気のせい

 玄関のドアの鍵がカチャカチャと音を立てる。


「ただいまぁ!」


 いつもの聞きなれた大声と、ドアが開く音が聞こえた。

 古いドアの軋みながら開く音と、彼の声が混ざって聞こえる雑音。


「お帰り-!」


 こちらも負けないように声を張る。そしてお互いに眼が合うと笑ってしまう。

不思議と何年経っても変わらない二人。お互いの声の高さ、大きさ、長さでその日の気分が分かってしまう。それ程までに二人は繋がっている。説明はいらない。二人にはもう解りすぎる程にわかっていたから。


「今日は駅前でタコヤキ買った来た」


 彼は嬉しそうに、たこ焼きの箱の入った袋を私の前に持ち上げてみせた。ソースの香りが漂ってくる。


「いい香り! コーヒー淹れるね」


 いつかお揃いで買ったマグカップは、随分前に砕け散った。長くは続かないものだ。今はそれぞれの好きな色のカップを使っている。彼は青色で、私は緑色。


「オレ、先にシャワー浴びてくるね」


「あっ、うん。じゃあコーヒー淹れとくね」


 私はコーヒーメイカーに豆を入れる。

 すぐ傍にある写真立てが視界に入る。彼と私が一緒にスカイツリーへ行った時のものだ。スカイツリーをバックに二人は気取ったポーズを取っている。


 コーヒーメイカーが豆を挽く音をぼんやりと聞きながら、私は彼を待った。

 コーヒーの滴は少しずつ容器を満たしていく。きっかり二人分。

 私は青色と、緑色のカップにそれを注ぐ。

 コーヒーメイカーの音が止むと、部屋にはシャワーの音だけがかすかに聞こえていた。


 しかし、その音は段々と小さく、遠くなっていく。

 それ程広くもない部屋なのに、何故だろう……。



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 気が付くと、私はテーブルに突っ伏していた。どうやら暫く眠ってしまっていたようだ。

 テーブルの上には、緑色のカップにコーヒーが入っていた。

 私は冷たくなったコーヒーを飲み干すと、新しくコーヒーを注いだ。

 コーヒーメイカーの傍にある写真立て。そこにはスカイツリーをバックに笑う私と彼の姿が写っていた。

 私はゆっくりと写真立てを倒す。写真立ての後ろに隠れていた鍵が姿を現した。


 そのとき、玄関のドアの鍵がカチャカチャと音を立てた。

 しかし、ドアは一向に開く気配を見せない。どうやらまだ頭は半分眠っているようだ。

 気のせいなのだ。玄関のドアの鍵が、カチャカチャと音を立てるはずなど絶対に、ないのだから。

 私は、写真立ての後ろにある青いキーホルダーの付いた鍵を淋し気に見つめた。


——ごめんな、オレじゃあお前を幸せにできないから……。


 視界が涙で滲んでくる。私は涙を拭いながら、この気持ちも気のせいだったら良かったのにと思った……。

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