03-05  LV5のリージョンにLV75の敵は違法でしょ。

「鯨みたいなのだ! みんな、これに乗って空に行くのだな」

「セルバさんは高ぇところは平気なタイプか? 俺密航とかで結構乗ったけどすげえこえーぞ」

「む、英雄はそんなことでは動じないのだっ。ぜ、全然怖くないぞっうんっ」

「これ、どうやって動いてるんだ? 個人で動かせる大きさじゃないよな」

『船によって差異はありますが、スカイライダー……個人の飛空艇乗りは風の精霊フリッシュと契約を交わすことで各部門のクルーを召喚できるんですよ。なので比較的大きな船でも動かせるんですね、外の技術様様です』


 サンセットランディングは外の市場と同じように様々な人が行き交って、それだけで活気に溢れているのが見ただけでわかるほどだった。特に目を引くのが用意された発着場に停まっている大小様々な形をした鯨のような飛空艇の数々。

 飛空艇から降りてくる人たちもいれば、慌ただしく乗り込んでいく人たちもいる。物が行き交い、人も行き交い。クリスはその騒がしさと活発さに“やっぱりここは自分のいた世界とは違うのだ”と実感する。残された文献や資料から読み取るよりも遥かに熱量のある世界だ、むしろどうして僕の時代にはあんなにまで荒廃したんだ? やっぱり謎だ。

 

「ベンタバールの船はあっちじゃな! 人が多い、みんなはぐれないようにするのじゃぞ〜」

「小さいもんね、今の僕たち」

『中身ともかくちびっこ軍団であることは変わりませんからね、いっそ手を繋いで貰ってもいいんですよえぇ! 更新が捗ります』


 相変わらずな賢者さんに対してグレイスが若干引いている様子でこっちに耳打ちしてくる。あぁ、うん、言いたいことはわかるよ。うん。そこに関してはパスカルはもう色々悟ったような目をしてるし、多分僕もそんな目をしている。不思議なことにセルバはあの映し絵に関しては気にしていない……というかむしろ歓迎しているらしかったが。


「なぁあの青い鳥本当に賢者なのか? 欲ダダ漏れじゃね?」

「大丈夫じゃ、もう手遅れじゃぞ」「ああ……もう新しい映し絵出たんだ……」「そうなのか? 私まだ見てないのだ、あとで見せるのだ」

「えっ何!? 何かやな予感がするんだけど!?」


 賢者の所業はさておいて、ともかくベンタバールさんに会いに行こうと足を踏み出す。ニコラスさんが教えてくれた人がどんな人物なのか、正直なところちょっと楽しみだった。あの人は元気にやっているだろうか……そんな風に思ったところで異音が思考を吹き飛ばした。

 ギリギリギリと。

 ランディング中に金属が擦れ合う音が響く。思わず耳を塞ぎたくなるような轟音に敵襲かと本能が剣に手を添える。ランディングの施設構造上仕方がないのか音が反響してどこからきたのかがわからない、何だ? 何がきている? 必死に視線を回していると非常事態を告げる鐘の音と共に誰かかが叫んだ。

 

だ!! が出たぞーーーー!!!!」


 悲鳴が一気に破裂する。その声の先、開けた橙の空に刺々しい黒の斑点が蠢いていた。


「うわーーーーッッッ気持ち悪いのだーーーーッッッ!!??」

「うげ、カナモノじゃとな!? 魔界にしかおらんやつじゃぞ!?」


 それを見たセルバが悲鳴を上げてクリスの腕に飛びつき、パスカルは露骨に嫌がる素振りを見せる。

 それまるで魚の骨のような姿だった。蛇、のような細長い体に何本も肋骨のような金属が飛び出している。それがシュルシュルと体をくねらせながら降りてくる。全身が鋼の骨でできた怪物を、ここを行き交う冒険者たちはカナモノと呼んでいるらしい。

 クリスにはその異質な姿に覚えがあった、似ている。


「(鉄鋼浜の雑兵クソモブ……!!)」


 魔神の使徒よりも苦しめられた道中雑魚にそっくりだ。


「カナモノ……まさか魔の針のコックか!? おい、何をしているっ! やめろっ!」

「おや、懐かしい匂いがする。こちらですかな」

 

 グレイスが飛び出しカナモノの群れへと叫ぶ。すると、意外なことに返事があった。見上げるとそこにはひときわ大きなカナモノの竜に乗った大柄の魔族がいる。見覚えのある魔王の魔力を身に纏ったそいつは、マスクをしていて顔は良くわからないがその衣服は確かに調理師用のエプロンに見えた。まぁそれも見事に真っ赤というか赤い通り越して茶色いのだけれど!

 魔の針と思しきそれは片腕を上げると、周囲にいたカナモノたちが静止する。話をする気があるのか気まぐれか、それは恭しく会釈する。ただそれだけで嫌な予感がした。

 

「あぁ……お久しゅうございます、グレイス様」

「お、俺がわかるのか……? なら話を聞いてくれっ、」

「ご依頼通り、今回も素晴らしいお食事を用意いたします。少々お待ちくださいませ、今新鮮な材料を仕入れますから」


 あっだめだこれ大丈夫そうなフリして全然大丈夫じゃないやつだ。

 

「さぁ仕入れ係さんたち、頑張って手に入れておくれ! ――“勇者の血肉”を!!」


 カナモノたちが一斉に咆哮を上げる。口と思しき部分から歯のように出てくるナイフに背筋がぞっとする、あぁもうできるだけ思い出したくないのに。あれらが全部こっちに向かってくる。あぁ走れ、早く動け! 絶句してる場合じゃない、覚えてるだろ。捕まったら体を八つ裂きにされるどころか原型がなくなるぞ! いい加減にしろと血反吐吐きながら駆け抜けた鉄鋼浜の戦いを思いだせ!

 

「っ――!! あ、」

「まずいっ、みんな逃げるぞい! 賢者ァ!!」

『マーキングしました! ベンタバールの船はあちらです、走って!』


 声に背中を蹴飛ばしてサンセットランディングを走る、カナモノたちが吐いた白煙でさらに視界は悪くなり気が付けば周囲は乱戦状態だった。

 運が良いのか悪いのか、ここには多くの冒険者が集う。それぞれの守るもののために慌てて武器を振り抜いて戦闘に飛び込んでいくのが見える、助太刀に行きたいけれどそれはできない。狙われているのは他でもない僕たちなのだ。


「早く船に乗って離脱しないと……っグレイス!? 大丈夫か!?」

「待て待て待て煙で前が見えなっ、うわっ!?」


 治療したとはいえまだ弱っているグレイスにはこの混雑状態の中で走るのは酷な話であることに変わりない、振り向けた見事に顔面からすっ転んでしまっていた。すぐさま駆け寄るも殺気が迫る、白煙の先に赤いカナモノの目が見えた。

 

「「「匂イ、匂イ、匂い。勇者発見、作業開始」」」

「うわわわわやばいやばいやばいーーーー!!」

「三体同時に致命モーションは違法だろうが!!」

 

 思わず飛び出していく怒号と一緒にグレイスを抱えて飛び退く、無茶な移動をしたせいか足が痛い。まずい、すぐに走れない。かちゃかちゃかちゃと金属音が聞こえてくる、早くこの場から離れないといけないのに影に足が張り付いたみたいに動かない。


「くそ、!」

 

 一撃覚悟しないといけないかとグレイスを庇う体勢に入る、一撃だけなら耐えられると痛みの衝撃に構えた。……が、代わりに聞こえたのはカナモノの悲鳴だった。


「きみたち、大丈夫?」


 視界を上げるとそこにはカナモノを真っ二つにしながら穏やかに声をかける褐色の少年がいた。今の自分達より四つほど上であろう彼は、次の瞬間には双剣を手にカナモノの動きを上からぶっ潰しあっという間に周囲にいた敵を一掃する。呆気を取られそうになるがそうもいかない、彼が作ってくれた数秒で体に力を込める。彼の金色の目がこちらに“走れるか?“と問いかける、大丈夫だ、まだ走れる。


「っありがとうございます!」

「どういたしまして。大丈夫、こっちは任せて。――来い敵視獲得、お前たちの相手は僕だ」


 敵視が一気に移動するのを空気で感じながら立ち上がる、振り返っている暇はもうない。


「グレイス!」

「わりぃっ、助かるっ」


 腰が抜けかけていたグレイスの手を握り、離さないように力を込める。賢者さんのマーキングの光から目を離さないようにしながら必死に走った、あぁこの小さな体が今は憎い。小さな足じゃ到達するのにさえ時間がかかる!

 後方から魔の針コックの呼びかけが聞こえる、勇者を探す声だった。そしてグレイスを探す声だった。悲鳴が折り重なる、白煙の先を考えたくない。

 

「くそ、くそっ、くそぉ!! 何だってこんな時に力がねぇんだよ、俺はぁっ!」


 グレイスの叫びでさえも、乱戦に掻き消えてしまった。

 

「お、来た来た! おぉいパスカル王御一行! こっちだこっちー!」


 やっとのことで騒ぎを抜け出すと、白鯨のような飛空艇から声がする。サンセットバレーの空と同じ色の髪を羽ばたかせている青年が手を振っていた。


「彼がベンタバールじゃ! 船に乗るぞい!」


 備え付けられた小さな橋を渡って飛空艇に飛び乗る、息切れがひどくて眩暈がした。こうしているうちにも剣戟の音がどんどん近づいてくるのがわかる。

 全員が乗り込んだところでパスカル王が確認の声を飛ばしていた。

 

「よし点呼なのじゃ!!」

「はい!!」「乗ったのだっ!」「ちゃんといるぜ!」

『全員搭乗しました、飛ばしてください!』


 賢者さんの声にベンタバールが船の舵の前に立ち、エナを呼び覚ます。まるで白鯨の飛空艇そのものが返事をするかのように張り巡らされたエナが輝くと、騒乱の中でも真っ直ぐに響くベンタバールの声が錨を引き抜いた。

 

「オッケー! ――スカイライダー、ローズ=ベンタバール! 改めホエールフレーム号、“抜錨“!!」

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