夜の公園

 今里真一はセントラルパークの誰もいないベンチに腰掛けると、ポケットからタバコを取り出して口に咥えた。

 吐き出した煙の向こうに見える外灯がやけに眩しい。

 左手首の時計は、午前二時を指している。公園に人影は見当たらない。

 彼は暫くの間、ぼんやりと夜空に吸い込まれていく煙を眺めていた。


「あれ? 今里さんじゃないですか?」


 今里がふと横を見ると、今里よりも少し若い男が立っていた。


「今里さん! ご無沙汰してます!」


 若い男は丁寧にお辞儀すると、今里の返事を待たずに隣へ腰かける。そして、堰を切ったように話し出した。


「今里さん、犬居のこと覚えてますか? オレの一つ下の後輩なんですけど。あ、たぶん一回会ったことありますよ! で、あいつ、やられちゃったんですよ。いや、まじで! オレも実際に見たわけじゃないんですけど、何でも、銀の十字架を持った女に——」


「――それどころじゃねーんだよ!!」


 今里は突然、隣に座っていた男の胸ぐらを掴むと、そのまま立ち上がった。


「オレん家はな、オレん家はな、オレん家は……」


 今里は男の胸ぐらを掴んだまま、力なくベンチに座り込んだ。男もまた今里の横に座り込む。


「今里さん家って……。な、何があったんですか? 話してくださいよ! 力になりますよ、オレ!」


 男は胸ぐらを掴んでいる今里の手にそっと触れると、強く握りしめた。

 今里は思わず男の手を振りほどき、背を向けるようにしてベンチから立ち上がる。そして、押し殺したような声で言った。


「……犬居がやられたって? 銀の十字架……それが本当なら、厄介なことが起こってるってことになる。分かるか、この意味が?」


 急に質問を振られた男は、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに先程と変わらない調子で答える。


「つ、つまり……、から来た奴がいる……ってこと、ですか?」


「犬居は間抜けで女に弱いところはあるが、普通の人間にやられるなんてことは絶対にない……。その銀の十字架の女は、間違いなくの住人だ」


「そ、そんな……。でも、どうやって……」


 今里は男の方を向くと、笑顔で言った。


「木崎、今からおまえの部屋へ行ってもいいか? オレの家は今、ちょっと取り込んでてな」


 今里は口元を歪めて苦笑すると、木崎に背を向けて歩きだした。


「い、今里さん! オレのアパートこっちですよ! ひ、引っ越したんですよ!」


 木崎は急いで既に数百メートル先を歩いている今里を追いかけはじめた。

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空白な短編集/ショート・ショート Benedetto @Benedetto

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