第3話

「オカンはいつから思い出してたの?」

「私?私は子供の頃には思い出してたわ。5歳の時に蝶々を追いかけて、庭にある池に落ちて、溺れて、死にそうになったの。その時に思い出したわ」


 お互いを確認できたからには、遠慮はなしだ。俺は三角咲夜に、オカンは三角燈子になる。違うのはお互いの姿形と年齢だけ。


「え?じゃあ、俺と婚約した時にはもう知ってたって事?確か、7歳の時に婚約したよね?」


「そうよ。あんた、顔合わせの時に、『馬の名前を、昔飼ってた犬の名前と一緒にする~』って言ってたじゃない。周りの侍従達から『犬を飼った事ないじゃないですか』って言われて『ゴールデンのラッキー飼ってた』って怒ってたでしょう。それを聞いて、アダルベルトが咲夜だって気付いたの。だから、婚約してやったんでしょうが」


「知ってたのに、なんで俺と婚約したの?エヴァンジェリーナ嬢の方が乗り気だって聞いたよ」


「仕方ないでしょう。『アイタソ』なんてイタイゲームに転生しただけでも、落ち込んでたのに、まさかその中で不幸になる王子に、あんたが転生してるなんて!母としては放っておけないでしょ‼︎」


「『アイタソ』?しかも不幸ってなに??」

 知らなかった事実に驚きの声を上げる。彼女は麗はそんな事は言ってなかった。


「アイタソ……つまり、『愛する貴方と見る黄昏』って題を聞いてピンとこない?なんか随分と悲壮感漂う題だなぁ、とか」


「いや、それは感じなかった訳じゃないけど、だって、麗はそんな事言ってなかったし」

「麗ちゃんが言う訳ないでしょ。王子がエロく死んじゃうゲームしてるの~。なんて」


「エロく?え?死んじゃうってなに?え?俺死んじゃうの?」

「死ぬよ?だって、『アイタソ』はアダルベルト王子の死顔を楽しみゲームだから!」

 あっけらかんと言うオカンをよそ目に、俺の顔は青くなる。


 俺はまったくゲームや漫画に興味を示さない子供だった。オカンはどちらも好きだから、色々勧められたが、どうもやる気にはならなかった。好きな物は図鑑。学術書。

 そして俺への勧誘を諦めたオカンは、次のターゲットを見つけた。それが麗だ。元々、麗は俺と一緒に図鑑を見るのが好きだった。それがいつの間にか、ゲームにハマり、漫画、ラノベとハマっていった。

 別に悪いとは思っていない。なぜなら、それらを語る麗は楽しそうだったから。


 だから多少は知識がある。いわゆる『乙女ゲーム』は対象者とヒロインがくっついて、ハッピーエンドで終わるゲームだと言う事を。


「死ぬって、どうやって?乙女ゲームでしょ?ラウラ男爵令嬢と結ばれてハッピーエンド、じゃないの?」

「庶民上がりのツルペタちゃんとくっついて上手く行く訳ないじゃない。最後は皆に反対されて、ツルペタちゃんと心中して終わりよ。その心中のスチルの美しさが話題になったゲームだから」


 ツルペタ……確かにラウラ男爵令嬢は、ちょっと残念な体付きだけど。今のオカンに比べれば、誰だってツルペタになっちゃうんじゃないのか?


「じゃあ、俺が彼女と付き合わなければ、大丈夫ってことか」

「いいえ。あんたは、ツルペタちゃんが、どの攻略対象と付き合っても死ぬの。さっき言ったでしょ。そもそも、アダルベルト王子の死顔の美しさが話題だったから」

「は?なにそれ?」

「攻略対象ごとに簡単に説明するわね」


 嬉しそうにオカンが咳払いをする。好きな物を語る時の顔だ。麗も良くこの表情をしていた。


「私の義弟、ショタ坊やをヒロインが選んだ場合。あんたは、嫉妬に狂ったショタ坊やに首を絞められて死ぬの。原因は、アダルベルト王子と結婚した私が、ショタ坊やに結婚後の営みがない事を相談したから。アダルベルト王子がまだヒロインを好きって、勘違いしちゃったの。徐々に首を絞められて悶えるアダルベルト王子は、美しかったわ」


 ショタ坊や、エヴァンジェリーナ嬢の義弟って確か16歳だったはず。16歳の割に幼い顔つきだなぁ、とは思ってた。身長も小さいし。魔力も弱い。襲って来られても、返り討ちだな。


「返り討ちはできないわよ。その前に魔力封じられて、薬使われて体が動かなくなるから」

 なんで俺が思ってる事が分かるんだよ!オカン恐るべし!


「次は宰相の息子。オデコパッツンね」

 

 うん、確かに前髪パッツンのおかっぱ頭だ。俺の幼馴染だけどね!気の合う良いやつだよ!あいつ。


「パッツンはね。両親の反対に合って、結ばれないのよ。そこをアダルベルト王子に掠め取られるのね。だから暗殺者を雇って、新婚旅行中のアダルベルト王子とヒロインの元へ送るの。アダルベルト王子は、複数の暗殺者に襲われて死ぬの。で、パッツンはヒロインと国外に駆け落ちするの。複数の暗殺者に囲まれて、血みどろになるアダルベルト王子の美しかったこと」

 

 ほう、とため息をつくオカン。なぜ、そんな恍惚とした表情をするのかが分からない。

 とりあえず、新婚旅行には行かない事にするよ。ってか、もうラウラ男爵令嬢と結婚しないよ!俺!


「次は枢機卿の息子……。どんなだっけ。特徴のない子」


 特徴あるよ。美形だよ。俺には負けるけど。俺の幼馴染だよ。魔力高いよ。俺より低いけど。


「その子はね。神に使える身だからって、結婚しないの。そんで、アダルベルト王子とヒロインをくっつけるのね。そしてアダルベルト王子とヒロインの初夜に、寝室に忍び込んで、アダルベルト王子を殺しちゃうの。そして自分は魔法でアダルベルト王子に化けて、ヒロインと幸せに暮らすの」


「俺の死に顔がどうとかは、無いんだ」

「あるわよ?殺されたアダルベルト王子は、氷漬けにされるの。それがきれいって言えば、綺麗だったけど、顔と一緒で、これと言って特徴ないのよね。枢機卿の息子は」


 なんだか可哀想になってきたよ。俺の幼馴染、枢機卿の息子。


「次は、教師ね。糸目の陰キャ。糸目はね。ヒロインを自分の研究所に閉じ込めちゃうのよ。アダルベルト王子はヒロインを救出に行くんだけど、実はそれは罠でね。返り討ちにあって、ヒロインと糸目に実験体にされて、苦しんで死ぬの。拷問されてるアダルベルト王子には萌えたわ」


 こわ‼︎ 怖いよ、なにそれ!確かに、あの教師には黒い噂が耐えないけど。助けに行かない事にするよ。と言うか、もうラウラ男爵令嬢には近づきたくない。


「待って待って、今って逆ハーエンドってやつだよね?それだとどうなるの?それでも俺、死んじゃうの?」

「死ぬわよ~。結局なんだかんだ言いながら、アダルベルト王子が一番身分が高いじゃない?だから、攻略対象全員でアダルベルト王子を娼館に送るの」


 召喚?違うか娼館?ん??女の人が送られるとこだよね。


「え?俺、男だけど」

「男専用の娼館よ。そこでアダルベルト王子は色んな男に陵辱されて、腹上死しちゃうの。あのスチルはヤバかったわ~」

 

(男でも腹上死ってあるの?)


 待って。怖い、さっきから全部怖い。麗は王子がかっこいいって言ってたよね。俺、死んでるよ?しかも、なんなの。最後の2つ。意味わかんない。人生勝ち組じゃないじゃん。なんで俺だけ漏れなく死ぬんだよ!


「こわい~。なにそれ。全然平和じゃない。なにそれ、本当にそれが乙女ゲームなの?意味が分からない~」

 もうパニックだよ。王子の仮面もどっか行くっつの。いや、もうだいぶ前から、どっか行ってたけどさ‼︎


「それを回避するために、私が婚約者になったんでしょう。ゲームならともかく、今は現実だからね。かわいい一粒種を殺されるのを、黙って見てられないでしょ!だから大丈夫よ。大船に乗ったつもりで任せなさい!」

 自信満々に胸をドンと叩くオカンだが、俺はいまいち不安だ。オカンはいつも無計画だ。見切り発車で動き、動けなくなった所をオヤジに助けられていた。猪突猛進と言う言葉がふさわしい。


「じゃあ聞くけど、ゲームではエヴァンジェリーナ嬢は俺の婚約者じゃなかったの?」

「婚約者よ?」

「ゲーム通り!!」

「そうなのよ~。ちょっと焦ってた所だったの。あんたの記憶が戻って良かった」

 やっぱり。きっと無計画で婚約して、違う方向に頑張って、それでうまくいかなくなって、焦ってたんだな。いつもの事だ。


「正直困ってたのよ。卒業パーティーは普通に終わるし、断罪イベントもないし、あんたはツルペタに夢中だし!」

「ああ、乙女ゲームだと、卒業パーティーで色々あって終わるって麗が言ってたね。そう言えば何もなかったね」

 あれ?俺は最後にいつ、ラウラ男爵令嬢に会ったっけ?確か、卒業パーティーが3日前。卒業したんだから、会わなくても不思議じゃないか。気にしすぎかな?

 

「結果が全てよ!これからどんどん取り返すわ!」

 どう取り返すかは不明だが、今の状態のオカンは聞く耳を持たない。静観するに限る。逆らわないのが一番だ。冷静になれ。俺。


「まずは咲夜!あんたの尿をちょうだい」

「…………は?」


 オカンを前に、冷静になるのは厳しいかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る