第10話 足無し騎士は退かない。

「妹の無事も確認できた。私はそろそろお暇させていただくとしよう」


「あら、せっかくいらしたのだからしばらく逗留とうりゅうされて行けばいいのに」


 そそくさと出て行こうとする兄を引き止める清王陛下。


「それに、我が国の制騎士たちにも貴方は人気なようでね。お話、聞かせてくださる?」


 ジグ達の方を見ると、ヒーローショーを見に来た子供のように瞳を輝かせている。


「妹さんの普段の様子も見れるでしょうし、いかが?」


「分かりました」


「「おお!!」」


 制騎士たちから上がる歓声。


 なぜここまで、兄が騎士達から尊敬されているのか。一応の理由はある。


 兄が、両足を失う事になった切っ掛け。

 3年前、ボスフォート要塞防衛戦にて。当時兄は現場の最高指揮官として出陣。兄が率いる軍は十数倍の兵力差をものともせず押していたが、徐々に包囲されていった。


 この時来るはずだった援軍の指揮官は、父と敵対的な貴族だったようで。援軍は何時までたっても来ず。城は降伏。騎士や従者、城下住民の助命を乞うため、制止する部下たちを振り切り、敵軍に投降。


 その身を差し出した。


 敵将は兄の足を切り落とし、約束を反故ほごにした。そいつが『城下を焼き払う』と言ったが最後。足を切り落とされた直後の兄に、喉首を食いちぎられ絶命。


 勢いそのままに敵の武器を奪い、一人ひとり確実に殺していったそうだ。


 当時の部下たが言うには、兄を追いかけ敵陣に到着したとき。殺した人間の皮で止血し、戦う彼の姿があったという。


 部下たちから、本来使っていた武器を受け取った兄はそのまま敵軍を殲滅。見事、その戦いを勝利に導いた。


 狂犬じみたその姿は貴族から『バスガルの狂犬』と罵られたが、部下からはもちろん他国の騎士達から自らを犠牲にしながらも民を救った英雄として尊敬の対象となっている。


 彼こそ、真の騎士であると。


「そういえば兄さん、『盾の兵団』の人たちは?」


「え、置いてきたけど?」


「もう、あんまり迷惑かけないであげてよ」


『盾の兵団』。

 ボスフォート要塞防衛戦のとき共に戦った兵士、騎士によるガンジャ直属の兵団。特徴的な大盾を持ち、アリスト王国防衛のかなめでもある。


「制騎士団の寮があるの。我が国の騎士と交流もできるでしょう?」


 清王陛下の提案を無碍むげにできるワケも無く、兄さんは丁寧に頭を下げた。


「ご配慮いただき感謝します」


「うちの騎士団長の家なんてどうです? 妹様もそこに逗留とうりゅうされていますし」


「ほぅ……」


 何か思いついたのか、ニヤニヤとしたアレハンドロが不穏な提案をする。兄さんは笑顔だが、その凶悪な眼差しをジグに向ける。


「では、兄妹水入らずということで私は他の団員の家に……」


「君には色々と教えてもらおうかなぁ!!」


 へこへこと頭を下げ立ち去ろうとするジグを、兄さんが引き止めた。


「いやぁ、でも……」


聞きたいんだ……ね?」


 逃げようとするジグを捕まえ、飢えた獣のような笑顔を向ける兄。


「ふえぇい」


 半泣きのジグの様子を、アレハンドロが爆笑しながら見ている。普段の流麗な立ち振る舞いはどこへやら、ちょっと情け無さげなジグ。


「兄さん、それぐらいにしてあげて。一応、私は今その人の家に住ませてもらってるから」


「なぁっ!!ヴィオラ……お前、嫁入り前に男と一つ屋根の下とは感心しないぞお!!」


「……別にいいじゃない。兄さんには関係無い」


 ムッとして言い返すと兄さんがこの世の終わりみたいな顔をしてた。


「は、反抗期?」


「だとしたら遅すぎませんかねぇ?」


 アレハンドロの野次やじが飛ぶ。


「なんで、だ……ヴィオラ……あ、まさか貴様が幻術でもかけたか?!!」


「してないです! 断じて!!!」


 ジグにつかみかかる兄。

 

「違う!! その……」


「どうした?!!」


 兄さんは基本的に人の話を聞かないが、私の話は聞いてくれる。だから、ちゃんと話せば大丈夫な……はず。


「求婚されたから……」


「…………」


 兄は口を開け固まり、ジグは顔を真っ赤にしてる。


「その返事も待ってもらってる……」


「早めにお返事してあげろよ?」


 掴んでいたジグを丁寧に離し、小声で何かジグにしゃべってる。


「妹が、なんかごめんな。アイツが恋愛が下手くそなのは、全面的に俺と親父が悪いんだ……」


「い、いえ」


「兄さん、やめて!!」


 散々な言われようだ。


「そうだ。ヴィオラちゃん。いいかしら?」


「は、はい?!」


 清王せいおう陛下に呼び止められ、心臓が跳ね跳びそうになる。


「これ、貴方に似合うと思うの。つけてくださるかしら?」


 そう言って渡された、透き通るような青い宝石がついた首飾り。宝石の勝ちすら分からない、けれどとても綺麗だと思えた。


「い、良いのでしょうか。私なぞに、このような素晴らしいモノを」


「あなたにこそ似合うと思ったの。思った通り、ぴったりだわ」


 少女のようにはしゃぐ清王陛下。

 私の首飾りを見たジグが何故か、目を見開いている。


「どうしたの?」


「あ……いえ、何でもないです」


 苦しそうに、彼は笑っていた。





 

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