八話 惹かれゆく存在

「おはよう、芹崎さん」


 翌日の朝、教室に入った俺は席に座って読書をしている芹崎さんに声をかけていた。


「ゆ、祐也君!?」


 その瞬間、芹崎さんは机をガタつかせながら俺に視線を飛ばす。


「……? ごめん、びっくりさせちゃったかな?」

「あっ、いえ、大丈夫です。……おはよう、ございます」

「うん、おはよう」


 俺は芹崎さんの挨拶に笑顔で返した。


 ……芹崎さん、どうかしたのだろうか?

 俺が声をかけるなり、いきなり驚いたような声を上げたと思ったら、今度は顔を俯かせてしまった。


「大丈夫? なんか様子がおかしいけど」

「べべべ、別に! なんでもないです!」


 芹崎さんは顔の前で手をブンブンと振る。


「そう?」

「はい! そんなことよりも、祐也君も早いですね! まだSHRショートホームルームまで40分くらいありますよ?」


 ……明らかに話題を逸らされた気がする。

 でも、そうするってことは何か探られたくないことがあるのかもしれない。

 だとするなら、ここは変に詮索せず、芹崎さんの話題に流されたほうがいいか。


「今日はたまたま早く目が覚めてね。家でやることもないし、学園にこんな早く来たこともなかったから、どんなものかと思って早く来てみたんだよ」

「そ、そうだったんですか」

「芹崎さんこそ、今日は随分と早いね」


 昨日は、時間で言ったら結構ギリギリのラインだった。

 通学路には学生がたくさんいたし、車通りも多かった。

 それに比べ今日は、全くと言っていいほどそれがなかった。

 昨日の経験を避けるために早く来たのだろうか?


 それとも、まさか俺と同じ理由で……!?


「あぁ、昨日は道に迷いまして。この町って崖の上にあるから、結構道が入り組んでますよね? なので、学校に着くまでに時間を有してしまったんですよ。昨日も今日も、本当は同じ時間に家を出たんです」

「あっ、そうなんですか……」


 勝手に早とちりした俺が恥ずかしい。


 肩を落とした俺を、芹崎さんが首を傾げて見ていたので、俺はすぐに笑顔を顔に貼り付けた。


「今日は迷わずにこれた?」

「はい。まだ迷いそうになったところもありますが」

「そっか。なんか困ったことがあったら言ってね。学園内のことでも学園外のことでも、やれる限りのことはなんでもするから」

「……あの、でしたら——」


 芹崎さんは視線を泳がしていると、やがて決心したかのように身を乗り出してきた。


「——学園内を、案内して頂けませんか?」

「学園内を?」


 一瞬、芹崎さんがなんでそんなことを言っているのか意味が分からなかったが、考えてみたらそうか。


「はい。私、昨日この学園に来たのが二回目で、まだどこにどの教室があるのか分からなくて……把握をしておきたいんです」

「わかった。じゃあ、今からでも行こうか?」

「……いいんですか?」

「うん。まだSHRまで時間はあるし、学園内に生徒も少ないだろうから」

「あっ……」


 芹崎さんは察しがいいのか、俺が言いたいことについて理解してくれたようだ。


 昨日の経験で、少なくとも心のどこかに恐怖心は残っているだろう。

 生徒がたくさんいる中で、俺と一緒に学園内を歩き回ったら、また彼女に怖い思いをさせてしまうかもしれない。

 昼休みに学園内をまわることも出来るのだが、そうなれば朝のうちにまわったほうがいいと思ったから、俺は芹崎さんにああ言ったのだ。


「よし、じゃあ行こうか。一階から順を追って案内するよ」

「……ありがとうございます!」


 明るく、あどけない笑顔。

 彼女の本当の笑顔を、また見ることが出来た。

 相変わらずとても可愛いし、見ると俺まで自然と口角が上がってしまう。


 俺は彼女が席を立ち上がるのを見て、教室の扉を開けるのだった。

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