第6話

 オワッタって思った。

 池で溺れて死にかけて、起きたら前世の記憶を思い出していた。鉄板かよ!しかも悪役令嬢って‼︎


 鏡を覗き込むと、そこに映るのはあり得ないくらいの美少女。エヴァンジェリーナ・サヴィーニ公爵令嬢、私の名だ。


 『愛する貴方と見る黄昏』、略して『アイタソ』。

 まさか死ぬ直前にやってた乙女ゲームの悪役令嬢になるとは。


 救いと言えば、このゲームでは悪役令嬢は死なない事だ。なぜか攻略対象のアダルベルト王子が死ぬ。悪役令嬢の断罪の鉄板、娼館落ちもアダルベルト王子の役目だ。

 そのスチルは美しくて萌えたが現実としてはどうだろう。


 アダルベルト王子は同い年の5歳。なんと誕生日も私と一緒だと言う。

 濃い金の目を持ち、魔力量は過去の王族でも類をみないほど強いらしい。今の時点では国王夫婦の一粒種。彼が将来死ぬ事になったら、この国は莫大な損害を受けるのではないだろうか。


 このまま行くと私は彼の婚約者となる。正直、雅也さん以外の男となんて有り得ない!でもこの国のために、アダルベルト王子が死なないように導こうと思う。





◇◇◇◇◇◇◇◇






 

 記憶を取り戻してから2年。7歳になった。今日はアダルベルト王子との顔合わせの日だ。少女らしい大きなリボンのついたヒラヒラしたドレスが用意される。

 かわいいとは思うが趣味じゃない。

 だけどこのドレスを選んでくれた父の為に、喜こんで見せる。


 母は私を出産する際に亡くなった。とても美しい人で魔力量もずば抜けていたと聞く。その姿を応接室に飾られた肖像画でしか知らない。でもとても似てると思う。お父様もそっくりだと言ってくれる。そう言われると嬉しい。


 初めて会ったアダルベルト王子は想像以上にかっこよかった。7歳にしては気遣いも完璧。エスコートも完璧。話術も素晴らしく、かわいい笑顔で『ドレスがお似合いですね』と、開口一番に褒めてくれた。こんなしっかりした王子が将来ヒロインに惚れこんで死ぬのかと思うと同情する。


「実はもうすぐ僕の馬が産まれるんです」

 アダルベルト王子が話題作りに投げてきた。


「まぁ、もうお名前は考えていらっしゃるんですか?」

 こちとら、享年50歳。今世で7歳。併せて57歳ですよ。坊やとの会話なんてお手のもんよ!と会話のボールを笑顔で返す。


「ええ、昔飼っていた犬の名前を付けようかと思ってるんです。ラッキーって」

 アダルベルト王子の言葉に瞠目する。


(え?今、ラッキーって言った?)


「王子?犬を飼った事はございませんよね」  

 侍従が寄って来て耳打ちをする。


「飼ってたよ?ゴールデンのラッキー。優しくて、僕は大好きだったんだ!9歳で死んじゃったけど」


 ゴールデンでラッキー、9歳で死ぬって!周りは困惑してるけど、私には分かる。アダルベルト王子!あんた、咲夜なの⁉︎私と雅也さんの間の子。三角咲夜!


 思えば咲夜は頑固で、だけどしっかりした子供だった。

 赤ちゃんの時には私がちょっとでも離れたら大泣きし、私は寝る暇がなかった。救急医として働いている以上、体力には自信があったがあれは参った。


 雅也さんの支えがなければ、寝る事も出来なかっただろう。

 

 仕事に復帰する為に、早くから保育園に預けた咲夜は、そのお陰か人見知りしない子になった。自分の意見を言いつつ、周りと上手に折り合いをつけれる賢い子だった。


 アニメや特撮物には興味を示さず、図鑑ばかり見ていた。

 咲夜よ。母はちょっとつまらなかったよ。子供をダシに特撮物の映画を見にいくつもりだったのに。

 

 小学校に上がる頃に、誕生日プレゼントに犬を買ってくれと言ってきた。学校の行き帰りにペットショップにいるのを毎日見ていたそうだ。珍しいおねだりに、家族みんなで見にいく事にした。


 ペットショップにいたのは、1歳を超えたゴールデンだった。普段ペットショップでは小さい子から売れていく。つまりこのゴールデンは売れ残りと言う事だ。店員の話によると、関節が弱く手術する恐れがあるとの事。あまりオススメしないと言われた。


 咲夜にその話をして他の子を勧めたら、大泣きされた。普段わがままを言わず、泣かない咲夜だったが、どうしてもこの子が良いと柵の前で泣きじゃくった。

 そんな咲夜を見て、クークー鳴くゴールデンを見ていたら私も愛おしくなり、そのまま連れて帰ることにした。


 ラッキーと名付けられたゴールデンは、あっという間に我が家に馴染んだ。


 咲夜とラッキーは良く一緒に寝てたっけ。

 結局、ラッキーは先に死んでしまったけど。それでも、我が家に来てくれてありがとうと思えた。


 しかし、ラッキーを覚えてると言う事は母の事も覚えているに違いない。ここは一つカマをかけてみるか。


「アダルベルト王子、スミコと言う方をご存じですか?」

 スミコつまり燈子。母の名だよ。動揺しろ!息子よ!


「スミコ嬢?うーん、存じ上げませんね。エヴァンジェリーナ嬢のお友達ですか?」

 あれれ?あっさり返されたぞ?


「えーっと、ではサクヤは?」

「サクヤ様ですか?そちらも存じ上げませんね。この国のイントネーションではないようですね。どちらの国の方ですか?」

 ニコニコとかわいい笑顔で返された。覚えてないのね。はい、残念。


「これは麗も覚えてないわね」

 ボソっと呟く。


「ウララ嬢は、僕の大好きな人ですよ。エヴァンジェリーナ嬢はウララ嬢がどこにいらっしゃるかご存知ですか?」

 これには満面の笑顔で返された。


 息子よ。あんたって子は。

 母の事も自分の事も覚えてないのに、好きな子達の事は覚えてるのね。

 良いよ。だったら母があんたを守ってあげる。あんたに良い人ができるまで。


 結局、私が婚約を承諾したら、あっさり通った。

 

 私は王太子妃教育で王城へ通う事になり、アダルベルト王子とは月に1、2回デートと称したお茶会やピクニックをした。正直退屈だったが、咲夜を守る為に我慢する。


 ついでにアダルベルト王子にいつ何があっても平気なように、医療系の魔法に力を入れた。幸い下地はあったため国内でも有数の力を手に入れた。

 

 そうこうしてる内に時は流れ、『アイタソ』の舞台『フォルトゥーナ学園』に通う事になった。学園には、王侯貴族の御令息や御息女が通う。一般的な貴族教育、魔法教育、戦闘実技、経済、言語などが教えられる。

 

 だが王子妃教育を先に受けてる私にとっては、二番煎じにしか過ぎない。代わりにいつか来るであろうヒロインへの対策を練る。


 肝心のアダルベルト王太子は素敵な青年へと成長した。安定した性格、朗らかな笑顔。文武両道で、誰でにも優しい。


 でも私はその存在を危うく感じていた。

 彼の目には皆が同じ様に見えている気がした。

 自分が守るべき民。そこには貴族も平民も変わりないのだろう。


 いつの間にかラッキーと麗ちゃんの存在も消えた。

 何一つ執着のない人間。空虚な美しい王子。


 ゲームの中のアダルベルト王子は、王位を継ぐ事に不安を感じていた。そこに付け込めばあっさり落ちた。チョロかった。


 でも現実のアダルベルト王子は違う。王となる事に不安もなく、ただ義務の様に日々を淡々と過ごす。


 これはヒロインが来ても、落とす事はできないだろうと思った。

 だってアダルベルト王子は私にも執着していない。ただ国民が納得する相手を選んだだけ。まるでアンドロイドの様だ。見ていて辛くなるばかりだった。


 そんな一瞬の隙を突かれた。

 気がついたらアダルベルト王子はヒロインに心を奪われていた。

 

 嫌な話ばかりが耳に入る。

『アダルベルト王子が、ラウラ令嬢と2人でデートしていたらしいわ』

『アダルベルト王子が、ラウラ令嬢と2人きりで市井でお買い物していたらしいわ』

『アダルベルト王子が、ラウラ令嬢のためにドレスと宝石を買い占めてるらしいわ』

 

 調べた結果全て事実。王侯貴族は冷たい目で見始める。国民も同じ。


 今まで完璧な王子だったのになぜ⁉︎


 魅了の魔法がラノベでは鉄板だったけど、それはあり得ない。だとすれば薬物か。

 薬物の成分を調べるために私が抱える組織に命じて、アダルベル王子の髪、汗、血液。なんでも良いから持ってくる様に命じる。しかし無駄に完璧な王子は髪の毛一本すら落とさない!


 更にヒロインからクッキーを盗もうとしても失敗する。そして私の悪役令嬢としての悪行が増える。ゲーム補正なのかと本気で悩む日々。


 今思えば王子以外から、髪の毛採取すれば良かったのよね。焦ってたのね。私も。


 うまくいかず一年経ったある日。アダルベルト王子が落馬したと聞いた。王妃様に頼んで、アダルベルト王子の髪か血液をもらおうか悩んでたら、アダルベルト王子から手紙がきた。


 相変わらずの生真面目な筆跡の訪問伺いだ。どう言った心境の変化か分からないまま承諾する。願わくば、洗脳が解けています様に。


 翌日来たアダルベルト王子が、洗脳が解けている上に、咲夜として記憶まで戻っていたのは本当に驚いた。


 かわいい息子をいじめたくて、ついつい必要もないのに尿検査と言った事は、内緒だ。

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