四角いライター


——オレは夢の中にいた。

 何故だが一瞬でわかったんだ。自分が夢の中にいるって。


 辺りは霧に包まれていた。薄い桃色のような霧に……。

 見下ろすと、白っぽいTシャツに半パンと赤いサンダルが見えた。普段よく着ている服装だったが、赤いサンダルには見覚えがなかった。


 霧の向こうに何があるのか気になったオレは、ゆっくりと慎重に歩き出した。

 夢と解かっていたから別にゆっくり歩く必要はなかったけど、どうしても動きがゆっくりになってしまう。


「まあ、焦らずゆっくりと行こう。焦ると目が覚めるからな……」


 オレは小さく声に出して言った。

 どうして焦ると目が覚めることを知っているのか、一瞬気になったがそのまま歩き続けた。

 まるでもう一人の自分が歩いている自分を見ているような感覚だった。


——オレは暫く霧の中を歩き続けた。

 薄い桃色だった霧は、いつのまにか薄い青い色の霧へと変わっていた。


 気が付くと目の前に黒っぽいベンチが見えた。

 疲労を感じたオレは、徐にベンチに座る。

 そして、何をするでもなく暫くの間ベンチに座っていた。

 

——ふと何気なく膝の上に置いていた手を横に伸ばす。

 何かが当たる感触——重金属的な感触が指先に走った。


「……鍵?」


 鍵だと思って持ち上げてみると、それは四角いライターだった。

よく観察すると、十字架のような模様が刻まれている。

 夢だからなのか、不思議なもので色は認識できなかった。「ただ十字架のような模様が刻まれている」という記憶と、「その模様が僅かに光っている」という記憶だけが、脳裏に刻まれた。


——次の瞬間、オレは家へと向かって歩き始めていた。

 ライターをどうしたかは分からない。記憶にはなかった。ただ家へと向かっていることだけは分かっていた。

 服装は同じだったが、いつの間にか薄いジャケットを羽織っていた。そんなことを不思議に思うこともなく歩き続けていると、朝が来た……。


「ふぁ~あああ。良く寝た」


 少年漫画の一コマのような台詞を吐きながら、オレはベッドから身体を起こした。

 顔を洗って簡単な朝食を取って着替える。

 それから鞄を持って、ジャケットを羽織ると外へ出た。


 イヤホンを耳にはめると、いつものように入れっぱなしの音楽ディバイスを再生しようとジャケットの右ポケットに手を突っ込む。

 

「今日は何から始めようかな~」


 ディバイスを取り出して、曲を選択する。

 心地良いメロディがイヤホンから流れてきた。オレは笑顔を浮かべながら駅へと向かう。


「ん?」


 徐に左ポケットに突っ込んだ左手の指先が、何か硬いものに当たった。

 金属的な感触——四角い形にプラスマークのような堀りが指先から伝わって来る。

続いて、湿った感触が……。


「うわっ」


 オレは思わず立ち止まって声を上げた。そして勢いよく手をポケットから引き抜いた。湿った感触が気持ち悪かったのだ。


「おい、マジかよ……」


 どこか他人事のように響く自分の声を聞きながら、オレは赤く染まった左手の指先をじっと見つめていた。


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