士団の訓練場に向かうと、そこでは激しく剣を撃ち合う騎士達がいた。初めて見たけど凄い、カッコ良い。

 その中で素人目に見ても一段と剣のキレが良くて輝いているのが、ジェルマン様だった。


 いつも私のところに来てる時のわんこみたいな様子は微塵もなく、鋭利な刃物のような目線だ。思わず鳥肌が立った。

 あれが氷の騎士の由来なのかな……少し前にジェルマン様が氷の騎士と呼ばれてるのを知って、あまりにも私のところにいつも来るジェルマン様とはかけ離れていて不思議に思ったのだ。でもあの様子なら分かるかも。


「終わりっ! おいお前、剣のキレがない、鍛練をサボっているのではないか? やる気のないものはこの騎士団にはいらない」


 ジェルマン様は剣を合わせていた相手に向かって冷たい表情でそう告げると、こっちに振り向いた。そして私と目が合うと…………顔がデレっと崩れた。さっきまでの真剣な氷のような顔はどうしたの!?


「ユイコ! 俺のことを見に来てくれたのか!?」

「いや、そうではなくて妹の付き添いで……」


 私のその言葉でジェルマン様はやっと隣にいるメンバーに気づいたようだ。


「第一王子殿下、聖女様、失礼いたしました」

「いや、お前はユイコと仲が良いのか?」

「はい。召喚の際、ユイコに回し蹴りをくらいまして、その時以来の仲なのです!」

「ちょっ、ちょっと! それは内緒にしてくださいと言ったのに!」


 せっかくあの場にいた第一王子殿下とジェルマン様、それから魔術師の方数名にしか知られていないはずだったのに……


「そういえばそんなことがあったな」


 はぁ、絶対に騎士の方達に知られちゃったよ。本当にやめて欲しい、絶対今まで以上に揶揄われる。これだからガサツな平民は嫌だわって令嬢達に言われる。……もうこんなとこにいたくない。


「だ、だ、だんちょう?」


 私達がそんな話をしていると、後ろから恐る恐る騎士の方が話しかけて来た。他の方よりも豪華な格好だから副団長とかだろうか。


「なんだ。私は今ユイコと話しているのだ」

「も、申し訳ございませんっ!」

「おい、あんな団長初めて見たよな」

「俺笑ったところなんて初めて見たよ。あの人は笑い方を知らないものだと……」

「それどころか表情は一生固定なのかと思ってたよな」

「特に女には冷たいのに……」


 騎士さんたちの囁き声が聞こえてくる。ジェルマン様の笑った顔が見たことないって……そんなにいつも無表情なの?


「お前達、今すぐに訓練場を二十周だ。早くやれ」


 後ろを振り返ってジロリと睨みながら静かにそう言った。ジェルマン様のその言葉に騎士の方達は顔を青くして、我先にと走り始める。


「うるさくて申し訳ございません。騎士達は鍛え直しておきます故、ご容赦いただければと」

「ああ、別に構わないが……ニコラスはユイコが好きなのか?」


 ニコラスとはジェルマン様の名前だ。毎日ニコラスと呼んで欲しいと言われて嫌でも覚えてしまった。


「あの回し蹴りに惚れ込みまして。あのようなことをする令嬢には初めて会ったのです。さらにそれからユイコと接するうちに、たまに見せる笑顔や自分を犠牲にしても周りの幸せを考える性格など、守りたいと思いました」


 ちょっと、そんなことここで言うのやめて! 顔が真っ赤になるから!


「そうか。では二人は婚約でもするのか?」

「いえ、まだユイコには断られていますので」

「そうなのか? ユイコ何故だ?」

「だって、私はただのおまけですから身分もないですし、特別な力も持ってません。淑女教育なんて受けてないですし、ジェルマン様の、その、つ、妻なんて、無理に決まっています。ジェルマン様のご家族にも反対されるでしょうし、ジェルマン様を好きな令嬢方にも納得していただけません。なので無理です、ごめんなさい!」


 私は自分でその言葉を発しながら、この世界で私は何も持っていないという事実を再確認して、思わず泣きそうになってしまった。皆に顔を見られないように俯く。

 ダメだ、泣いたらダメだ。優愛も心配する。優愛が私を庇ったら優愛の立場まで悪くなるかもしれない。


「では、私はお先に失礼いたします」


 とにかくこの場から逃げたくて俯いたまま駆け出した。二ヶ月で王宮の作りは分かっているのでとにかく私の部屋へと。この王宮の中で私が安心できるのはあの部屋の中だけだ。無理を言ってメイドも入れないでもらっているあの部屋の中なら、私は一人になれる。


 そう思って駆け足で向かっていると、前から歩いてくる人影が見えた。


「あら、二度もあなたと会うなんて今日は運がないわ」

「マケーニュ公爵令嬢……申し訳ございません」


 二度も会うなんて運が悪い……とにかく今は絡まれたくないし早くどこかに行ってくれ。そう思って廊下の端に跪いて頭を下げたが、令嬢は私の前から動いてくれない。


「顔をあげなさい。――ちょっと、私の命令が聞けないの!?」

「……っ」


 私は泣き顔を見られたくなくて一瞬躊躇ったが、怒鳴られたことで顔を上げる。するとにんまりと歪んだ笑顔を浮かべたマケーニュ公爵令嬢がいた。性格が悪いといくら着飾っても可愛くないのね。そんなことを考えながら平静を保つ。


「あら、泣いているの? ふふっ、はははっ、その汚い涙で王宮を汚すんじゃないわよ!」

「いっ……」


 手に持っていた扇で頬を打たれた。今までは言葉で言われただけだったのに……まさか暴力を振るわれるとは思わなかった。一応私は第一王子殿下に保護されてるんだけど、ここまでして問題にならないのかな?


「私がジェルマン様の婚約者になる予定だったのに、あなたが現れたから、あなたのせいで……!」

「……私はお断りしております」

「それも生意気なのよっ!」


 ……じゃあどうしろっていうのよ! 本当にイラつく、もう身分がある世界なんて嫌。この世界には身分がない国、貴族がいない国はないのかな。そこに行きたい……


 そんなことを考えつつ令嬢がもう一度振り下ろそうとした扇をぼんやりと眺めていたら、突然その扇がどこかに飛んでいった。え……


「マケーニュ公爵令嬢、貴族令嬢が暴力とは……残念です」

「ジェ、ジェルマン様……これは、この女が悪いのです。私は正当防衛を……!」

「そのようには見えませんでしたよ。おい、屋敷までお連れしろ」


 ジェルマン様が後ろについて来ていた騎士二人にそう声をかけると、マケーニュ公爵令嬢は、私を悔しそうに睨みながら大人しく騎士に連れて行かれた。突然の出来事すぎて固まってるうちに終わっちゃった……


「ユイコ、すまない。私のせいだな」

「い、いえ、ジェルマン様のせいではありません」

「いや、私のせいだ。ユイコが貴族令嬢に絡まれているという話は聞いていたが、まさか暴力を振るうとは……もう少し様子をみても良いかと思っていた私が馬鹿だった。本当にすまない」


 そんなふうに泣きそうに謝られると、心臓の辺りがぎゅっと苦しくなるから本当にやめて欲しい……


「気になさらないでください。あの、助けてくださってありがとうございました。では失礼いたします」


 そうしてジェルマン様の元を去ろうと思ったのに、手首を掴まれて止められてしまう。


「待ってくれ。さっきの話の続きがしたいんだ」

「さっきの話とは……?」

「ユイコが俺の告白を受け入れてくれない理由についてだ。ユイコがあんなに悩んでいたなんて気づかなかった。本当にすまない。……ははっ、さっきから俺は謝ってばかりだな」

「いえ……」


 自嘲の笑みを浮かべながらそう言ったジェルマン様に謝らなくても良いと言いたくて、でも声が出なかった。


「俺は侯爵家を継ぐことはないから家のことは気にしなくても良い。だから淑女教育なんて必要ない。それにユイコの礼儀作法はしっかりとしているぞ? それから特別な力なんていらない、俺はユイコが、今のままのユイコが好きなんだ。それでもまだ身分が気になるのならば、俺が平民となるのも良い。この国を出ても良いぞ」

「何でそこまで……」

「何でだろうか……俺も良くわからない。でも一目惚れかな。最初はユイコのカッコよさに惚れたんだ」

「あ、あれは誘拐犯かと思って、優愛を守らないとと思って」

「妹のためにそこまでできるユイコも好きだ」


 うぅ……そこまで真っ直ぐな目で見ないで。こんなイケメンにこうして毎日愛を囁かれてたら、絆されない人なんていないって! 私は今度は顔が真っ赤になるのを感じた。


「真っ赤だな。可愛い」


 ジェルマン様はそう言って私の頬に右手を添えた、そして親指で頬をすりっと撫でる。本当に心臓に悪い……


「もうやめてください。私の心臓が持ちません!」

「じゃあユイコは俺にドキドキしてくれてるってことか? それは嬉しいな」


 ふって笑わないで、その笑顔やばいから……!


「と、とにかく、ありがとうございました。では私は部屋に戻りますので!」

「――まあ、今日はここまでか」

「し、失礼いたします」


 私は思いっきり頭を下げて自分の部屋に駆け込んだ。そして扉を閉めるとその場にずるずると座り込む。

 うぅ……カッコ良すぎる。もうダメかもしれない、段々と断りきれなくなって来ている。というよりも、断りたくなくなって来ている。


 目をぎゅって瞑ってもジェルマン様の笑顔が浮かんでくる。私に断られて寂しそうにしているところも、私が挨拶をしただけで顔が綻んで嬉しそうにしているところも。

 本当に反則だ、あの顔とあの声で愛を囁くなんて。これで落ちない人はいない。


 でも私のまだ冷静な部分が囁く、身分差は? ジェルマン様の家族は? 周りからの嫌がらせは?

 ジェルマン様を受け入れたい気持ちと、受け入れちゃいけないと冷静な気持ち。その二つが私の中でぐるぐると巡っていて疲れる。



 ――私もジェルマン様を笑顔にしたい。その気持ちに気づきながらも、まだ悩み続ける私だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

氷の騎士様が何故か私に惚れたらしいです。私はおまけなので放っておいてください! 蒼井美紗 @aoi_misa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ