第5話

 王への謁見許可はすぐに通った。

 俺は王族の色である白地に、金の刺繍を施した騎士服で王の執務室へ向かう。マントの色は裏地が紫で表は白だ。

 紫は俺が産まれた時に与えられた色だ。王族の風習らしい。


 胸には勲章が3つ。

 王太子である証。

 聖騎士団長である証。

 聖魔法士団長で有る証。

 腰に収まる剣は、聖剣ヴィアラッテア。


 その昔、勇者が魔王討伐の際に使用したと伝わる聖なる剣。持ち主を選び、自動で防御結界を張り、体力と魔力と状態異常を自動回復してくれる。


 王の執務室に到着した俺を迎えるのは、王直属の護衛騎士。うやうやしくお辞儀をし、扉を開ける。


「失礼致します」

 俺は最大級のお辞儀をする。


 顔を上げると、重厚感のあるデスクで書類にサインをする父が見える。

 金の髪、薄い金の瞳。顎髭を生やしているのは、必要以上に若く見られる顔を老けて見せるため。父上は魔力量が多い方ではない。その為に魔力ではなく、智力で国内を統べる。


「座るが良い」

 王である父が、机の前にあるソファへと俺を促す。

 俺はお礼と共に、ソファへ着座する。

「少し待っていろ。急ぎの書類を片付ける」


 そう言って父が指を鳴らすと、メイドが入ってきて、コーヒーと3段式のケーキスタンドを置く。ケーキがここぞとばかりに盛られている。

 一見、俺の事を気遣っている様だが、実は違う。父は甘い物が大好きだ。周囲にバレない様に気を使っているが、実はバレてる。


 前世のオヤジも甘い物が好きだった。ケーキとかクッキーとか良く作ってた。

 スイーツバイキングにもオカンと良く行ってたっけ。オカンは甘い物がそんなに好きじゃなかったけど、オヤジに誘われたら付き合ってた。俺も一回付き合わされた。オヤジが嬉々としてケーキを20個食べる姿を見て、気持ち悪くなって吐いた。あれ以来、一緒に行くのやめたんだよな。

 前世と今世の父で、共通点があるなんて面白いな。


「午前中に、サヴィーニ公爵家に行ったそうだな」

 いつの間にか父が、俺の目の前のソファに腰掛け話をしてきた。

 ケーキをソーサーに運び、フォークで2口。

 もう次の物色が始ってる。息子と二人きりだから遠慮がない。


「ええ、エヴァンジェリーナ嬢に会いに行きました」

「ふむ、戻った……と思って良いのか。それとも治ったか」


 やはり気付いていたのか。


「一時的に治っているらしいです」

「だから、聖剣ヴィアラッテアを持ち歩いているのか」

「はい、状態異常を防いでくれますから」

「そうか」

 

 深刻な話……のはずだ。第一王位継承権保持者で、王太子である俺が洗脳されていた、と言う話だから。

 だが、大した事ではない様な雰囲気で、父王はケーキを食べ続ける。前世に続いて、今世でも気持ち悪くなりそうだ。


「分かっていながら、放置されていたとは、父上も人が悪い」

 少しの嫌味は許されるだろうと、言葉を繰り出す。そうしなければ、凝視してしまいそうだ。ケーキを食べ続ける父を。


「あの状態のお前に何を言っても無意味だろう。ラウラ男爵令嬢に溺れきっていたからな。魔法で洗脳される事はないだろうから、薬物の方か。中身が分からない物を食うなど、意地汚いにも程があるな」

「そうですね。私のミスです。申し訳なく……」


 (なんだろう。納得がいかない)


「エヴァ嬢が、私のために薬を用意してくれるそうです。彼女の医療における知識は国内でも有数ですので、問題ないかと」

「生涯を共にするお前のためにと、医療の知識を勉強したそうだな。素晴らしい女性だ。もう二度と目移りは許さんぞ」


(それについては同意しかねます)


 医療の知識は俺のためと言うより、前世の知識を活用しただけだし。まぁ、結果助かってるから、あながち嘘ではないかもだけど。

 オカンを妻にするとかマジ無理!

 オカンはオヤジにしか興味ないしね!

 俺だって、オカンみたいな強い女は嫌だ。その場の空気を和ませてくれる女性が良い。麗みたいな……。


「返事がないな」

「いえ、今回の件でエヴァ嬢には愛想を尽かされたのでは、と思いまして」

 ここは誤魔化す事にした。たぶんその内、婚約破棄するから。


「誠心誠意、謝る事だな。で、お前が来たのは、ラウラ男爵令嬢の調査の依頼か?」

「はい、正直なところ、彼女の意図が掴めません。私を含む5人を薬で虜にする事に何のメリットがあるのか。金が欲しいだけなら、もっと良いターゲットがいるはずです。ましてや私をターゲットにするなど、リスクが高過ぎます」


 今更だけど、そう思う。王妃になりたいなら俺だけを狙えば良い。だが、血統を重視する王侯貴族が認める訳がない。

 更に意味が分からないのが、彼女の行動だ。男5人を虜にし、学園や市中を練り歩く。その姿は異常だ。一夫一妻を絶対とするこの国で、その様な姿を見せつければ、あらゆる箇所から反感を買う。

 

 国を傾ける為にわざとやっているのか、それとも考えなしの馬鹿なのか。

 オカンなら、ヒロインも転生者とか言うかも知れないが。


「ラウラ男爵令嬢の両親は亡くなっていると言う。これは聞いてるな」

「はい。両親が亡くなって修道院で働いていた所を、祖父であるアイマーロ男爵に見つけられたと聞いております。ラウラ男爵令嬢の父はアイマーロ男爵を継ぐ予定でしたが、市中の女性と恋に落ち、両親に反対された為に駆け落ちしたと」

「ふむ、その両親の墓が見つからないのは知っているか?」

「いえ、知らないです。そう言えば聞いた事もありません」

 ラウラ男爵令嬢とは、一年ほど一緒に過ごした。そう言えば、生い立ちの話は聞いたが、具体的な両親の死亡の原因も、どこに住んでいたかも聞いた事がない。


「つまり、彼女は何者なんですか?」

 俺の目を真正面から受け止めた父がケーキを頬張る。


(何個目?ねぇ、それ何個目??)


「それは今、調査中だ。分かり次第連絡する」


 なんだろう、今一シリアスに終わらなかった。母上と違って、キャラが強烈だな。父上。


 とりあえず、髭に生クリーム付いてるけど、黙っておこう。

 これで、おあいこだ。



◇◇◇




 今日は考える事がいっぱいあった。


 俺は自室のカウチで聖剣ヴィアラッテアを磨いている。磨く事で、頭の整理ができる。ヴィアラッテアもご機嫌だ。


[ご主人様、久しぶりに磨いて頂いて、嬉しいです]

「ごめんね。ヴィアラッテア。ちょっと俺、正気じゃなかったみたい」

[良いのですよ。こうして戻って下さったんですから]


 ヴィアラッテアは意志を持つ剣だ。俺は7歳の時にヴィアラッテアに選ばれた。

 ヴィアラッテアは俺に効率の良い体捌きと魔力の使い方を教えてくれた。

 俺の師匠兼相棒だ。


「この2日で色々あってさ。ちょっと混乱してるけど、でももう大丈夫だよ。明日ちょっと体を動かしたいんだけど、付き合ってくれる?」

[もちろんです。久しぶりで今から楽しみです]


 ああ、本当に良い相棒だ!

 今日は強烈なキャラに会ったから癒される。ヴィアラッテアが女の子だったら、惚れてたかも。


「今日はもう寝ようか。ヴィアラッテア、悪いけど、まだ不安だから一緒に寝てくれる?」

[もちろんですよ。ご主人様がお小さい頃には、良く一緒に寝てましたね。懐かしいです。私を求めてくれるだけで幸せです]


 ああ、本当にヴィアラッテアが人間だったら。


 明日は午後からオカンが薬を持って来てくれるそうだ。それまでラッキーに会って、久しぶりに騎士団に行って、体を鍛えよう。

 

 俺はこの国の王太子なのだから。




◇◇◇◇◇◇◇◇




「ほら、できたわよ」

 ぽいっと投げられた薬を受け取る。


 赤い見事な6頭立ての馬車で城に到着したオカンは、俺のエスコートの元、応接間へ案内された。城門から応接間まで、すれ違う人に会釈をし、重鎮に遭った際には完璧な挨拶を交わす。


 ドレスも見事だ。赤茶色の髪に映える紫色の細身のドレスには、ふんだんに金の刺繍がされたフリルが使われている。繊細な金細工のチェーンが繋ぐ、胸元に光る一粒のイエローダイヤ。ノースリーブのドレスから出た、細い腕にも繊細な金細工のブレスレット。


(つまり、オ・レ・ノ・イ・ロですね)


 俺は金髪金眼です。そして、王太子として与えられたカラーは紫。

 俺の婚約者だとドレスでアピールしてるんですね。

 細身のドレスだから、スタイルの良さがバッチリ分かっちゃう。オカンって分かってるけどヤバい。だって、くっついてくるから、胸が当たっちゃうし!


 重鎮と話しをする時の笑顔もヤバいよね。

 でも一番ヤバいのは、俺を見上げてニッコリ笑うその笑顔!

 もうなんなのー!理性を保て!俺‼︎

 これはオカン!傍若無人なオカン‼︎


 って、さっきまで本能と争ってマシタ。ええ、ええ。大変でしたよ。一人突っ込みの嵐でね。


 応接間からメイドが出ていき、扉が閉まった。と、同時に発動された防音魔法。と、同時に投げて寄越された薬。


 さっきまで清楚だったエヴァ嬢が、脚を組み、踏ん反り返って、腕を組む。

「さっさと飲みなさい。グズねぇ」

 そして響く盛大なため息。

「なに?飲まして欲しいの?」


(言ってない!そんな事、一言も言ってない)


「あんた、ここに来るまで私にデロデロだったもんね。胸くっつけたら、びくってしてさ。やっぱりおっぱい好きなんじゃーん。血だね。雅也さんの。おーい、童貞くーん。ママのおっぱい好きでしゅか~?」


「あー!もう!オカン!いい加減にして!どこまでデリカシーないんだよ」

「言われたくないなら薬飲みなさい。ほら、早く」


(正論ですね。はい。飲みますよ。飲みます)


「治ったのかな?」

 前世と違って、こっちの薬は即効性だ。医学の分野でも、現世の方が勝ってる。

「尿取る?」

 オカンが試験管を振る。持ち歩くなっつの。


「良いよ。ヴィアラッテアに確認してもらうから」

 俺は腰にあるヴィアラッテアを鞘から抜く。白銀の美しい刀剣が煌めき、俺を映す。


[もう抜けていますよ。ご主人様。良かったですね]

 ヴィアラッテアの判定は完璧だ。良かった。


「大丈夫だって。ありがとう。オカン……って、何?その鳩が豆鉄砲を食ったような顔」

「だって、あんたが剣に聞いてるから、頭がおかしくなったかと思って」

「いや、オカンこそ何言ってんの?聖剣ヴィアラッテアだよ?勇者の二降りの剣の一つの」

「え?」

 オカンの顔がひきつる。美女って引き攣っても美人なんだ。


「勇者って、本当にいたの?」

 オカンの顔色が青くなった。


「勇者はいるよ。遥か昔、魔王を倒して、この国を創ったって、学校で習ったでしょ?」

「いや、勝者の国にありがちな、バチモンだと思ってた。え?本当に勇者とか魔王とかいたって言うの?ヤバいじゃない」

 オカンがひとりごちる。変なオカン。この国の人間なら、いや、周辺国だって皆んな知ってる話なのに。


 俺の金髪金眼は勇者から引き継いだ、と言われる。勇者は魔王討伐の後に、この国を起こし、王となった。魔王討伐に使われた二振の剣の一本は王家に、もう一本は大聖堂に納めてある。どちらも意思があり、主人を自分で選ぶ。


 王家にあるヴィアラッテアは、俺以外にも仕えた事がある。過去の王達だ。


 だが、神殿にある聖剣ウルティモは、勇者が使用して以降、一度も使われてない。

 昔、俺も挑戦したがダメだった。


「ヤバいわ、咲夜。お母さん、死んじゃったから、逆ハーの後をやってないのよ」

「え?なんの話?」

「『アイタソ』よ!『アイタソ』は攻略対象全クリした後に、逆ハーできるようになるのね。で、逆ハークリアーしたら、その後に魔王が出てくるらしいのよ!」

「は?何それ⁉︎ だって乙女ゲームでしょ?」


 オカンが咳払いをする。あ、、長くなりそう。

「『アイタソ』の製作チームは初めはRPGを作ってたのよ。ところが途中でスポンサーが代わって、乙女ゲームを作る事になったの。その結果、急遽方向転換してできた作品が、クソゲー『愛する貴方と見る黄昏』。でも、せっかく作ってたRPGもいかしたかった。だからクリアー後に、シークレットモードでRPGができるって、公式サイトで発表してたの。フェロモンたっぷりの魔王だったわ」


「魔王復活?まさか。それに俺って出てたの?」

「やってないから正確なことは分からないけど、イラストの中で、魔王に組み敷かれたアダルベルト王子がいたのは覚えてる」

「……なんでそんな絵ばっかり」


 なんなの。首絞められるとか、拷問とか、腹上死とか、なんで俺ばっかりそんな目に合ってんの?

「制作側のアダルベルト王子への愛が分かるわよね」


(いらない!そんな捻じ曲がった愛はいらない!)


「とにかくこれからはノーヒントって事よ。ヤバいわね」

「魔王ねぇ。本当にいるんなら考えなきゃだけど、どうなんだろう」

「咲夜。あんた随分呑気ね」


「戦う時は前線に!それが王族の義務だからね。恐れていたら始められないじゃない」

 子供の頃から教わって来た。俺の力はこの国を、人々を守るためにあるんだって。

 

 ラウラ男爵令嬢にハメられて無念なまま死ぬのは嫌だけど、国民を守るためなら仕方ないって思う。これは咲夜だったら、考えられない思考だと思う。俺は咲夜でありアダルベルトでもあるんだろう。


「まぁいいわ。とりあえず、残り4人に薬を飲ませましょう。根回しできる?」

「ああ、任せて。ご家族に渡すよ」


 これで、みんな元通りになる。後はラウラ男爵令嬢をどうするかだ!



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