第17話 約束

「一人だけ仲間外れにされて、たった一つの純粋な恋心も犠牲にされて、しかも、何も知らされないままなんて余りにも救いがないでしょ? ねえ、あなたはどう思う? 天子さん」


 かわいそう、俺をそう形容した黒沼先輩がそう言って、微笑みながら黄島を見つめる。


 天使?

 花恋……いや、黄島のことか。まあ、黄島も花恋に劣らない美少女だが、天使って感じか?


 呑気にそんなことを考える俺とは別に、黄島は顔を青ざめ、唇を震わせていた。

 そんな黄島の様子を見て黒沼先輩は満足げに口を三日月形に歪める。


「てめえ、まさか……ッ!!」


 大きく目を見開き、黒沼先輩を睨みつける黄島。

 黄島の声は予想以上に大きく、周りの注目が集中する。今にも飛び掛からんという勢いで黒沼先輩を睨みつける黄島に、その黄島を挑発するように微笑む黒沼先輩。

 正に一触即発というひりついた空気が周囲に伝播する。


「黄島! 落ち着け!!」


 慌てて、黄島の前に立ち、黒沼先輩から距離を置かせる。

 黒沼先輩はずっと不気味な笑みを浮かべていた。


「ふふ、図星ってところね」

「……ッ!!」

「あら、怖い怖い。千歳君、そんな狂犬じゃなくて、私の傍に来たら? 私なら彼女たちより遥かに君を幸せにしてあげられるわよ」

「ふざけんな! 千歳、こいつだけはダメだ!」

「ふざけてるのはどっちかしらねぇ?」


 俺を誘う黒沼先輩と、黒沼先輩だけは絶対にダメだと言う黄島。

 黄島の変わりようだけでも混乱するのに、もう訳が分からない。

 とにかく、ここは黄島を連れて離れることが優先だ。


「黒沼先輩、すいません。今日はこれで失礼します」

「ええ。会いたくなったらいつでも言ってちょうだい」


 タイミングよくチャイムが鳴ったこともあり、黒沼先輩に一礼してから黄島を連れて、その場を後にした。



***



 放課後になり、黄島の席へ向かう。

 流石に時間が経ったからか黄島も落ち着いた様子だった。


「なあ、黄島って黒沼先輩と知り合いじゃないんだよな?」

「知り合いではないけど、あたしの勘が正しければ黒沼先輩とあたしは互いが互いを一方的に知っている状態だ」


 それを知り合いというと思うのだが、まあ、いいか。


「で、なんで黒沼先輩はダメなんだ? 確かに怪しい雰囲気の人だったけど、悪い人には思えなかったぞ」

「あたしに千歳を止める権利は無い。だけど、あいつは止めといたほうがいい」

「その理由を聞きたいんだけどな」

「……悪い」


 黄島が視線を下げる。


 言えない、と。

 まあ、仕方ないか。


「ちなみにさ、黒沼先輩が言ってたことって俺のことなんだよな?」


 黄島は何も答えない。視線を下げたままだ。


「あれがどういうことか黄島は知ってるのか?」


 この問いにも黄島は何も答えない。

 以前、黄島は世界を救うために誰かを犠牲にしないとしたらという話をしていた。

 そして、黒沼先輩もまた同じようなことを言っていた。それがどちらも俺に向けられた言葉だと考えるなら、俺は犠牲になっているのだろうか。

 うーん、よく分からん。

 自分が犠牲になっているという感覚も全然ないしな。

 それこそ、黒沼先輩に話を聞きに行くのが一番いいのだろうが、黄島は黒沼先輩の傍に行くべきではないと言っている。

 どうしたものかと悩んだ末に俺は決断した。


「とりあえず、黄島の言う通り黒沼先輩に無理に近づくのはやめる」

「いいのか?」

「ああ。だけど、黄島が知ってることをちゃんと教えてくれたらな」


 黄島の息を呑む音が聞こえた。

 唇を噛み締め、視線を俺から逸らしながら黄島が思案顔を浮かべる。


「……分かった。今すぐは無理だが、必ず教える」


 そして、悩んだ末に俺の目を見てそう言った。

 なら、俺はその言葉を信じるだけだ。


「よし、なら決まりだな」

「ああ。ありがとな」


 安堵の表情を浮かべ、感謝の言葉を述べると、黄島はカバンを手に取り、席を立つ。


「もう帰るのか?」

「悪い。今日は早めに帰りたいんだ」


 苦虫を噛み潰したような顔で黄島が呟く。

 まあ、それなら仕方ない。無理に引き留めるわけにもいかないしな。


「じゃあ、続きは明日からだな。じゃあ、せーの……革命の夜明けは近い!」


 両腕を胸の前で交差させながら叫ぶ。

 だが、黄島はポカンとした表情を浮かべていた。


「おいおい、しっかりしろよ。俺たちはチーム”革命の夜明け”だって言っただろ。決め台詞はきちんと決めないとダメだろ」

「は? さっきの決め台詞をあたしにも言えと……?」

「当たり前だろ。チームなんだから」

「嫌だ」


 そう言うと黄島はさっさと教室を出て行った。

 やれやれ、まだ黄島にはチームとしての自覚が足りないらしい。これでは、深い議論が出来るはずもない。

 今後は黄島との仲をより深めることも視野に入れつつ活動していった方がいいかもしれないな。


「やれやれだぜ」

「何がやれやれなの?」

「ひょえっ!?」


 耳に飛び込む蕩けそうなほど甘い声。

 幼いころから聞き続けた声が俺の脳を溶かしにかかる。防衛反応からか思わず飛び上がってしまったが仕方ないことだろう。


「か、花恋か……びっくりさせないでくれ」

「普通に話しかけたつもりなんだけどね」


 あはは、と困ったような笑みを浮かべながら頬をかく花恋。

 可愛いという言葉だけでは表しきれない愛らしさに溢れている。今すぐ抱きしめたい。


 いやいや、違う!

 俺は花恋を諦めると決めたんだ。冷静に考えろ。

 花恋なんてちょっと目がクリクリしてて、小顔で笑顔を見るだけでご飯が三杯はいけそうって程度のただの女の子だ。

 確かに、寝ぼけてる時に直ぐに近くの人に抱きつく癖とか、頭頂部にぴょこんと跳ねたアホ毛を毎朝必死に抑えようとしてるところとかは声も出ないくらい愛くるしいが、その程度だ。


 全然、可愛くない。


 なんて言えるはずがない!!


「すまん花恋! 俺帰るわ!!」

「ええ!?」

「本当にすまん! でも、これ以上は俺がダメになっちまう!」

「あ、春陽君!」


 花恋に頭を下げ、後ろ髪を引かれる思いで鞄を片手に教室を飛び出す。

 少しでも後ろを振り向けばそれが最後。俺は再び花恋という魔女の虜になってしまう。

 花恋を諦めると決めた今はまだ花恋と向き合える自信が無かった。

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