第9話 兄、乱入

「魔力の容量は習練によって、増やす事ができますが……」


「うー」


 さらさらと目の前の荒い紙に書かれた事を頭に叩き込んでいく。


 ジグに、『戦闘補助になりそうな魔術を教えて欲しい』と頼み込み、なんとおとか『軍事機密に触れない範囲でと条件付けて、こうして教えをうている。


「魔術といってもその種類は膨大であり、基本的には一つの魔術に特化した方がより強い効果を発揮します」


「ん? ジグは何の魔術は使って……あ、軍事機密か」


「花の魔術ですよ」


「いいの?」


「まぁ、見られてますし。いいかなと」


 そういえば、初対面で目の前で人が花の苗床になるの見たな。


「騎士団長が使うにしては、なんか綺麗な魔術だよね。普通は、こう……破壊の魔術とか」


「綺麗……ですか?」


 ポカンとしたようなジグの顔。


「うん。清王陛下に挨拶に行った時に見た庭園みたいだった」


 色とりどりの花が咲き誇る庭園だった。抜け落ちたよう白い城壁が花の色を際立きわだたせていた。


 ジグの魔術では花は生きた人間を苗床に成長してが、あの庭園の地面は普通に土だったと思う。


「綺麗なの……か」


 私の言葉を、彼はどこか遠く見ながら咀嚼そしゃくする。


「ごめん、変なこと言った?」


 もしかして、この国の文化では失礼とされることだったのだろうか。


「いいえ、すいません。褒められ慣れてないもので」


 そう言ってジグは恥ずかしそうに頭を掻いていた。


「団長ォ!! 大変だ!!!」


 外から慌てたような副団長、アレハンドロの声。ドアが勢いよく開けられ、黒い狼男が現れる。


「どうした?」


 仕事モードのような、冷たい目をしたジグが報告に応じる。


「アリスト王国の騎士が、単身で攻めて来やがった!!」


「は?」


「え?」


 あまりの事態に、間抜けな声がジグと私から漏れる。


「あの……その騎士ってまさか」


 嫌な予感がする。


「アリスト王国筆頭騎士にして騎士団長、ガンジャ・バスガル殿です!!」


「うわっ、兄さんだ」


 私より凶悪に見開かれた目を思い出す。


「マズいぞ……」


 ジグがそうつぶやいた瞬間だった。


「ヴィオラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 それはもはや、獣の咆哮ほうこう

 腹の底にまで響くような声が、街中に聞こえている。


 やばい、兄さんのことだ。アシュレイお爺ちゃんの話をよく聞かないで私が捕虜になったと思って迎えに来たんじゃ……


「遊びに来たぞォォォォォオ!!!!!」


「「……は?」」


 ジグとアレハンドロの間の抜けた声が聞こえた瞬間。


「ヒィィイイィィイハァァア!!!!」


 上空から風をまとい、急速落下してくる物体が見えた。落下、雷のような音と共に着地。


 舞い上がった砂埃すなぼこりを払うように、黄金の軍旗が振り回される。晴れた視界の先。身の丈以上の大きい槍を持った、燃えるような髪を振り乱す騎士。らんらんとした瞳と不敵ふてきな笑み。


 重々しい鉄の音が鳴るのは、彼の両足が義足である証拠。アリスト王国筆頭騎士、ガンジャ・バスガル。私の兄がそこにいた。


「よっ、来ちゃった」


「来ちゃったじゃないよ、兄さん」


「「ああ……」」


 ジグとアレハンドロ。彼らも騎士として軍事経験は積んでいるはずだが、いきなり上空じから落ちてくる筋肉ダルマに絶句しないほうが無理というもの。


「あら、予想より早かったのですね」


 その鈴の音のような声が聞こえた瞬間。


「「清王陛下!!」」


 二人の制騎士は、突如とつじょ上空から現れた自らの君主へひざまずく。遅れて、私、兄も制騎士たちに続く。


 兄の襲撃を聞いてか、幾人かの女中を引き連れて清王がゆっくりと着地した。


「妹の様子を見たいというわたくしめの願いを叶えていただき感謝致します。清王陛下」


 今まで聞いたことが無いくらい、丁寧な声を出す兄に驚きを隠せない。


「ふふっ、いいお兄さんね」


 清王陛下が優しげに私を見る。


「全ての騎士たちの憧れたる貴方が、たった一人の妹様の為に越境えっきょう行為までしてくるなんてね」


 そういうことか……てっきり私が捕虜になったって聞いた兄さんが暴走して来ちゃったのかと。


「ガンジャ殿、あなた侵入者警戒用の魔術も全部突破してきたでしょう? 解除するまで待ってくださいと言いましたのに」


「はははっ、そう言われますと立つ瀬がない。もし妹が非人道的な扱いを受けていればこの国を滅ぼそうと思っていたので」


 常人なら戯言ざれごとと流される一言は、両足が無い状態で一軍を全滅させた騎士が言うものだから重みが違う。


「っ!!」


「なっ!」


 兄の言葉に、制騎士二人に戦慄が走る。ジグと私を見て、ガンジャは微笑む。


「まぁ、その必要は無さそうですね」


「あなたが言うと冗談に聞こえないわ」


 呆れた様子の清王陛下に、深々と頭を下げる。


「私の不安からの数々の蛮行ばんこう、お許しください。伝説だ何だともてはやされておりますが、妹の前ではただの愚かな兄に過ぎません」


 真っ直ぐと清王陛下を兄は見る。

 本来、不敬ふけいとされる行為はだが。


「ここに感謝を」


 清王陛下の後ろ、ナイフを振りかぶった女中。一瞬、判断が遅れた制騎士たち。ジグとアレハンドロの間を、ものすごい勢いで兄の蹴りが通り過ぎて……


「きゃっ!!」


 女中のナイフだけを砕き、倒れそうになった彼女の方を抱き留める。


「清王陛下、お怪我は?」


「大丈夫よ」


 兄の質問に、陛下は淡々と答える。


「お嬢さんは?」


「じゃ、邪魔をするな!!」


 襲撃者を心配するのはいかがなものかと思うが、コレが兄なのだ。暗殺が失敗に終わった犯人が逃げようと抵抗するが、兄に抱き留められ動けない。


「「感謝します。ガンジャ殿!」」


 何も無かったとはいえ君主を守れなかった制騎士たち。しゅんとしてしまっているジグの肩を叩き、兄はニカッと笑う。


「硬い硬い、気軽にガンジャさんと呼んでくれたまえ!」


「で、ではお義兄にいさまと」


「ふえ?!」


 ジグがとんでもない事を言い出すものだから、私も変な声が出てしまう。


「それは許さん」


 兄さんがかつて無いほど、顔に血管を浮かせキレていた。


 

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