第16話 家族

 自宅に帰り、母と妹の結愛ゆめが迎えてくれた。

 疲れ切った俺の精神は少しの休暇をもらうことでケアできると判断されたらしい。

 もともと遺伝子で職業を決める政府の意向だ。俺が戦士向きだから呼ばれたのだ。戦士とはまさに戦う者のこと。これくらいの死で動揺していては務まらない。

 俺は直に回復すると思われているらしい。

「しばらくの間、ゆっくりしていきなさい」

 母がそう言うと、俺の好きなハンバーグを焼いてくれる。

「お兄ちゃん。大丈夫?」

 心配そうに顔を寄せてくる結愛。

「ああ。心配かけてすまない」

「兄妹なんだから気にしないで」

 俺の家は決して裕福な家ではない。

 六畳三間の部屋に俺は寝転ぶ。

 少し寝よう。

 すっと眠りに落ちると、耳鳴りが聞こえなくなっていく。


 目を開けると、母がにこりと微笑む。

「母さん、どうした?」

「今日はあなたの大好物のハンバーグよ。さあ、起きて」

「ああ」

 ゆっくりと立ち上がると、母の部屋に行く。

 そこには結愛がもうすでに待機していた。

「お兄ちゃん、早く。お腹空いた」

「ああ。悪い」

 俺が席につくと「いただきます」と言い、食事を始める。

 ハンバーグを食べるが、味がしない。ちゃんとソースはかけた。でも味がしないのだ。

「母さん。味がしない」

「ええ。まさか、ショックで……」

 母さんは軍医だ。俺の症状にも詳しいだろう。

 食べ進めていくと、気持ち悪さを覚え、すぐ近くにあったゴミ箱に戻してしまう。

「祐二。病院行くわよ」

「……すまない」

「そんなの気にしないで」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 優しい声音で呟く結愛。

 心配をかけまいと口を開くと、また吐いてしまう。ビニール袋を用意していて良かったが、これではAnDにも乗れない。

 俺は病院に行く。その道中で、吐き気をもよおし、もう空になった胃袋から胃酸だけが排出されるのだった。

 もう大丈夫だとか、強がっていられない。

 ストレス性のものと診断され、吐き気止めを頂いた。それに吐き気止めを処方した点滴を受けた。栄養もとれていないので、点滴で一緒に補給したらしい。

 ふらつく足取りで病院を出る。またもや吐き気が襲ってきてすぐにビニール袋に吐く。

 俺はもう疲弊していた。

 家に帰り、ずっと寝込むような日々が続く。

 学校の誰かが、玄関先にポカリを置いていってくれたが、それも戻してしまう。

 罪悪感にかられ、俺は疲弊した心をさらにすり減らしていく。

 俺がみんなを心配させている。みんなに気を遣わせている。

 そんな罪悪感が、押し寄せてくる。

「あんまり考えないの。いい?」

 母がそう言い、俺はしっかりと休むことにした。

 繊細な子。そんな言葉が聞こえてきたが、考えるだけの力が残っていない。


 薬と睡眠により、だいぶ回復していった。

 食欲はもどらないが、吐き気と味覚障害は改善した。やはりストレス性のものだったのだ。

 とはいえ、ティアラのいない生活に変わりはない。

 妹の結愛が、一緒に遊んでくれるお陰もあり、回復には向かっている。

 だけど、ティアラのことは忘れられない。

 いや、忘れてはいけないのだ。

 俺はティアラのことを毎日のように思いながら生きている。

「うまい」

 久々に飲んだお味噌汁が、こんなにおいしいなんて。

 涙が出てくる。

「お兄ちゃん、無理しないで」

 結愛がハンカチを差し出してくる。

 俺はそれを受け取り、涙を拭う。

「ごめんな。弱い兄ちゃんで」

「いいよ。お兄ちゃん、何考えているか、わかりにくいけど」

「そんなにわかりにくいか?」

「まあね。でもゆっくりと休むべきだよ。今は」

「そう、だな……」

 こんなに弱っているんじゃ、火月にからかわれる。神住に心配をかけてしまう。

 俺はなんてダメな人間なんだ。

 鏡に映った仏頂面を殴りつける。最新の鏡は割れないが、手は痛くなる。

 俺はなにをやっているんだ。

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