03-03  まあ結局のところ人の心があるメンバーだから

「相変わらずここの管理人は変わらん様子じゃったの〜、びっくりするほど放任主義じゃがここを治めるとなるとそうでもしないとやってられんのじゃろうなぁ」

『何かとものの出入りも人間の出入りも激しい場所ですからねえ、情報と物資を確保し次第早めに出発すべきかと』

「そうじゃのう、ここは一個抜けば五、六個普通に生えてくるからの。わしなら良いがクリスには荷が重かろう」


 このサンセットバレーで色々と込み入った要件を済ませ、クリスとセルバとの合流場所に向かう。どうやら何か騒ぎが起きたらしいのじゃがサンセットバレーではいつものことじゃ、まー何かと黒い組織やら外部流入者やらも利用する黒寸前のグレーみたいな場所でもあるからのう。二人ともただの幼子ではなかろう、最悪殴って逃げるぐらいはできるじゃろうしその辺は心配しとらん。しとらんかったが、……どうしてこうなったのじゃろうなぁ!!

 

「クリスそこを退け!! そいつ殺せない!!」

「退けつってもこいつが離れないんだってば!!?? いい加減離れろお前!! 立場を考えろよ!!??」

「やだ!! 死ぬぐらいだったら立場も役目も犬に食わせてやるっての!! 頼むから助けてくれよ勇者だろぉ!?」

「お前を殺すための勇者だろうがよバカがよぉ!!」


 困った。

 うん、ツッコミどころが多くって多くって困った。

 まず広場に怪魚が落ちてきたらしいことはわかる、ここはそういうのよくある。だがその中から人が出てきたのはちょっとよくわからない。これまたリンゴのように真っ赤な髪をした少年。じゃがその姿といえばまるで王族のような豪華な服、纏う匂いは魔界の空気のそれ。それがなんとクリスの腰に引っ付いてなんとも情けなく悲鳴をあげておる。で、その顔面土砂崩れ起こしとる魔族らしき子に向けてセルバが今にも弓を放つ三秒前。間っこに挟まれたクリスはキレにキレて口調がどっかいってしまっておる。

 ……えぇ? 何? 何が起きとるの……?

 

『あぁ情報確認しました。王様よくご覧ください、あれ魔王です』

「あー魔王、……は!? 魔王!?!? あれが!?」


 慌てて眼で見てみれば確かに魔王って出ておるわ! え、なんで!? まだ三章だが!?


「魔王……殺すべし……」

『うはーセルバ様が面白いことになってますねぇ! 記録しときましょ』

「王様ぁ!! これどうしたらいいんだ!? 殺していいのか!?」

「待て待て待て勇者よ! 俺魔王! こんなところにいちゃだめなやつがいるってことは異常が起きてるってコトだからな!? お願いだから殺さないでくれ頼む!!」


 あっだめじゃこれ普通に収拾つかんぞ!!


「落ち着けぇ!! クリスとセルバは一度深呼吸っ、賢者は座れ!」

「は、はい」「うぐぐ……」『仕方ないですね』

「そこの魔王っ、とりあえずこっちに来て事情を話せ」

「く、首切ったりしねえか?」

「しないから、そこに、座れ」


 なんともまぁビビり散らかしながらソワソワと魔王? がクリスから手を離しすっと正座する。いやそこまでは求めとらんかったなぁ……!!


「まず自己紹介をしよう。わしはパスカル。パスカル=プルガリオ・ミシオン。お主は? いやまぁ魔王の魔力しとるから分からなくはないんじゃが」

「おお、俺の名は【グレイス=テモワン・プロメテウス】。機構の魔、ないし神聖の簒奪者。魔王グレイスだ! ……でいいのか? わかんねぇ」

「うんうん自己紹介できてえらいぞい、ちゃんと自分の性質も把握はしとるんじゃなそうかそうかグレイスか」


 はい、ここで思い出す。

 そもそも発端であるあの手紙の送り主、魔王じゃったな。そういや魔王グレイス=テモワン・プロメテウスって字面じゃったな!! 名前を認知したくなかったから今まで名前を出すことさえしておらんかったが。

 つまり、こいつがわしの大事なピリカちゃんを連れ去って結婚を迫っておった魔王という訳であって。

 

「お前わしのピリカちゃんをどうしたんだお前お前お前ーーーーーーッッッ!!」

「ぎゃーーーーーッッッ!! 名前でそんな気はしたけどあんたピリカの親父かよ!!?? なんで!? おじいちゃんじゃなかったのか!?」

『その辺はおいおい説明しますよ。パスカル、』

「あぁ!?」

『“この件、思った以上に大事になりますよ“』


 賢者に静止され一度息を吸う。うん、まぁ許せぬ相手ではあるが確かにおかしいことはおかしいからな。一度よく考えよう、賢者がわざわざ言うとなれば此方が現役時代レベルのことが起きている可能性がある。よく考えろ、こんなところに魔王が魚に食われた状態で落ちてくる。それでこそあり得ないことだ。なぜ、魔王が魔界ではなくここにいるのか。なぜ、怪魚に食べられていたのか。なぜ、宿敵であるはずの勇者に助けを求めたのか。

 あり得ないことが起きている。

  

『魔王グレイス、プロメテウスの血を源流とする魔族の子。愛されし紅玉の王よ、――あなた、玉座を奪われましたね?』


 賢者がグレイスの頭の上に止まる、魔王グレイスはその言葉に表情を強ばらせた。

 

「あんたは」

『あなたとは別の系統の魔王だったものです、先輩ですよ。敬いなさい』

「そ、そうか。……ってことは全部お見通しか、はは……」


 乾いた笑いを顔に貼り付けながらグレイスは項垂れる、その姿にクリスがとうとうこう切り出した。


「もしかして、本気で困ってるのか?」

「……あぁ、あぁそうだよぉ!! やっと連れてこられたピリカも王の魔力もぶん取られて、家も金も部下もいなくなって、必死になって魔界から逃げてっ……、やっと友達を見つけたと思ったら話聞いてくれねえし! もうどうしたらいいかわっかんねぇんだよぉ!!」


 わああっとこどものように泣き出してしまったグレイスの姿に思わずわしも狼狽えてしまった、子どもの姿をした魔王が子どもみたいに泣いている。……違う、子どもである魔王が泣いてしまっているのだ。

 へたり込むグレイスの腕は随分と細く、ブーツから覗く足は枯れ木のようになってしまっていた。豪華な装飾で誤魔化されそうになる、お前その髪いつから手入れしていないんだ? お前、もしかしてろくに飯も食べていないんじゃないか?

 愛娘の顔がチラつく。攫われて遠くにいるはずの娘の顔だ。こいつは確かにピリカを連れて行ったのだろう、そして婚約しようともしていたのも本当だ。

 だが。

 

「頼む、助けてくれ……」


 それでも今ここにピリカがいたなら、迷わずグレイスを助けるだろう。


「パスカル王」


 クリスがじっとこちらの目を見る。

 勇者の剣の魔力によってほぼ強制的に臨戦状態にあるであろう精神の中で、クリスはそれでもというように勇者の剣を取ろうとする右手を押さえつけていた。魔力の本能が鬱陶しいのじゃろう、それを必死に振り払うようにとっくにその右手には彼の左の爪が食い込んでいる。そうしてでも助けたいのだろう、お前は本当に優しい子だ。

 その隣で、セルバは重苦しいものを噛み潰している顔をしている。けれども彼女は理性で自分を律したのだろう、弓からは手を離し事の行く末を見守っていた。お前が一番怒りたいだろうに、いや怒りたいからこそ相手を見定めているのだろう。本当に森を傷つけたのが彼なのか、今はそれさえも怪しい。だからこそ間違えるわけにはいかない……そんな想いが滲み出ている。お前は本当に強い子だ。

 魔王グレイスを見下ろす。


「……はぁ〜〜〜〜〜〜〜、わかった。わかった。それを言われたら無視できんわい。クリス、セルバ、良いな?」

「あぁ、大丈夫。その魔王を、今倒そうとは思わない」

「……判断材料がほしいのだ。だから、今は話をきいてやるだけなのだ。……、事と場合によっては容赦しない。忘れるな」

「うむ、うむ。ありがとうな、二人とも」


 膝をつき、目線を合わせる。今は魔王だとか勇者だとかは噛み砕いておけ、今はそれでも助けるのが先だ。

 グレイスの見上げる星色の瞳が揺れている。

 

「話を聞こう、グレイス=テモワン・プロメテウス。立てるかの?」

「あぁ、だいじょうぶ。足の骨はまだ折れてないしな!」

 

 差し伸べた右手を、グレイスは恐る恐る手に取った。そして共に立ち上がる、するとぐううと空腹を訴える虫の声がした。

 

「はははー……締まんねえな、ほんと。わりぃ、実は結構前から何も食ってなくてよ……」

「わかったわかった、まずは飯じゃ! みんなは何食べたいとかあるかの?」

「あ、じゃあ僕お魚食べたいな。海辺の魚って食べたことないし。セルバは?」

「お肉!!!!」

「やけになってるなぁ!?」

『ではレストランに案内しますね、こちらですよー迷子にならないでくださいねー』 

「お、お前たち優しいなぁ……ぐす……やべ涙出てきた」

「頼むからわんわん泣くのはやめてくれよ、泣き虫の魔王倒したってなんも嬉しくないからな」

「勇゛者゛ぁ゛ぁ……俺お前に釣り合えるかわかんねーけど頑張るよ゛ぉ゛ぉ……!」

「だから抱きつくなっていってるだろぉ!? あとなんでお前が追いつく前提なんだよ逆だろ!?」


 空から降ってきた怪魚、その中にいた魔王。まぁ色々問い詰めたいことはたくさんあるがまずは飯じゃ飯!!

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