三章 たとえ結ばれなくとも

三十三話 再会

「――ただいま〜」

「こんにちは〜」


 後夜祭が終わったその翌日。

 学園を終えた俺と芹崎さんは、一緒にCATSへとやってきていた。


 いつもなら学園が終わったらそのままバドミントンの練習に行くのだが、体育祭が終わった今、普通に家に帰っても何もやることがない俺はCATSに暇潰しに来たのだ。


 本当は蓮も連れてくる予定だったんだけど……なかなか見つからなかったんだよな。

 まぁ、蓮がいなかったらいなかったで芹崎さんと話せばいいし、二人でいれるからいいかな。


 ……そう思っていたのだが。


「待ちくたびれたぞ。お前ら、どこまで道草食ってたんだよ」


 CATSにいたのは、予想打にしていなかった人物だった。


「んなっ!? なんで健人先輩がここにいるんですか!?」


 そう、カウンター席に腰を掛けていたその人物は、昨日屋上で芹崎さんを引き抜こうとしていた健人先輩だった。

 カウンターでは、マスターがいつもの如く洗い物をしている。

 というか、何でマスターはこんな危ないやつを店に置いてるんだ?


「俺言ったよな? 『明日にでも、また来てやるさ』って」

「そんなの鵜呑みにするわけないじゃないですか! というか、何しに来たんですか!?」

「そんなの、昨日と同じに決まってるだろ」


 そう言って先輩は席を立ち、芹崎さんに近づいていく。

 俺は芹崎さんを守るように先輩に立ちはだかった。


「……はぁ、お前がそこにいるって言うんだったら別にいいけどよ。俺が用事あんのはそこの有香猫なわけだし」


 そうして先輩は、俺越しに芹崎さんへと言葉を投げかけた。


「なぁ、有香猫。俺が誰だか分かるか?」

「だ、誰だか……ですか?」


 芹崎さんは、俺の背中から先輩を恐る恐る覗き見た。

 眉をひそめながら必死そうに先輩を見ていた彼女はやがて……


「……誰だかって、健人先輩じゃないんですか」


 そんな当たり前のことを言った。


「そうか……」


 先輩は、芹崎さんの反応にため息をつく。


「何でそんなことを聞いたんですか? 健人先輩は、健人先輩ですよね? わざわざ芹崎さんに確認を取る必要もないはずです」

「確かにそうだな。俺は健人。鮎川あゆかわ健人だ。それに違いはない。でも……俺が有香猫に自分のことを聞いたのには、ある理由があるんだ」

「理由、ですか?」


 俺と芹崎さんは二人して疑問符を浮かべる。


「……俺が、有香猫のかもしれないからだ」

「っ……!?」


 先輩が……芹崎さんの兄?


「ちょっと待って下さい! 何で先輩が芹崎さんの――」

「なっ!? なんでそれを……」


 芹崎さんが猫であることは、本人である芹崎さんと、俺と蓮とマスターしか知らないはずだ。

 なのに、何で先輩がそのことを知っている……?


 俺はマスターに視線を移す。

 マスターの顔からして、マスターが教えたわけでもなさそうだ。


 もしかして、それが先輩を芹崎さんの兄だと言える理由なのか?


「まず、有香猫のその髪。俺と同じ銀色だ。前にあったときから変わっていないところを見ると、有香猫のそれは地毛だろ。言っておくが、俺も地毛だ。けど、日本人で銀色の髪をしてるやつなんて、少なくともハーフくらいしかいないだろ?日本人の血だけで銀色の髪を持っている奴はいないはずだ」

「確かに……」


「そして、俺が有香猫の兄だと決定づけるために、俺の過去の話を有香猫に聞かせたい」

「過去の……話」


 後ろで芹崎さんのつぶやく声が聞こえる。

 なにか心当たりでもあるのだろうか。


「……俺は小さい頃、家族と一緒にこの町の砂浜に来ていた。ただ、その日は海の波が高い日だったらしくてな。何も知らなかった俺たちは、海のそばにまでいって遊んでいたんだ。……でも、気づくと、俺たちは海の波に飲まれてた」

「っ!?」


 芹崎さんが、後ろで息を呑んだ。

 俺はその反応が気になって思わず振り返ると、そこには目尻に涙をためている芹崎さんの姿があった。


 何だ?

 何で芹崎さんは目尻に涙をためている?


 先輩も芹崎さんの反応に気づいたらしく、俺をけて芹崎さんの隣に歩み寄っていく。


「どうだ? これで俺がお前の兄だって気づいてくれたか?」

「まさか……本当に、兄さんなの?」


 初めて聞く芹崎さんのタメ語。

 それにはどこか親しさを孕んでいて、芹崎さんが先輩にそれを使うことに違和感を感じなかった。


「このことは、俺ら家族しか知らないはず。お前が周りに話している様子もないし、もちろん俺も周りには話してない」


 そう言って、先輩は俺やマスターを見回す。


「そんな……本当に?」


 彼女の声は、震えていた。

 目尻からも涙が溢れ、顔を赤くしている。


 そんな彼女に、先輩は口元に笑みを浮かべながら言った。


「家族にこんなみっともない嘘をつく馬鹿がどこにいるんだよ」

「っ……! 兄さん!!」


 そうして、先輩に抱き着く芹崎さん。

 その時、胸のどこかがえぐられるような感覚におちいった。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺にも分かるように説明してくださいよ!」


 今のところ、俺は完全に二人に置いていかれている。

 それが何故かすごく切なくなって、俺は思わず声を張り上げた。


「……そうだな。これを説明する前に、お前にはもう一つだけ言わなきゃいけないことがある」

「言わなきゃいけないこと……?」


 俺が言葉を反芻させると、先輩は芹崎さんの背中に腕を回しながら俺を見据える。

 それのせいで、より俺の心が締め付けられた。


「俺は、元々

「はっ……? いや、何を言って……」


 言いかけて、俺は気づく。

 銀色の髪、先輩の過去……芹崎さんの兄。


 普通ならありえない状況だが、俺はそのありえない状況に一度直面している。

 それは……芹崎さんが猫だと判明したとき。


「まさか……」


 俺が絞り出すように言うと、先輩は「そうだ」と置いて、そして続けた。


「俺は……元々だ」

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