オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木

第1話

 目の前に木の枝がある事に気付いた時には、遅かった。顔面から勢い良くぶつかり、その勢いのまま馬から落ちる。常日頃の訓練の賜物で受け身は取れた。

 騎士団長には感謝だ。


(口煩いと思っていました。ごめんなさい)

 

(何を言ってるんだ?自分より身分の低い者に、感謝する必要なんてないだろう。彼等は責務を果たしただけだ)


(おかしいだろう。身分とはなんだ。皆、同じ私が守るべき民だ)


 色々な感情がぶつかりあう。

 そんな良く分からない自分に戸惑いながら、俺は意識を手放した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「大丈夫?アダルベルト」

 額にかかる温かい手の感触で目が覚める。

「あ……は、母上?」


「そうよ。あなたは乗馬中に枝にぶつかって、そのまま後ろに倒れたのよ。幸い後ろを走る者達も上手だったから、あなたを避ける事ができたの。でも、城に運び込まれた時には、まっ青で……母様は生きた心地がしなかったわ」


 気が付いた俺は自室のベッドに寝ていた。王城の4階、東の最奥の部屋だ。東側に採光を取り入れる窓ガラスがあり、南側はテラスになっている。北側は一面の書棚。その前には執務机。入り口がある西側の扉の前には、護衛騎士の気配を感じる。西側には扉がもう一つある。現在使われていない部屋。


 入ってすぐにある2つのソファの間には、大理石で作られたテーブル。その先に俺が寝ているベッドがある。


(随分と広い部屋だな。前に住んでいた家の広さと変わらない気がする)


 紫色の厚い天蓋付きの広いベッドの脇に座り、俺に回復魔法をかけていたのは今世の母だ。

 ぱっちりとしたアクアマリンの様な瞳に、軽くウエーブした輝く金の髪。真珠の様な白い肌に、桜の花の様なピンク色の唇。


(今世の母は美人だな。オカンとは大違いだ)


 今世?前世?自分の言葉に自問自答する。二つある記憶。二つある名前。四人いる親。機械文明、魔法文明。


(……確か聞いた事がある。教えてもらった。これは、『異世界転生』ってやつじゃ……)


 そう、落馬したショックで思い出した。俺は異世界転生してるようだ。しかも王太子として!

 

 俺の国、フォルトゥーナ王国は温暖な気候に恵まれ、この大陸の1/3を占める大国だ。肥沃な土地は作物も良く実り、民の暮らしは安定している。周辺諸国との関係も良好。

 国民性は勤勉で穏やか。機械はないけど魔法があるから、利便性ではこちらの勝ち。

 

 そんな国の第一王位継承権保持者、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ。それが今の俺。

 フォルトゥーナ王国は伝承では勇者が起こした国とされ、その証拠に王族には勇者譲りの金髪金眼を持つ者が産まれる。この国の王となる必須条件は、産まれた順ではなく金髪金眼であること。現在、王である父と俺しか金髪金眼はいない。つまり現在、俺は唯一の後継者だ。

 金色の目は色が濃い程魔力が強いと言われてる。そして俺の目の色は濃い!これほど濃い色は、過去に数人しかいないと言われている。

 

 顔はフォルトゥーナ王国の至宝の宝石と讃えられた母に似た美男子!190cmの身長に程よく付いた筋肉。自分で言うのもなんだけど、運動神経も良いし、頭も良い。これは人生勝ち組と言って良いんじゃないだろうか。


 しかし、俺は前の人生でどうして死んだんだろう。確か家族旅行中で、高速道路で……。あ!!暴走トラックが!


(マジかぁ。事故死か)


 後ろの席にいた俺が死んだんだから、オヤジとオカンもその時に……。両親は仲が良かったからなぁ。一緒に死ねて、ある意味本望だったかも知れない。

 オカン、絶対にオヤジと一緒に死ぬって豪語してたもんなぁ。でも、俺も両親も死ぬには早かったよなぁ。


「アダルベルト?まだ辛いの?」

 心配そうに覗き込む母の瞳には、不安が宿っている。

「心配しないでください。母上。大丈夫です。ちょっと混乱してますが、問題ありません」

 にっこり笑って見せる。前世の記憶と今世の記憶が混ざっていて、混乱してるのは確かだ。でもこの人が俺の母だと言うことは分かる。心配をかけちゃいけない。


「そう。そうよね。あなたは子供の頃から乗馬が大好きで、今まで落馬なんてした事なかったものね。混乱もするわね」

「そうですね。あ、私の馬、ラッキーは大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。あなたが落ちたのに気付いて、すぐ引き返してきたらしいわ。とても心配して、あなたの側を離れなかったらしいわ。健気な子ね」

「そうか……。後で謝りに行かなきゃ」


 馬の名前、ラッキーって。昔、俺が飼ってたゴールデンレトリバーの名前じゃないか!

 そう言えば今世で名前つけた時に、周りに引かれてたよな。そう言うわけかぁ。納得。


「アダルベルト。あなた最近どうしたの?」

 決心した様に話しかける母。正直、彼女には叱られた事も問い詰められた事もない。母上はずっと優しかった。

「どうしたと、言いますと?」

「落馬もそうだけど、婚約者であるエヴァンジェリーナ公爵令嬢を放置して、男爵令嬢に言い寄っていると噂になっていますよ。エヴァンジェリーナ様はお小さい時から、王太子妃教育を一生懸命受けていらっしゃたのよ。あなただって、その努力するお姿は見てきたはずでしょう?あんなに素敵な子を蔑ろにするなんて、母様は許しませんよ」


(え?これ乙女ゲームなの?)


現実って過酷……。

俺は、また意識を手放した。

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