第8話 相手

 廊下に行くと神住がいた。

「ようやく見つけたな」

「そうなの。怖い顔してシミュレートしていたんだよ!」

 神住の柔和な声音に、かぶせるようにしてティアラが応えた。

「いいだろ。別に」

「もっと笑うといいと思うの」

 ふてくされたと思われたのか、ティアラが俺の顔を手で挟んでくる。

「もう。愛想ないなー」

 ティアラは手を離すと呆れたように嘆息する。

 それを見ていた神住は肩をすくませ、鼻息をもらす。

 金色の髪に褐色の肌。背は高く、胸も大きい。スタイルがいいのでモデルのようだ。

 そんな神住は冷静で口下手な俺と親しい存在だと勝手に思っている。

 金糸を揺らし、かがんで訊ねてくる。

「内藤君がよければ私たちと遊ばない?」

 神住はニンマリとどこか含みのある笑みを浮かべている。

 顔よりもちょっと下、そこにはかがんだことで生まれる胸の谷間が見えるではないか。

 俺は焦り顔をそらすと、不躾に言う。

「興味ないね」

 冷たく聞こえただろうか。でも俺にはそう他なかった。

「もう、そんなこと言って照れ屋さんなんだから」

 愛想の良いティアラが腕に絡みついてくる。

「しつこいぞ。ティアラ」

「いいじゃない。たまには」

 なおも折れない心を持ったティアラに感服した俺は渋々承諾する。

「分かった。何をして遊ぶんだ?」

「AnDのシミュレーション!」

 俺の問いに声高に提案したのは神住だった。

「いやいや。それじゃ、内藤くんと一緒じゃない」

 ティアラは呆れたように呟く。

 神住も俺と同じでAnDバカなのかもしれない。

「それじゃ一緒に料理を作ろう? ね?」

 小首を傾げて訊ねてくるティアラ。その可愛さに免じて許そう。

 俺は静かに首肯すると、調理室に向かう。

 回転運動をしている区画にある調理室では、擬似重力が発生している。というのも無重力下では調理ができないからだ。

 食材や包丁、まな板。それから鍋や水の管理などなど。重力下でしか行えないものもある。

 調理を始めるとティアラはエプロン姿でタマネギを刻む。その隣で神住がレタスを刻む。俺は挽肉に卵、パン粉をいれ、混ぜ合わせる。

 俺たちはハンバーグを作っているのだ。

 作り終えると、わーっとティアラが感嘆の声を零す。

 みんなで食卓に並び、ハンバーグをつつく。

 と、ティアラが頬を紅潮させてハンバーグの切れっぱなしを俺に向ける。

「はい。あーん」

「え」

 ティアラが目をそらしながらも、ハンバーグをつかんだ箸を向けてくる。

 驚いた俺は少し逡巡しつつも好意を受け取る。

 パクッと噛みついたハンバーグはいつもよりも甘く感じた。

「羨ましいわね。私もそんな相手がいたらなー」

 神住がボソッと呟き、ティアラに熱視線を向ける。

「えへへへ」

 嬉しそうに笑うティアラ。


 食事を終え、午後から始まる試合を見ていた。

 明里と真也が登場するチームネメシス。

 試合運びは最初劣勢に思えたが、敵の一体を包囲殲滅すると、次々に瓦解していった。

 その時間、わずか一分。電撃的な殲滅に驚きの声があがる。

 実況を行っていたアナウンサーも驚きの声を上げ、試合は終わる。

「一人を囮にした戦術。負けることを許されないネメシスにとっては大胆な作戦ね」

 冷静に分析する神住。その目には強く燃え上がる炎がある。

 やはり純粋にAnDを楽しんでいる。こいつやる気が他とは違う。

 一歩退いた視線で神住を見ると、魅力溢れる女性だと思う。だけど――。

「次の対戦相手が決まったぞ」

 熊野が無遠慮な態度で入ってくる。その声には固いものが見える。

「ガマの対戦相手はチームネビュラ、権藤ごんどう啓介けいすけ率いる強敵高だ」

 紙面を読み聞かせる熊野の目には強い決意が読み取れる。

「大蛇の対戦相手はチームフリューゲル、朝倉あさくら直美なおみがいるぞ。気を引き締めてかかれ」

 熊野の真剣みを帯びた熱量に、みんな警戒の色を強める。

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