第26話:奴隷狩り

王歴327年2月25日:南大魔境のキャット族村の治療所・クリスティアン視点


 正直な話、ヤスミン村長の提案には心揺れるモノがある。

 王侯貴族の間では、家を継ぐ子供を産む血統重視の正室以外に、心から愛する女性を愛人にする事は常識だったから、実力に応じて妻が増えるのは当たり前の事だ。

 どれほど言い訳をしようと、ラウラの体臭に強く女性を意識した現実がある。


「問題は前世の倫理観を俺が討ち破れるかどうかだよな……」


 前世の俺は堅パンと言われるくらい常識的に生きてきた。

 浮気や不倫が蔓延していた日本で謹厳実直に生きてきた。

 そんな俺には、多くのキャット族を妻に迎える事はハードルが高すぎる。


「だが、結婚もせず子供もいなかった前世を悔いる気持ちも大きい」


 石橋をたたいて渡らないと親父にからかわれた俺だが、今こそ勇気を持って前世とは違う決断をすべきではないのか?


「ホモサピエンスだ、ホモサピエンスの奴隷狩りがやってきたぞ!」

「サンドキャット族の娘がさらわれたぞ」

「救出だ、救出隊を編成するのだ」

「急げ、急がないと魔境からでてしまうぞ」

「何人だ、何人のホモサピエンスが魔境に入り込んだのだ」


 独り言を口にしながら自問自答していた俺の耳にとんでもない話が入ってきた。

 許さない、同じホモサピエンスとして、誰かを奴隷にする事は絶対に許さない。

 助けるんだ、ここでさらわれた子たちを助けないと俺の漢がすたる!


「俺はさらわれた子供の救出に行く。

 治療所に来た人には体力回復薬を渡しておいてくれ」


 俺は助手に選ばれたキャット族に後を頼んで治療所を飛び出した。


「よう、あんたなら絶対に助けに行くと思ったぜ」


 救出隊を編成しようと大声で招集をかけている門の方に向かう途中、同じように急いで門の方に向かうグレタに声をかけられた。


「ホモサピエンスへの恨みや怒りが、俺の方に向かってくると困るからな」


「……そう言う事にしておいてやるよ。

 おい、イェンス、グレタ家は全員で救出に向かう。

 サンドキャット族の娘たちはどの辺でさらわれたのだ?」


「北だ、獲物を狩るためにホモサピエンスに町に近い場所に行ったようだ」


 オーク族やドッグ族と境を接している場所は、もう獲物を狩りつくしている。

 それに比べれば、獣人を奴隷にしようとする人族がいる魔境外縁部の方が、まだ獲物が多いから、飢えにたえかねて危険な狩場に選んだのだろう。


「ちっ、今から追いかけても追いつけないかもしれない……」


 グレタが一家の主として、リンクス族の族長として決断しようとしている。

 救出隊が受ける被害とさらわれたサンドキャット族の人数。

 より被害の少ない方を選ぶのが人の上に立つ者の義務なのだ。


「俺が鳥に変化して空から追いかける。

 追いついたらレッドボアに変化してホモサピエンスの奴隷狩りを皆殺しにする。

 ホモサピエンスに戻った時が危険だから、後から付いてきてくれ」


 本当にやれるかどうかは分からないが、試すのはタダだ。

 やれるかもしれない事を、恥をかくのを恐れてやらないようでは漢じゃない。

 助けなかった事を一生後悔するくらいなら、やれなくて笑われる方がいい。


「フライング、グライディング、アヴィエイション」


 どの呪文でもいい、発動してくれ!

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