九話 光正学園案内ツアー①

「まずは一階だね。ここが図書室。授業で使うことはないけど、昼休みとか放課後とかはここで勉強したり読書したりすることが出来る。人のいない時間がほとんどだから、特に勉強するのにはうってつけの場所だよ」

「うわぁ……結構広いんですね」


 芹崎さんは、辺りを見渡しながら零す。

 その瞳はキラキラと輝いていて、まるで未来に希望を抱いているようだ。


「芹崎さん、さっき本を読んでいたよね。読書は好きなの?」

「はい! つい最近、本を読むことが好きになって、今では時間ができたらずっと読書をしているんです。ここは読書が捗りそうですし、ぜひ使わせて頂きます」

「いい読書場所が見つかったみたいでよかったよ」


 俺は芹崎さんのあどけない笑顔に返すように口角を上げた。


「……まぁ、放課後は難しそうですが」

「ん、どうして?」


 突然、苦笑いを浮かべてそうつぶやく芹崎さんが気にかかる。

 放課後、ここを使えない理由があるのだろうか?

 そんな疑念が頭をよぎり、俺は彼女に尋ねたのだが……


「あぁ、いえ! 気にしないでください! それよりも、次の場所へ案内をお願いします!」


 そう言って、芹崎さんは図書室を出ていってしまった。

 彼女の言動に疑問符を浮かべながらも、俺は案内を再開するのだった。



         ◆



「体育館だよ。まぁ、ここは言わずもがな体育の時間で使う場所だね。他にも、全校集会なんかで使ったりもするかな」

「……そうなんですか」

「どうかした?」


 見ると、芹崎さんは明らかにテンションを落としていた。

 顔を俯かせていて、声にもさっきより覇気が失われている。


「私、運動はあまり得意ではなくて……ほら、この学園『体育祭』があるじゃないですか。日々の体育の時間ももちろん嫌なのですが、体育祭が特に億劫で……」

「なるほどなぁ……まぁ、それはそれでいいんじゃない?」

「それはどういう……?」


 流石にこれだけじゃ伝わらなかったか。

 さっきの芹崎さんの察しのよさから、これも気づいてくれると思ったのだが、確かに言葉が足りなかったな。


「得意じゃないことをするのは確かに億劫かもしれないけど、楽しめればそれでいいんなじゃないかなって。もちろん、上手くできたら言うことはないけど、運動が得意じゃない人にとっては難しいよね? だから、例えば友達や誰かと一緒に、どこをどういう風に改善していったら上手くなるかとか、そういう人との繋がりで楽しさを見出していくとまた面白いんじゃないかな。上手くこなすことだけが楽しみじゃないと思うんだ」


 そこまで言ったところで、昨日のマスターの言葉が脳裏に浮かぶ。


『人と関わることが、そのを生み出してくれるんだよ』


 面白いという感情は次のを生み出してくれる。

 ニュアンスは少し違うかもしれないが、これは間接的に、人と関わることで次のを生むのと一緒なのではないのか?


「それは……確かにそうかもしれませんね」

「幸い、この学園は男女混合で体育をするからさ、なんかあったら俺を呼んでよ。絶対楽しくさせてあげるから」


 俺は、不安げに瞳を曇らせる芹崎さんに優しく微笑みかける。

 こんなことを言うのは柄じゃないが、それでも芹崎さんが笑顔でいてくれるのであれば、なんだって出来そうな気がする。

 そして、今はマスターの言っていることが少し分かるような気がしていた。


「……その笑顔は反則です」


 を零しながら、芹崎さんは顔を真っ赤に染め上げてしまう。


 ……少し攻めすぎたか。


 彼女に気持ち悪がられていないかという不安と後悔と、彼女の様子のあまりにも非凡な可愛さで、俺は次の言葉を言い淀んでいた。


「……分かりました。じゃあ、体育の時間は、是非とも私と一緒にいてください。よろしくお願いします」


 芹崎さんは俺に視線を合わせて言うが、その後すぐに視線を逸らしてしまう。

 その反応は小動物のような可愛さで、俺は「あ、あぁ」と、気の抜けた返事をすることしか出来なかった。



         ◆



「もうそろそろ時間だね。ごめん、本当は朝のうちに全部まわりたかったんだけど……」


 体育館を出たところで、俺は芹崎さんに告げる。


 ……って、まだ一階じゃないか!

 こんなペースで朝のうちにまわれるわけがないだろうに。

 何やってるんだ、俺は。


「……だったら、昼休みも引き続き学園内を案内してくれませんか?」

「でも、昼休みは廊下に人がたくさんいる。そんなところを二人で歩いていたら、また芹崎さんを怖がらせてしまうよ」


 彼女だって、あんな経験はもうなるべくしたくはないはずだ。

 にも関わらず、芹崎さんは——


「いえ、私は大丈夫です。ですので、また昼休みに一緒に園内をまわってくれませんか?」


 上目遣いで訴えてくる。


「……分かった。じゃあ、次は二階から再開しよう。」


 相変わらず、彼女に弱い俺だった。

 上目遣いを喰らうのは二回目だが、一向に勝てる気配がしない。

 もしも、どうしても彼女の上目遣いに勝たなきゃいけない場面が来たとして、果たして俺はそれに勝てるのだろうか。


「……ありがとうございます!」


 なんか不安があったようにも思えたが、彼女の眩しい笑顔を見ると、なぜだかどうでもよくなってしまうのだった。


 いや、マジで可愛すぎかよ……。

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