【短編】ヤケドカノジョをペロペロ

夏目くちびる

第1話

「……あんた、ちゃんと私の顔を見て言ってるワケ?」

「うん、マジで付き合って欲しいと思ってる」



 とある日。



 ショウは、校舎裏のキンモクセイの木の前で、ヤエに告白をしていた。昼休み後、一発目の授業をサボりながらの出来事だった。



「頭、おかしいんじゃない?」

「別に、そうでもないよ」



 ヤエの顔は、右目から頬を覆うように大きなヤケド痕かある。皮膚は少し弛んでいて、焼け付いた瞬間が忌々しく残っている。



 一生消えない、酷い傷だ。



 それを、ヤエは長い金色の前髪で隠している。片方見える目付きは鋭く、如何にも好戦的。身長は170センチ、やや筋肉質で細身。香水は、ディオールのプワゾン。唯一の家族である、キャバ嬢の姉のモノを勝手に使っているらしい。



 性格は、男子顔負けの喧嘩っ早さで、入学してから二年で停学は5度。理由は、いずれもを殴り合いの喧嘩。相手は、男だった事もあった。



 普段は、無免許で原付きを乗り回し、タバコを吸って酒を飲む。しかし、群れずにいつも孤独。友達はおらず、何をするにも、何をされるにも、いつだって一人で楽しみ、苦しみ、乗り越えてきた。



 勉学も、格闘も。誰にも教わらず、我流で高めてきた。



 そんな、不良少女だ。



「あんた、同情してるワケ? 私が普通じゃないから、気ぃ使ってるワケ?」

「特別視はしてるよ」

「返答次第じゃ、ぶっ殺す」

「なら、先にぶん殴っておきなよ。今なら、殺すほどキレてないでしょ?」



 言われ、ヤエは思い切り拳を突き出したが、ショウはそれを掴んで笑った。



 彼は、総合格闘技のプロ選手だ。身長は、ヤエより10センチ程大きい。



「何よ、特別視って」



 掴まれたまま、尋ねる。応戦するなら、このまま腕を掴んでへし折ろうと考えたからだ。



 ……しかし、その気持ちは一瞬にして溶かされてしまった。



「告白してるんだから、『好き』の特別視に決まってるだろ」

「それが、同情してるって言ってんのよ」

「してない、普通にかわいいと思ってる」

「あんた、それ以上言ったら本気で――」

「かわいいよ、そのキズも好き」



 ハラリ、風で靡いて前髪が流れ、ヤエのキズが顕になった。弛んだ、形容し難い痛ましい痕。今のヤエをヤエたらしめる、強い生き様を決定づけた過去。



 それを、ショウは「かわいい」と宣った。



「ふ、ふざけないで」



 初めてだった。ヤエが、対峙した相手から目を逸らしたのは。



「ふざけてたら、こんなに真剣に告ったりしてない」

「どうせ、バツゲームか何かでしょ? 今まで、私が何回騙されたと思ってるのよ」

「……なぁ、ヤエ」



 少し、彼女の拳を握る手が強くなった。



「次に、俺の想いを侮辱したら、本気で怒るよ」



 しかし、その程度の恫喝で引く女ではない。



「普通は、こんな顔の女を好きになるワケがないって言ってんのよ」

「それって、自分が一番悪く言ってるじゃん」

「当たり前でしょ? こんな顔で自分の事が好きだなんて、言えるワケないじゃん!」

「そんな事はないよ。世の中には、似たような傷を負っても胸張って生きてる奴はたくさんいるし、その人にもパートナーはいる」



 手は、離さない。



「自分がそうじゃないから、軽々しく言えるのよ」

「ヤケドじゃないけど、誰だって見えないところにキズはあるものさ」

「そういう、飄々とした感じがキモいって言ってんのよ! あんたも! そのパートナーたちも! 全員同情して、気持ちよくなってるだけでしょ!?」

「……忠告したからな」

「何よ、言っとくけど絶対に謝ら――」



 瞬間、ショウは掴んだままの拳を引き寄せて、ヤエを腕の中へ引き込んだ。



 それに反応したヤエは、すぐに肘を入れ込んで抜け出そうとしたが、「かわいい」という言葉に惑わされてほんの少し反応が遅れたのだ。



「ちょ、離してよ!」



 腰を掴み、左手でヤエの前髪を払うと、ヤケド痕を眼前に晒した。しかし、その表情を見たショウは思わず息を呑み、小さく笑みを吹き出してしまった。



 ヤエの三白眼が、大きく見開いていたからだ。



「顔、赤くない?」

「赤くない! うぜぇから離れろって言ってるのに、もう!」



 暴れても、当然ショウの力には敵わない。



「ダメ、俺は怒ってる」

「嘘つくなって! ちょっと、何笑ってんのよ! ほん、こらっ!」



 瞬間、ショウはヤエの爛れを、何の断りも無く舐めた。



「ぴゃあ!?」



 変態である。報告されれば、停学くらいにはなるだろう。



 しかし、ヤエはそんな事を絶対にしない。出来ない。だから、ショウは舐めたのだ。



「ペロペロしたいくらいかわいいって、そういう表現もあるじゃんか」

「本当にするヤツがあるかぁ!」



 いつか見た、掲示板での表現だった。



「マジ、キモ……っ! ほんっ、離してってば!」

「ダメ、ごめんなさいして」

「絶対にしないし、言い方もムカツ……あひゃあっ!」



 また、舐めた。



 説明の必要もないだろうが、当たり前の如く、ショウはそれがネットのジョークだと知っている。だから、敢えてこの方法を選んだのだ。



 ……ヤエの歪んでいるのは、決して顔ではなく心だ。



 蔑まれ、自ら修羅を生きようと決めた彼女は、それ故に人を信じる事をヤメていた。



 だから、全てを疑うし、嫌って遠ざける。



 自分へ向けられる感情は、敵意と嫌悪以外を許さない。見下され、卑下され、憎まれる事こそが運命だと確信しているのだ。



 そうしていないと、またあの日々のように裏切られ、冷たい涙を流さなければならなくなると知っているから。



 ……しかし、本当に辛いのは、裏切られるような事を犯す自分の甘えを自覚する事だった。心から恨んでいるのは、裏切りではなく、そんな事に巻き込まれ傷付いてしまう自分の弱さだった。



 だから、一人で生きることこそが正しいと、いくつもの心の欠片の上を歩いた先で、心から妄信しているのだ。



 ……ショウは、それを



 あろうことか、何より柔らかいところで、歪みの全ての元凶を撫でたのだ。



「謝るまで舐めるから」

「ちょっとぉ! あ、あぁっ!」



 次第に、抱きしめる力も強くなっていく。冷静に見えようが、実は乱心している。男子高校生が、好きな女を密着させて昂らない方がおかしい。



「謝りなさい」

「サイッテー! あんた、私よりよっぽど歪んでるってわかってんの!?」

「もちろん、ヤエみたいな気の強過ぎる女に惚れるくらいだし」

「惚れる惚れるって言うな!」



 頭突きをかましても、ショウはうまいこと首を回して威力を弱め、指で撫でてからニヤニヤと笑う。金玉を膝で蹴り上げようとしても、抱きしめる左手を一瞬外して抑えられてしまう。



 抱いたのは、屈辱、とは少し違った。



 ヤエには、分かってしまったからだ。これほどの強さを手に入れるのに、一体何を犠牲にしたのかを。



「弱いね、ヤエちゃん」



 そんな事はない。



 女との殴り合いで負けたことはないし、男にだって何度も打ち勝ってきている。武器を使う事だって厭わないし、叩きのめされても絶対に復讐を遂げてきている。



 あくまで、ショウの格が違っただけだ。



「うるさい、絶対に殺す。この……っ」



 肘を振り上げた瞬間、今度は逆の手で抑え込まれて背中から抱き締められてしまった。しかし、その力は決して強くなく、まるで羽毛で包み込むかのような優しさであった。



 ヤエの心臓が、大きく跳ねた。



「どうしたの?」

「……こ、ころひて」

「殺さないから、付き合ってよ」

「付き合ってって、何によぉ」

「バカだね、恋人になってって言ってるんだよ」



 ……ショウは、プロの格闘家である以外、ただの高校生だ。



 教室で学び、ファストフード店でアルバイトをして、放課後には友達とバカ話に花を咲かせ、一端の恋をする。本当に、ただの高校生。



 そんな彼がヤエに惚れた理由を語るのならば、彼女が何一つ持っていない事に起因するだろう。



 孤独であり、孤高である。幼い頃からヤエを知っていたショウは、ずっとその生き方に憧れていた。



 たった一人で全てをこなし、そして乗り越える格好の良い生き様に憧れていた。当たり前のように満ち足りているハズの物事を、何一つ持たずに足掻く彼女に憧れていた。



 だから、ショウはヤエに告白する為だけにプロの格闘家になった。



 二人は、幼馴染みだったのだ。



「や、やだ!」

「えぇ。ヤエって、俺のこと嫌いだったの?」

「いま嫌いになった! あんたみたいな変態なんて、絶対に嫌いよっ!」

「マジかよ~」



 しかし、ヘラヘラとした笑顔のまま、ショウはヤエを離さなかった。何故なら、彼女はまだ告白をからだ。



「でも、生殺与奪の権利は、背中を取ってる俺にあるワケでしょ?」

「んぐ……」

「なら、関係を結ぶのも、俺の自由ってことじゃない?」



 言いながら、ショウはヤエのロジックを組み立てていた。こういう時、七面倒臭い事を言わないのがいい意味で女らしくない。



「うっさい、意味分かんないから」

「なら、いいや。俺、勝手に付き合ってることにするから」

「は、はぁ!? 許すワケないでしょ!?」

「しゅきしゅき、ヤエちゃんだいしゅき」



 また、傷を舐める。



 ペロペロペロペロ、唇で吸い付いて、更に強く腕に力を入れる。暴れる体を力付くで押さえつけ、もっとキツく愛したのだ。



「ばか!」



 何故なら、ヤエは未だに断らず、そして傾くことを嫌っていると確信したから。



「死ね!」

「死なないし、ヤエじゃ俺を殺せないよ」



 そして、ようやくショウはヤエを手放した。すると、彼女は頬を拭ってから涙目で彼を睨みつけ、何も言わずに走り去って行った。



 結局、答えは聞けなかった。その事を、ショウは愛おしく思ったのだった。



 ……ヤエは、翌日も登校して来た。



 滅多に来ない学校に、2日も連続でやってきたのだ。



「あれ、珍しいじゃん」

「っさい」



 ショウは、彼女の前の席に横向きで座って、背もたれで頬杖を付いた。



「どういう風の吹き回し?」

「別に、テスト近いから」

「いつもは、前日に徹夜して詰め込んでくるのに」

「前より難しそうだし、仕方ないでしょ」

「まぁ、ヤエは点数取れてるからクビにならないで済んでる節があるしね」



 もちろん、そんな理由で来たのではないことは、ヤエ自身が一番理解していた。



 彼女は、ショウに会いたかっただけだ。



「……あのさぁ」



 窓の外を眺めながら、ボソリと呟くヤエ。



「なに?」

「私と話してたら、変に目ぇつけられるんじゃないの。あんた、友達多いでしょ」



 寂しさ本音を隠す為の、相手のために見せかける嘘。こんな言葉を使うとき、決まって右目を隠す前髪を指先でイジるのを、彼は知っていた。



 いつもこうだ、と。ショウは、少しだけ心臓を締め付けられる。



 彼女の寂しい声を聞くのが、何よりも辛いから。



「別に、俺がお前のこと好きなの、みんな知ってるし」

「あがっ」



 突拍子もない言葉に、ズルっとコケて危うく机に頭を落としかけてしまうヤエ。



「は、はぁ? 意味分かんないんですけど?」

「お前がいない時、色々あったのさ。はは」



 以前、ヤエの机に白い花が置かれているのを見て、ショウは狂ったように怒り暴れたことがあった。それがきっかけで、クラスにはすっかり片思いバレてしまっているのだ。



 もちろん、彼はその理由を語ったりはしない。



「あんた、少しくらい隠しなよ。困るでしょ?」

「困るって、何が?」

「私と仲良くしてたら、不気味がってハブられるっつーのに」

「むっ」

「大体、昔っからそうじゃん。別に、私は助けてなんて一回も言ってないのに、いきなりしゃしゃり出てきて――」



 ……ペロリ。



「にゃあ!?」



 言葉の途中で、ショウはヤエのキズを舐めた。



 それに反応して、ガタッと大きな音をたてながら立ち上がると、そのまま椅子が倒れて大きな音が鳴った。



 倒れた音に反応したクラスメートたちが、二人を見ている。



「ほんっとに、何考えてんの!?」

「何も考えてない。好き過ぎて、脊髄反射でやってた」

「ば……、ば……っ」



 顔を真っ赤にして、頬を抑えながら涙ぐむ姿を見て、周囲は何事かとざわつき始める。



 しかし、中には最初から二人を見ていた者もいた。彼らは、やや顔を赤くして、ショウの混じり気のない言葉に背中を痒くして、互いに顔を見合わせている。



 ヤエを知っているが故に、それが現実で起きていることだと信じられていない様子だった。



「座りなよ、泣いたって仕方ないぜ」



 果たして、これは一体何の涙だろうか。そんな事を考えて、ヤエはすぐに教室から逃げ出した。他人には、絶対にそんな顔を見せたくなかったから。



「……おいおい、ショウ。朝っぱらから喧嘩か?」

「いや、違う。しゅきしゅき攻撃してたら逃げられた」



 走り去る彼女と入れ代わりで入ってきたのは、親友のタカだった。彼は、アマチュアレスリングのスペシャリストで、ショウの良き理解者だ。



「ウケる、早速やり過ぎて嫌われたんだろ」

「そうかもしれん、連れ戻してくるわ」

「ちゃんと謝れよな」

「いや、好きでゴリ押す。謝ったら、あいつ自己嫌悪になるし」

「あっひゃひゃ!」



 タカのバカ笑いを聞きながら、教室を出る。何がなんだか分かってないクラスメートの後始末は、彼が付けてくれると知っているから心配はしていない。



 ショウは、以前からタカに相談をしていた。一体どうすれば、自分を悪者だと思い込んでいる女を落とすことが出来るのか?と。



 導き出したのは、ヤエよりも強くなる事。そして、ヤエの言葉を叩き割る事という結論だ。



 だから、ショウは実った昨日まで告白を待ち、ネガティブをブチ壊すように「好き」でゴリ押す事を決めたのだ。



「いっひっひっ」



 しかし、まさか2日目でいきなり逃げられるだなんて、一体どんな手を使ったのだろうと、タカはニヤニヤしながら考える。



 考えるが、すぐに「まぁ、キズを舐めるくらいはしただろうな」、と思い付くと、そのままの表情で周囲に落ち着くような促したのだった。



 ……追いかけて、校舎裏。フェンスを越えて、その先の公園。ベンチに座って、火を点けずにタバコを咥え、ボーッと景色を見てるヤエを見つけた。



 カーディガンの下から、シャツの裾が見えている。必死に走りすぎて、身だしなみも忘れてしまったのだろう。



「それ、吸うのやめなよ」

「……いいじゃん、咥えるくらい」



 そういえば、今日は匂いがしていないのに気がついた。香水も、つけていない。



「なんで逃げたの?」



 聞きながら、隣に座る。



「逃げてない」

「へぇ」



 拳一つ分の距離を詰め、肩をぶつけた。ヤエは、少し震えてから、膝の上に手を置いた。



 そのまま、特に何もない時間が過ぎていく。季節は、春半ば。桜が舞い散り、陽気も朗らか。空を見上げるショウと、俯いて時折チラチラと顔色を伺うヤエ。



 悪意のない緊張を、一体どうすればいいのかが分からなかったから。



「ねぇ、俺のこと嫌いなワケ?」

「嫌い、キモいし」

「近寄らない方がいい?」

「当たり前でしょ」

「嫌いなら、ワザと近づけて人柱にでもすればいいじゃん」

「……ぅ」



 下手なウソだと分かりながら、やらない理由を突き付ける。こうして、困り眉を見るのは楽しくて仕方ないが。



「そんなのは、違うもん」



 しかし、イジっていいタイミングじゃないことに、彼は気付いていた。



 元気付けたい、素直にそう思ってしまった。



「……よく言うだろ。ヒロイックな奴がさ、助けに来て、相談に乗って。一人で悩むなって。もう、悲しまなくていいって」



 唐突に、口を開くショウ。



「う、うん」

「あれ、フザけ過ぎだよな。だったら、今まで生きてきた孤独な努力って、何だったんだよって思わないか?」

「……うん」

「急に出てきてさ、こっちが精神削って必死で戦ってるモノ、余裕こいて、何も知らないクセに。何てことのないような言い方してさ。あぁいうのを聞くと、俺は本気でヘドが出るんだよ」

「……うん」



 肩が、少し重たくなったのを、ショウは感じていた。



「確かに、問題は終わるだろうけど、それって全然解決になってない。言葉を選ばなければ、そいつの弱点を覆い隠して、自分に依存させようとしてるだけさ」

「……うん」

「釣った魚を貰っても、くれる奴がいなくならない保証なんてどこにもないのに。貰った奴は、そこに甘えれば、今度こそ一人じゃ立ち直れなくなるって。死ぬほど怖くて、不安になる夜を辿るのに」

「……うん」

「だから、俺はヒーローが大嫌いなんだ。ヤエの生き方は好き。犯罪は、ダメだけどね」

「……うん、うん」



 そして、ヤエは静かに泣いた。初めて、悪者の自分を肯定されてしまったからだ。



 この言葉が、耳障りのいい嘘じゃないなんて、それこそ保証はない。



 だから、彼の信じなくたっていい言葉に、心が揺れ動いたのだ。



「好きだよ、頑張って生きてるヤエが好き」

「……っ」



 しかし、まさかこんなに泣くとは思っていなかったらしい。別に、告白以外に言うことを考えていなかったショウは、結構困っていた。



 どうしようか。



 ……ペロ。



「だ、だから。舐めるなって、言ってるのに……っ」



 キズと一緒に、涙まで舐められて、泣きながら怒るヤエ。しかし、振り上げた拳は繰り出さず、静かに収めて上目遣いで睨みつけるだけに収めた。



「いいじゃん。因みに、付き合ったらもっと舐めます」

「イヤ」

「ふやけるくらい舐めます」

「イヤだってばぁ!」



 辛気臭い空気を吹き飛ばすように、ショウはヤエをニヤニヤと眺め、彼女はそれを怒った。



「その目を止めてって! つーか、付き合うなんて言ってないでしょ!?」

「しゅきしゅき」

「答えになってない!」



 しかし、その何とも言えない舌の感触に、段々と蕩けてきてしまった事を、ヤエ自覚していた。



 このままじゃ、本当に戻れなくなる。



「じゃ、じゃあ、このヤケドがなかったとして、あんたは私を好きになったワケ!?」

「それは、不可逆じゃない? ヤケドが無ければ、ヤエはそんな生き方をしなかったでしょ?」

「そういう意味じゃない! キモい顔の女じゃなければ、普通に生きてれば、私の事なんて見てもいなかったでしょ!?」

「まぁ、そうかもね。何度生まれ変わっても、必ず好きになるだなんて、俺は嘘っぱちだと思ってるし」

「だったら、それは同情じゃん! だからイヤだって言ってるの!」

「……あのさぁ」



 ニヤニヤしながら、背もたれに肘をつくショウ。



「なによ」

「じゃあ、どうしたら同情じゃないって信じてくれるのさ。何やっても、水掛け論になっちゃうよ」

「そ、それは……」

「どうして欲しいか、言ってごらん?」



 ……何を言っても、間違いなくショウはやる。ヤエには、その確信があった。



 何故なら、このヤケドを舐める以上に、自分を愛してくれる証明を、彼女ですら思いついていなかったから。



「もう、信じられない」

「そんなに嬉しいの?」

「そうじゃないって。……もういい」

「どういうこと?」 



 すると、大きく息を吸って。



「付き合ってあげる。別に、私は好きじゃないけど」



 何度も泣いたハズなのに、またしても裏切りの可能性に手を出して、安心して、今度こそは笑えるかもしれないだなんて考えて。



 しかし、この負けの、何と心地良いモノか。



 ――本当にダメだ、私って。



「フフ、勝った」

「はいはい、私の負けよ」

「これからは、ちゃんと学校でも会おうね。友達、改めて紹介する」

「うん」

「『うへへ、俺の彼女ですよ〜』、つって」

「……ばか」



 そして、ショウは教室へ戻る前にもう一度、ヤエの右頬に顔を寄せた。



「よろしく」



 最後のは、淡いキスだった。

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【短編】ヤケドカノジョをペロペロ 夏目くちびる @kuchiviru

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