episode4

 結局、俺はそのまま風邪をこじらせて寝込んでしまった。

「悪いな、秋山」

 しかも、秋山の家で。挙句あげく、二日も。あまりの自分の至らなさに、消えてなくなってしまいたかった。

「いいって。病み上がりのお前を誘ったの俺だし。それより、大丈夫か?」

 大学から帰ってきた秋山が、布団の横に胡座あぐらをかいた。

「大丈夫。もう、起きれる」

 布団から起き上がる俺に、「柊さん、心配してたぞ」と秋山が言った。

 思ってもみなかった名前を急に出され、汗が噴き出る。動悸どうきが激しくなり、布団を握り締める指に力がこもる。

「俺がさ、図書館行ったら柊さんが声かけてきたんだよ。お前が家に帰ってこないから気になってたみたい。風邪こじらせて俺ん家で寝込んでるって言ったら、すごく心配してた。いい人だよ、あの人」

 しみじみと言う秋山に「そうだな」とうつむいたまま答えた。

 柊が心配してくれていたことに、内心嬉しく思っている自分に腹が立った。自分の馬鹿さ加減に涙が出そうになる。  

「お前、今日も泊まってく?」

 秋山が言った。

 俺はゆっくりと顔を上げて「いや、帰るわ」と答えた。この二日、秋山の布団を俺が使っていた。しかも試験も控えている。これ以上、秋山の好意に甘えるわけにはいかない。

「気ぃ使わなくてもいいんだぞ」

「うん、家も心配だしさ。帰る。ありがとな」

「そっか。送ろうか?」

 俺はたまらず笑い声を上げた。涙が出そうだ。

「子供じゃないんだから」

「いや、道でぶっ倒れられるのも困るしさ」

「大丈夫だって」

「そうか?」

 これ以上、自分のせいで他人ひとに迷惑をかけたくはなかった。秋山にまで嫌われたくはなかった。心配そうな秋山に見送られ、俺は歩き出す。

 ――本当のことを言えば、帰りたくはない。

 このまま、このアパートで秋山たちと暮らせたらとこの二日ずっと思っていた。そうすれば柊に会わなくてすむ。嫌なことを思い出さずにすむ。

 それは逃げだというのは分かっている。けど、柊と顔を合わせたくはなかった。顔を合わせたら――

「あれ、三澤」

 アパートの敷地から出たところで堺と鉢合わせした。堺が心配そうに俺の顔を覗き込みながら、「もう大丈夫なのか?」と聞いてきた。

「はい。心配かけてすみませんでした」

「気にするな。それより、今から家に帰るのか?」

「はい、秋山にも迷惑ですし」

 堺が笑った。

「何言ってんだよ、そんなわけないだろ。わざとぶっ倒れたわけじゃないんだから」

 俺は不安げに堺を見上げ、「そうですか?」と尋ねた。

 堺はニコリと笑うと、「また遊びにこいよ」と言った。その言葉が嬉しくて、俺は久しぶりに晴れやかな気持ちになった。

「はい、また来ます」

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