二十三話 開く距離、探りあう二人

「――やらかしましたぁ……」


 廊下を歩きながら俺の横で嘆いている芹崎さん。


 彼女が勝負を受けた相手は、全国大会準優勝の実績がある白銀有紗。

 明らかに不利な勝負だと、今更ながら気づいたのだろう。

 項垂れながらふらふらとしていた。


「……でも、今の芹崎さんなら勝負になると思うけどな。少なくとも、生半可な気持ちで部活をしているバド部よりかは芹崎さんの方が上手だと思うよ」

「それは私を上に見過ぎですよ」

「そんなことないよ。俺は別にお世辞を言っているわけでもなければ、話を盛っているわけでもない。芹崎さんの練習を一番近くで見たきた俺が言うんだから、本当だよ」

「……本当ですか?」


 芹崎さんが上目遣いで俺のことを見てくる。

 そんな芹崎さんを……今は可愛いと思うことも出来なかった。


 痛む心をぐっと抑えて、俺は彼女に笑顔を見せる。


「あぁ」

「……祐也君がそういうなら、きっとそうなんでしょうね。ありがとうございます」


 俺たちの周りは、変わらずざわついている。

 雑談を楽しんだり、学園祭の出し物の音や声が聞こえてきたり。

 だが……俺と芹崎さんの間には、ただ沈黙があるだけだった――。



         ◆



「――今日は、ここまでにしようか」


 俺はそう言うと、近くのベンチに腰掛ける。


「はい。ありがとうございました」


 学園祭が終わり、俺たちはいつもの公園でバドミントンの練習をしていた。

 俺たちの空気は相変わらず、沈んだままだ。

 このままではまともに練習にならないと感じた俺は、早めに練習を切り上げていた。

 普段なら「もっと」と言っていたであろう芹崎さんも、今日は素直に従ってくれていた。


「――ごめんね、今日の学園祭。楽しくなかったよね」


 芹崎さんが俺の隣に座ったのを確認すると、俺は俯きながらこぼした。


 これも相手の目をちゃんと見て言ったほうがいいのだろうが、今の俺は芹崎さんをまともに見ることすらままならなかった。


「……別に、それは正直どうでもよかったんです。私は祐也君と一緒に学園祭をまわれたらそれでよかったので。それよりも……私は祐也君に、別に謝って欲しいことがあります」


 そう話を切り替えると、視界の隅で芹崎さんは俺に向き直る。

 俺は、つい芹崎さんのことを見てしまった。


 芹崎さんは、どこか怒気を孕んだような表情をしている。


「……なんで祐也君は『私に惚れた』って言ってくれたのに、あのとき私を選ばなかったんですか」

「っ……」


 そうか、まだ謝っていなかったな。


「……ごめん、正直に言うよ」


 俺は深呼吸をする。

 そうして、覚悟を決めると芹崎さんを見据えた。


「今、俺は自分が分からずにいるんだ。芹崎さんのことは……好きだよ。でも今日、白銀と一緒に学祭をまわって、揺らいでしまっている自分がいた。……自分の、芹崎さんに対しての好きという気持ちに自信が持てないんだ。だから……本当にごめん」


 恋愛なんてものは、生半可な気持ちでしていいものではない。

 自分一人だけでするならどんな気持ちでもいいと思うが、恋愛には相手がいる。

 中途半端な気持ちで「好き」なんか言って……そんなの、相手をもてあそぶのと同義だ。


 恋愛は……遊びじゃないから。


「……すみません、私が間違ってました。彼女でもないのに浮気を問いただすようなことをして」


 見ると、芹崎さんは申し訳なさそうに顔を俯かせている。

 さっきまでの怒気や覇気は、そこから感じることは出来なかった。


「そんな、俺が芹崎さんに惚れたって言ったのは事実だ。だから、芹崎さんの怒る気持ち分かるよ」

「でも……!」

「ねぇ、芹崎さん」


 俺は彼女のセリフを遮るように口を開く。


 彼女が俺のことを大切に思ってくれているのは確かだった。

 俺のことが好きかどうかは分からないけど、言動からそれに近いものを感じた。


 俺はもう芹崎さんを弄ぶようなことをしたくない。


 俺は芹崎さんに本当の自分を知ってほしいから、こう続けた。


「突然で申し訳ないんだけど、俺のをしてもいいかな?」

「過去の話……ですか?」

「そう。いずれ芹崎さんには伝えなくちゃならない話。俺が……だ。嫌っているというよりも、どちらかというと怖がっている理由かな」

「っ――!」


 芹崎さんは、俺がこれから何の話をするか分かったようだ。


 俺は芹崎さんに学園を案内したときに、偶然出くわしてしまった先輩方を傷つけてしまった。

 その時、芹崎さんの目に俺はこう映っただろう。

 "他人を傷つけることに、どこかトラウマを抱えている様だ"と。


 俺が今からする話は、その話。

 俺が他人を傷つけることに恐怖を感じるようになった過去の話だ――。

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