第15話 小さな国

 殿下と呼ばれルードヴィヒは一瞬、渋い顔をしたが、メルビルは涼しい顔だ。

 リアは彼が、王族だと知って少し取り乱したが、食事はぎくしゃくすることもなく和やかな雰囲気で終わった。一人慌てるリアを除いては……。



 リアはルードヴィヒがこの国の王子などと信じたくなかった。アリエデでは王太子にひどい目に合わされている。レオンにあらましを聞かされたが、いまだに何がどうなって、自分が捨てられたのか分からないし、考えたくもない。


 ニコライの顔が頭をよぎる。冷たいと言うよりもごみを見るような感情のこもらない瞳。思い出すとぞっとする。やはり権力者は恐ろしい。

 もちろんルードヴィヒはニコライとは縁もゆかりもない別人だという事は理性ではわかっている。それなのに心がついて行かない。


 やはりここに長くいてはいけない。自分ならば、森で暮らせる。誰にも会わずに、このままずっと……。



「大丈夫だよ。私は王族とは言っても隠居みたいなものだから」


 リアは食事の後、ルードヴィヒにサロンに連れてこられていた。紅茶を優雅な所作でのみ、落ち着いた口調で話しかけてくる。


「隠居……ですか?」


 ルードヴィヒはどう見ても二十代前半だ。多分ニコライと同じくらいだろうか。隠居などという言葉が全く似合わない。


「そう、名ばかりの王族だよ。跡取りは兄、それを弟が補佐している。私は役に立たないから、王都から離れて、ここに居候しているんだ。別に強大な権力をもっているわけではないから、安心してくれ。まあ、君の身分を保証するくらいのことは出来るかな」


 彼はこの国の第二王子。リアはどうしても緊張して体がこわばってしまう。


「リアとは少し仲良くなれたと思っていたが、王子というだけで、そんなふうに距離を取られてしまうのか」


 愁いを含んだ声でポツリと呟く。ルードヴィヒはどこか儚げで、リアの態度が彼を傷つけているのだとわかった。何か言わなくは……。


「あ、あの、殿下」

「殿下はやめてくれ」

「いえ、でも」


 知ってしまった以上今までのように接することはできない。


「ここの者は誰も私をそのようには呼んでいないだろう?」


 確かに言われてみれば、使用人達も皆「ルードヴィヒ様」と呼んでいる。それを思い出し、

 リアはコクリと頷いた。


 考えてみれば、相手の立場によって態度を変えるなどいけないことだ。ルードヴィヒは、リアに対してそんなことはしなかった。


 最初から紳士的だったし、国を追放され、神殿を破門されたとわかっても彼の態度は変わらない。それを思うと自分の態度が恥ずかしくなる。


「私は……。その、申し訳ありません。ルードヴィヒ様」


 リアは素直に謝った。ルードヴィヒはにこりと笑う。


「謝ることではない。そうだ。ここの生活に慣れたら、一緒にヴァーデンの森に行かないか?」

「はい?」


 そういえばルードヴィヒはあの森の監視をしていると言っていた。リアに仕事を手伝ってほしいとも。

 しかし、彼はそこで死にぞこなっている。嫌ではないのだろうか? 怖くはないのだろうか? リアは目を瞬いた。


「リアと一緒なら、あの森で快適に過ごせそうだ」

「また、森に入るつもりなのですか?」


 少し心配になる。見た目と違い図太い人なのだろうか? 公爵夫妻も彼が無鉄砲だと心配していた。


「もちろんだ。君も見ただろう。あの森の植物群を。それに魔物の種類がとにかく多い」


 ルードヴィヒの瞳が輝いているように見える。


「……魔物が好きなのですか?」


 リアがおずおずと聞く。


「私の最初のペットはフェンリルなんだ」


 とても嬉しそうに言う。


「ええ!」


 アリエデでは見つけ次第即退治される魔物だ。リアも神聖力を込めた錫杖で仕留めたことがある。棒術は得意だ。レオンにだって勝てる。しかし、そんなことは話せない。


「その次に飼ったのはというより、友達と言った方がいいかな。シムルグだ。誕生日に父からおくられてね」


 ルードヴィヒが懐かしそうに目を細める。


「……」


 アリエデでは討伐隊を組んで迅速に仕留めるべき魔物だ。空を飛ぶ魔物は討伐が厄介なのだ。それが誕生日の贈り物? 国王が王子に魔物をプレゼント。この国はいったいどうなっているのだろう。


「信じられないって顔しているね。もちろんこの国でも魔物による被害もあるし、襲われもする。だが、ここでは退治することもあるし、共存することもある。君はアリエデ以外のことは知らないのだろう?」

「はい、恥ずかしながら、私は何も知りません」


 リアはそういう教育を家庭でも神殿でもうけていない。アリエデ王国のほとんどの民も他国を知らないし、興味も持っていないだろう。


「確かに、魔物はそう簡単に人に慣れるものではないが、この国では使役されている。それこそ馬の代わりにスレイプニールや、軍隊ではワイバーンも使役されている」

「え、ワイバーンもですか!」


 という事はワイバーンを飼うのはよくあることなのだろうか? リアは目を白黒させた。空を飛ぶドラゴン系の魔物は強く退治するのに苦労する。この国は常識が違い過ぎた。どうやってあのようなものを手懐けるのだろう。

 不思議そうにルードヴィヒを見る。


「興味が湧いてきたみたいね。少しこの国のことを勉強してみか?」

「はい、ぜひ、勉強してみようと思います」


 学ぶことに興味が湧いたのは初めてだ。この国はとても面白そう。



 ♢



 次の日、リアは早速、城の書庫へ向かった。とても広く立派で、蔵書がいくつもある書架にぎっしりと並んでいた。そういえば、アリエデの神殿の書庫は立ち入り禁止だったことを思い出す。


 リアが、圧倒される思いで見ていると、ルードヴィヒが地図を持ってやってきた。リアの前に巻物状になった地図がするすると広げられる。

 クラクフ王国はとても広大で、アリエデ王国はとても小さい。


「これ、国でみた地図と違います。もっとずっとアリエデは大きかったんです」


 リアが国で見せられた地図は、大きなアリエデ王国を囲むように四つの国があるものだった。

 しかし、この地図ではアリエデは四つの国の隙間を埋めるようにとても小さい。そしてクラクフ王国は大国。一瞬どこの国でも自国を大きく書くものなのかと思ったが、他の国もそこそこ大きい。小さいのはアリエデだけだ。


「アリエデは小国なのだけれどね。他国に依存することも、何かを輸入することも殆どない。ただとても高価な回復薬ポーションを輸出している」


 それならリアも知っている。


「神殿で作っていました」

「この国でもポーションは神殿で作られることが多い。もちろん個人で作る者もいる。私も以前アリエデのポーションを使っていた。あれは効き目にばらつきが合って、当たりはずれがあった」


 リアはそれを聞いてクスリと笑う。まるでくじのようだ。高値で売りさばいていた割にはいい加減だ。


「私もポーションづくりを手伝っていましたから、材料があれば作れますよ。当たりかはずれかは分かりませんが」


 するとルードヴィヒが首をふる。


「いいよ。そんなことしなくて。今はあまり飲んでいない。それに不思議と二年くらい前から、アリエデから当たりポーションが出なくなった」


 二年前、魔物討伐が始まったころだ。



 アリエデは魔物討伐に疲弊していたのだ。だから、ポーションづくりも手を抜くようになったのだろう。リアは、そんなふうに思っていた。







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