第25話 護国聖女プリシラ 2

「姉妹ならば、親和性もあるでしょう……」


 フリューゲルの言葉の意味が分からず、プリシラは首を傾げた。


「どういうことです?」

「ちょっとした魔道具を使って姉妹で触れ合えば、妹の神聖力をあなたに取り込むことは可能だということです」

「私の神聖力を信じていないのですね。私がリアよりも下だと?」


 プリシラは屈辱に震えた。


「失礼ですが、あなたは、今までどなたかを癒したことはおありで?」

「は? 私は聖女の修業などしたことはありませんから、ヒールのかけ方など知りません」

「なるほど」と言ったきり、フリューゲルが黙り込む。


 何か自分に不利なことを言ってしまったのだろうかとプリシラはここへきて初めて不安になる。


「ご自身の力を信じていらっしゃるのはわかります。実際にあなたから神聖なものを感じます。しかし、妹より水晶がまばゆく光らなければあなたにとって良い結果にはならないでしょう」

「え……」


 プリシラははっとして顔を上げた。この神官長は自分の味方だと気づく。


(リアより輝けば両親の関心もまた私一人に戻る)


「何、保険のようなものですよ。後は精霊が導いてくれることでしょう」


 リアにできて自分に出来ないことがあるとは思えない。

 両親がリアに面会に行くのがたまらなく気にくわなかった。「リアはすごい。我が家の誉だ」などと褒めそやす。それが気に入らない。


 ……それももう終わり。プリシラはほくそ笑んだ。いつだってリアに勝つのは自分だ。

 だが、その向かいでフリューゲルが同じようにほくそ笑んでいることに気付かなかった。



 そしてその後チャンスは訪れる。リアが、討伐隊に参加することになったのだ。帰ってこなければいいのに。そんな思いを抱えて、にこやかに笑い妹と面会する。


 魔道具を使い、力の受け渡しをおこなうと、驚くほど体が軽くなり体調がよくなった。不思議な全能感が湧いてくる。


 それから、意気揚々と聖女判定に臨んだ。


(この国の王妃になるのはこの私)


 プリシラは魔道具を使って小細工をしたことなど都合よく忘れた。






 ――リア断罪後――




 子供の頃から、望んだものはすべて得られた。


 あの日、謁見の間に引きずり出されたリアを見てゴミかと思った。それが痛快であり、たまらなく恥ずかしい。こんな醜い者が実の妹だと思いたくなかった。


 しかし、リアが断罪された時はすっきりした。


(謁見の間での私の口上は最高だったわ)


 それを思い出し、プリシラはうっとりとする。皆が耳を澄ませ、彼女の口上に感じ入る。王族をはじめとして名だたる貴族たちに注目されるなかで、妹に対して思いのたけを吐きだした。あの愚かな罪人リアに。胸がすっとする最高に気持ちのよい瞬間だった。

 謁見の間から、絶望して引きずり出されるリア。いい気味だ。


 だが、いまはどうだ。苦労して手に入れたものが崩れそうだ。あれ以来、歯車が狂ったように自分の思い通りにならない。プリシラは怒りを感じていた。


 婚姻は延期され、ニコライは頭痛がすると言って常に不機嫌だ。最初の頃はドレスや宝石を贈ってくれたり、プリシラのお披露目だといって夜会や茶会を開いたりしてくれていたのに、リアを断罪してからは神聖魔法を覚えろと煩い。


 だいたいニコライは社交の重要性を理解していないのだ。こういう暗い時こそ人々は楽しみを、遊びを必要とするのだ。王家がそれを主導しなければならない。


 プリシラは、神殿から高位神官を招いてヒールを習っている。しかし、思ったよりも習得が上手く行かない。リアなど九歳の頃から神殿修行していたのだ。それを習い始めたばかりの自分に使いこなせというほうが無理な話だ。

 もう没しているが、先の王妃ですら神聖魔法など使えなかった。それをなぜ自分が習得しなければならないのか、プリシラは納得がいかない。


 それどころか、プリシラの能力に首を捻る神官もいて腹立たしい。彼らを首にしてやりたいと思いフリューゲルに訴えているが、のらりくらり躱される。高位神官はみな貴族出なので簡単に首には出来ないようだ。


 それにヒールを上手く使えないプリシラに、ニコライまで不安そうな顔をする。最近のニコライはご神託を信じ恐れ、怯えているように見えた。プリシラにはそれが不思議でならない。


(ウェルスム教など神官長フリューゲルだって信じていないのに……)


「精霊は存在する。だが、教義は神官により人を律するために作られたものだ」と彼は言っていた。


(私が護国聖女なのに、陛下はいったい何を恐れているのだろう)


 プリシラは不思議でならない。それほど、恐れるならば、早く婚姻すればいいのに……。


 そのうえ護国聖女の御業をみせろと毎日のように皆が煩い。「御業」と言われても何のことだかさっぱりわからなかった。虹でも出せばよいのだろうか? 日々、不満が溜まる。



 そんなある日の昼下がり、プリシラが豪華なサロンで茶を楽しんでいると、王宮女官が慌ててやってきた。再び黒の森の結界がほころび、魔物が暴れだしたという。


「だから、何? 前みたいにジュスタンとカレンに鎮めさせればいいじゃない」


 プリシラは知らせに来た王宮女官にそう告げた。せっかくの茶の時間を邪魔しないで欲しい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 当初は気にもかけないでいた。誰かが鎮めてくれる。そう信じていたのだ。

 まさかその「誰か」の役目を自分も負うことになるとは思いもせずに。


 最初は神殿に送られた。暗く狭い祈祷室に監禁され毎日祈りを捧げさせられた。もうどれくらいそれを続けさせられたかわからない。


「こんなの私の仕事じゃない! 私はもうすぐ王妃になるのよ。こんなこと許されると思っているの? リアを連れて来なさい。あの子がいい加減に結界を張ったんでしょ? あの子が修復するべきじゃない!」


「お忘れですか。この国の護国聖女はあなたですよ?」

「そもそも、あなたがリアを惑いの森に追放しろと言ったんでしょう。だからこんなことになっているんです!」


 口々に非難する神官たちに、神殿から引きずり出され、蔑みの視線にさらされる。 


「ちょっと待ってよ。何をするの?」

「黒の森に行っていただくのです。護国聖女であるあなたが、そこで直接祈りを捧げれば、きっと森も鎮まるでしょう」


 強引に馬車に乗せられた。


 国を救えない護国聖女の末路など考えもしなかった。一度象徴になった人間は、国が傾けば、生贄としてささげられる。


 救えなければ、廃棄される。そんなことにも気付きもせずに。

 ニコライとは別れ際なんと言葉をかわした?


「権利ばかりを主張し、贅沢ばかりを貪るな。大きな権力を握る者には、それ相応の義務が生じ、時には犠牲をはらわねばならない。心するがいい!」


「ならば、あなたの義務は何? どんな犠牲を払ったというの?」





 プリシラを乗せた粗末な馬車は黒の森へ向かって走り出す。


「いやだ。いやだ。行きたくない。魔物なんて見たこともないのに。降ろしてよ!」


 暴れる彼女は無言の兵士たちに拘束される。プリシラはこの期に及んでも思い至らない。リアとて、黒の森へ行くまでは魔物など見たことがなかったと。彼女がどれほど怖い思いをし、敵に向っていったのか。


 心細い気持ちを必死で奮い立たせているリアから平気で神聖力を盗んだことも都合よく忘れている。しかし、精霊の加護のない彼女からはその神聖力の欠片すらすでに消え失せていた。


「リアのせいよ! 姉だから? 私が長女だから、妹のしでかしたことに責任を取らなければならないの? ひどい、あんまりよ。私のせいじゃないのに。悪いのはリアなのに。失敗したのはあの子なのよ!

 怖い、怖いよ。黒の森なんて行きたくない。なぜ、誰も助けてくれないの? 誰も私を愛していないの? そんな馬鹿なことありえない。いつだって私は……一番愛されて当然なのよ!」


 彼女の叫びにこたえる者はいなかった。








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