第14話 保証する

 

「そんな事より、リアの治癒魔法ヒールはすごいな。アリエデの聖女は皆、あのようなすごい力を持っているのか? 魔導士が使うヒールよりずっと強力だ。久しぶりに足の痛みが取れて楽になったよ」

「……少しでも助けになれてよかったです」


 しかし、まだ治ったわけではないし、今は体調が良いようだが、あの熱も気になる。きっと彼の体にはまだ悪いものが巣食っているだろう。


「聖女は精霊の加護を願うので、魔法とは根本的に違います。魔力マナをつかいません」

「やはりリアは聖女なんだよ。神殿が認めようが認めまいが関係ない」


 ルードヴィヒのさり気ない言葉に、リアはまたも胸がいっぱいになる。なぜこの人はこうも自然に優しい言葉をかけられるのだろう。

 彼と話していると凍えた心が溶かされていく。




 ♢




 その日、城での夕食はメルビル・アルマータ公爵と夫人のルイーズにルードヴィヒと同席した。城に住んでいるのはこの三人。

 公爵夫妻の一粒種の娘クララは婿を取ることなく隣国に嫁いでしまったらしい。


「それは寂しいですね」


 リアが言うと、


「あなたくらいの年齢の子を見るとクララを思い出すわ。丁度あなたくらいの年で嫁いでしまったの」


とルイーズが遠くを見るような目で、寂しそうに語る。リアが着ている服もクララのものだったらしい。


「よく似合っているわ。とてもきれい」


 と言って夫人は目を細めた。リアは俯いて頬を染める。


「リア、君はこの無鉄砲なルードヴィヒの命を救ってくれたことだし、いつまででもここにいていいのだよ」


 メルビルが心強い申し出をしてくれる。

 それにしても、やはりルードヴィヒの行動はこの国でも無鉄砲なようだ。


 リアの事情はルードヴィヒが事前に夫妻に話してくれていた。それなのに夫妻はとても親切で、ずっとここにいろと言ってくれる。

 彼らに、そこまで歓迎してもらえるようなことをした覚えはないので、嬉しい反面、少し怖くて不思議な気がした。


「そういえば、申し訳ないけれど、こちらの一存であなたのローブは、処分してしまったわ。どうしても汚れが落ちなくて。その代わりクローゼットに服を用意させるから、好きなように着てちょうだい」


 夫人が砕けた口調でいい、人懐こい笑顔を浮かべる。美しく、とても気さくな人だ。


「リア、自分の家だと思ってくつろいで欲しい」


 一見いかめしい顔立ちのメルビルが、緊張の抜けないリアに優しく声をかける。


「そうそう、あなたのドレスの趣味が分からないわ。今度一緒にお買い物に行きましょう。服を新しく仕立てるのもいいわね」

「そうだな。久しぶりに王都に買い物に出るのもいいな。リアを紹介しなければ」


 夫妻が楽しそうだ。そしてよくしゃべる。リアは紹介と聞いて嫌な予感がした。


「そうね。ここに住むんだもの。お披露目しなくては」


 お披露目……社交界ということだろうか? 話が予期しない方向に進んでいきリアは目を白黒させた。すっかり、ここで彼らと一緒に暮らすことになっているらしい。昨日、あんなひどい状態で出会ったばかりなのに。こんな身元の怪しいものを高位貴族が身近に置いておいて良いのだろうか。


 リアは二人の勢いに言葉をさしはさむことも出来ない。


「二人ともいい加減にしてください。リアが困っている」


 ルードヴィヒが勢いづく二人を止めてくれた。


「いいではないか。リアは行く場所がないのだろう? 家でひきとって何が悪い。それに、お前では話し相手にならないではないか。もう一人くらい娘がほしかったところだ」

「そうよ。久しぶりよ。こんな賑やかな食卓は」


  夫妻が口々にルードヴィヒに文句を言い始める。


「あなた方の食卓はいつも十分賑やかだ」

「まったく、ルードヴィヒがこんなだから、私達の話し相手にもならなくてね」


 公爵は困ったように、リアに訴えてくる。頷くわけにいかず曖昧な笑みを浮かべた。

 いろいろと言い合ってはいるが、彼らはとても仲が良いのだろう。気安さが伝わってくる。家族とはこんなにも温かいものなのかと思う。

 ふと九つまでいた生家の食卓を思いだす。あそこではいつでも白々とした冷たい空気が流れていた。


「駄目ですよ。リアは、ヴァーデンの別邸に連れて行きます」

「ええ!」

「なぜだ!」


 夫妻からルードヴィヒに対して抗議の声が上がる。


「リア、私の仕事を手伝ってくれるんだよね?」


 リアはいきなりルードヴィヒに話を振られて驚いた。そういえば一緒に茶を飲んだ時、手伝って欲しいと言われた。


「はい、あの、お仕事を頂けるのならば喜んで。私、お洗濯もお掃除もできますから、お役に立てると思います」


 リアがそう言った瞬間、食堂が静寂に包まれた。カチャリと食器のこすれる音すらしない。皆の動きが止まった。何かまずいことを言ってしまったのかとリアは一人焦る。


 しばしの静寂の後、公爵のしわぶきの音が響く。


「リア、君はアリエデ王国の聖女だったとルードヴィヒから聞いた。それで、国でどんな扱いを受けていたんだい」


 今までの朗らかで気さくな雰囲気から一転して、静かで威厳のあるメルビルの声が響く。


 リアは気付いていなかったが、彼らは昨日のリアの様子からある程度のことは察していたのだ。年ごろの娘があのような状態で森にいるなど、尋常ではない。話してみれば彼女にはきちんと知性も常識もあり、所作も品を感じさせる。


 何か相当な事情があるのだろうと思われた。しかし、今日聞いたリアの話は思った以上に悲惨だった。

 国外追放という過酷な境遇にいて、彼女はルードヴィヒの命を救った。辛い状況にいても他者を思いやれる優しい娘。ヒールの威力からいって彼女がかなり神聖力の強い聖女だというのは明らかだ。


 フランツの報告では、宿でも必死にルードヴィヒを守ろうとしていたとのこと。騎士の彼に向かってこようとしたという。


 そのうえリアはルードヴィヒを救ったからといって何かを公爵家に要求するわけでもなく、ただただ彼らの親切に恐縮しきっている。どうみても善良な娘だ。アルマータ家の面々はそんな彼女を痛ましく思うと同時に、彼女の悲惨な境遇に怒りを感じ、何かしてやりたいと願っていた。




「リア、怯えなくて大丈夫だよ。ただ、君について聞いているだけだから」


 そう言って、ルードヴィヒがリアを安心させるように柔らかく微笑む。リアはルードヴィヒに促され、聖女の修行の内容を手短に告げた。


「修行と称して祈りや傷病者の癒しのほかに下働きまでさせるなど、休む暇などないではないか。他の聖女も同じようにしていたのか?」


 メルビルが厳しい表情で聞いてくる。その隣でルイーズが気づかわしげにリアを見た。


「いえ、私だけです。家は神殿に寄付を納めていなかったので……」

「アリエデとこの国は正式な国交はないので、詳しくは知らないが、神殿への寄付は貴族の義務と聞いている。君はマナーもきちんとしているし、所作からして貴族の令嬢だと思われるが間違いないかな?」


 名乗って良いものか一瞬逡巡したが、あの国にはもう籍はない、多分問題はないだろう。


「はい……ガーフィールド伯爵家の娘でした。もちろん今は家名を持ちません」


 折角の楽しい食事の雰囲気ががらりと変わってしまった。メルビルとルードヴィヒは怒りを抑えているようだし、ルイーズはとても悲しそうだ。リアは何となく申し訳ない気持ちになった。


 ルードヴィヒが震えるリアの手にそっと自分の手を重ねる。


「リア、不安になることはない。この国では精霊の森に降り立った聖女を精霊の御使いと呼び、丁重にもてなすのが習わしだ。故郷と思って、ずっとここで過ごして欲しい。君の身分は私が保証する」


 リアを安心させるように請け合い、微笑んだ。


「ぜひとも頼みましたよ。ルードヴィヒ殿下」


 口調をあらためたメルビルの言葉に、リアは飛び上がりそうになった。


(嘘でしょ……?)





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