二十二話 祐也の隣を歩くのは……

「――芹崎、さん」


 扉の向こうから現れたのは、芹崎さんだった。


「……どうして芹崎さんが」


 声が聞こえたので視線を移すと、そこには目を見開いている白銀の姿があった。

 驚いているのも無理はない。

 俺だっていきなりの登場に驚きを隠せずにいた。


 そして俺の横を芹崎さんが通り過ぎていくと、俺の前で芹崎さんと白銀は対峙する。


「白銀さん。今から祐也君と学園祭をまわりたいので、祐也君を私にくれますか?」

「はっ?」


 今、芹崎さんは何と言ったのだろう。

 俺を、私に……?


「は、はぁ!? 何を言ってるの! 今、祐也は私と学祭をまわってるのよ!」

「じゃあ何で屋上に来ているんですか! 学園祭をまわるのに、屋上は関係ないじゃないですか!?」

「……っ!?」


 張り上げた芹崎さんの声に、白銀は一歩後ずさる。


 ……というか、なぜ芹崎さんは俺たちがここにいるということが分かったのだろうか。

 俺たちのことをつけていたのなら理由はつくが、もし本当にそうなら……。

 まさか、さっきのを聞かれて……?


「それは……」

、するためじゃないんですか?」

「…………」


 やっぱり聞かれていたのか。


 俺は二人から視線を逸らす。


「……芹崎さんには関係のない話でしょ」

「関係あります!」

「じゃあ何が関係あるのよ!」

「ここで祐也君と白銀さんがくっつかれたら、私は祐也君と一緒に学園祭をまわれなくなります!」

「なんでそんなに祐也とまわりたがるのよ! 祐也のことが好きだからとでも言うの!?」

「そ、それは……」


 俺は、彼女たちの繰り広げる口論をただ呆然と聞くことしか出来なかった。


 どうにかして彼女たちを落ち着かせたいところだが、俺が口論に入る隙間は一ミリもない。

 というかそもそもとして、俺にこの口論を止める権利などなかった。

 俺が原因でこんなことになっているのに、それを俺が止めに入るなんておこがましいにも程がある。


 じゃあ、一体どうしたらいい?

 やっぱり俺が止めに入らないと話は進まないのか?


「――もういいわ、芹崎さんがどういう理由で祐也と一緒に学祭をまわりたいのかは今関係ない。それよりも今決めなきゃいけないのは、これから祐也がどっちと行動を共にするか」


 白銀はそう言って、視線を芹崎さんから俺に移す。

 芹崎さんも、白銀の視線を追うようにして俺を見た。


 二人の視線が、一気に俺に集まる。


「祐也は、どっちと学祭をまわりたい?」

「……そうです! 祐也君に決めてもらったら、私も納得できます!」


 ……なぁ、もし本当に神様って奴がいるのなら教えてくれ。

 どうして俺に、こんな経験しなくていいラブコメ的展開をぶっこんでくるんだよ。


 二人の視線を浴びながら、俺は頭の中で動揺していた。


 俺は……芹崎さんが好きだ。

 彼女の笑顔が好きで、一緒にいると毎日が楽しくて、もっと彼女と一緒にいたくて。

 それくらい大好きなはずなのに、どうして……。


 どうして、ここで悩むんだよ。


「あの……その……」


 芹崎さんが好きなら芹崎さんを選べばいいじゃないか。

 芹崎さんだって、きっとそれを望んでる。

 悩む必要も、迷う必要もない。


 ……でも。


「――ごめん。俺は、どっちと学祭をまわりたいかなんて……決められない」


 情けなかった。


 俺の好きという気持ちは、こんなに弱い気持ちだったのか。

 こんな中途半端な気持ちで、俺は芹崎さんのことが好きだったのか。


 申し訳なかった。


 二人のためにも、俺がどちらかを選んだほうがいいに決まってる。

 このままの状態をずるずると先延ばしにするよりもずっと。


 でも中途半端な気持ちでどちらかを選ぶことは、選ばないことよりも失礼だ。

 故に俺は、どちらかを選ぶことなんて出来なかった。

 きっと、これも捉えようによっては言い訳に聞こえてしまうほど、今の俺は情けないのだろう。


「……そっか。選べないんじゃしょうがないわね」

「……なんで」


 白銀が俺の答えを受け入れているのとは逆に、芹崎さんは俺の答えに納得がいっていない様子だった。


 当たり前だ。


 だって、俺が芹崎さんに惚れたって言ったのは事実だから。

 芹崎さんもきっと分かって、勝利を確信してああ言ってきたのだろう。


 困惑している芹崎さんを……俺はまともに見ることが出来なかった。


「――いいわ。祐也がどうしても決められないのなら、他の方法で決めましょう」

「……他の方法?」


 白銀の言葉に、俺と芹崎さんは疑問符を浮かべる。


「祐也なら分かるでしょ……

「あぁ、なるほどな」


 俺は力の入らない表情筋を何とか動かして、苦笑交じりにこぼした。


「なんですか? エキシビションマッチ?」


 話についていけていない芹崎さんは、一人小首をかしげていた。


「体育祭のバドミントンは、全員ダブルスで出るでしょ? 私達だって、ダブルスで出るわけだし。それって、なんでか分かる?」

「えっ? 何というか、交流を深めるためじゃないんですか?」

「まぁそれもあるけど、一番はエキシビションマッチを行うため」


 俺は白銀の説明に続けた。


「さっきから言っている、エキシビションマッチって何なんですか?」

「エキシビションマッチは、『バドミントンのダブルスの試合で、最後まで勝ち上がった二人でシングルの試合を行う』光正学園体育祭名物なんだよ」


 そして……


「きっと私たちは試合で優勝する。だから、エキシビションマッチで私と芹崎さんが戦うことになる。……そこで決めましょうってことよ」

「ちょっと待って下さい。体育祭があるのは明日で、学園祭は今日しかないじゃないですか!」


 確かに芹崎さんの言っていることは間違っちゃいない。

 学園祭は今日しかない。

 体育祭は明日にある。

 これじゃあ、昼にどちらと一緒にまわるかを決めることが出来ない。


「……学祭は、芹崎さんに譲るわ。エキシビションマッチで決めるのは、


 後夜祭とは、学園祭と体育祭の全ての行事を終えたあとに行われるイベントで、大取りにある花火はこれまた光正学園の名物となっている。

 そしてこの花火を男女二人で見ると、その二人は必ず結ばれるという言い伝えがあった。


 学園祭どうこうよりも、今の白銀にとってその花火は何より譲り難いもののはずだ。


「後夜祭で、どっちが祐也の隣にいるのか勝負するのよ」


 この勝負は、明らかに芹崎さんにとって不利だった。

 実力差も言わずもがな、芹崎さんは圧倒的に場数が足りなかった。


 体育祭の行事とはいえ少なくとも緊張はするものだ。

 場数は、その緊張を大きな力に変えてくれる。


 そのアドバンテージがなく、実力差は歴然。

 この時点で勝負はほぼ決まったようなものだった。

 そして、芹崎さんもそれを理解しているはずだった。


 でも、芹崎さんは俯きかけていた視線を起こして、真剣な表情で白銀を見据える。

 その瞳は決意を秘めていて、俺は無意識のうちに魅入っていた。


「……分かりました。その勝負、受けて立ちます」

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