第16話 黒沼先輩

「というわけで、見に行こうぜ」

「なんであたしを誘うんだよ。一人で行けよ」


 昼休み、黄島の下へ行き声をかける。

 黄島は既に弁当を机の上に出していた。


「おいおい、俺たちはチーム”革命の夜明け”だろ?」

「その名前はやめろって言っただろ」


 行く気は無いのか、弁当箱の蓋をどかし箸まで取り出す黄島。

 昨日、協力すると言った矢先にこれだ。契約が違う。


「大体、あたしがついていっても邪魔だろ。てめえの評判に傷がつくのよくねーし」


 黄島がぼそりと呟く。

 確かに、黄島は口調の荒さから、一部では素行が良くないのではないかと言われている。

 だが、それは本当に一部だ。


「別にいいだろ。大体、黄島の中身を知ろうともせずに悪く言う奴ならこっちから願い下げだ」

「……んだよ、それ」


 黄島がふいっと視線を逸らし、頬をかく。


「飯、食ったらな」

「黄島……!」


 何だかんだ言いながらも最後には協力してくれる。

 これが黄島の良さだ。

 綺麗で、冷静で、周りもよく見えている。親しくなった人を見捨てない人情も持っている。

 おいおい、黄島って実は滅茶苦茶いい女なんじゃないか?


「黄島、お前はモテるよ」

「は?」


 何言ってんだこいつという顔の黄島。


「料理もうまいし、いい妻になること間違いなしだ」

「は?」


 眉間に皺をよせ、警戒心を剥き出しにして黄島が俺を見つめる。


「だから、唐揚げ一つくれない?」

「目的はそれか」


 目的というほどではないが、黄島の唐揚げが美味しそうだったのは事実だ。

 片栗粉の白さが残っているところも手作り感あふれていて高評価である。手作り唐揚げなんてもう何年も食べていない。


「まあ、別にいいけど」

「やっほい!」


 そう言いながら、黄島は箸で唐揚げを一つ摘み、俺の方に差し出す。

 その唐揚げに遠慮なくかぶりつく。


「なっ! てめえ、なに人の箸に口付けてんだ!」

「え? ダメだったか? うわ、唐揚げうまっ!?」

「いや、ダメじゃねーけど……ちっ」


 僅かに頬を赤らめながら舌打ちする黄島。

 そんなことより俺は唐揚げの美味さに感動していた。


「まじで美味いな、これ。胸肉だと思うけど、もも肉かと錯覚するほどの柔らかさだ」

「そうか? 少し味付け濃くなったと思ったけどな」

「それも個人的には高評価だ。育ち盛りの男子にとって白米の進む濃い味付けはたまらないからな」

「ふーん」


 素気ない反応で黄島は弁当を食べ進める。

 その横で俺もおにぎりを食べる。

 視線の先には啓二と花恋の二人がいる。今日も二人で弁当を食べている。会話は聞こえてこないが、二人とも笑顔な辺り楽しそうだ。


 ただまあ、やっぱり俺は必要なかったのかもな。

 啓二の弁当を強奪して、花恋をアシストしているつもりだったが、俺が弁当を奪わなくてもああして二人で並んで弁当を食べている。

 心のどこかで、あの二人の中には俺も必要だと思っている自分がいた。

 だけど、そんなことはないのだと改めて痛感した。


「千歳」

「ん? もがっ!?」


 黄島の方に顔を向けると、口に唐揚げを押し付けられた。

 食え、ということだろうが唐突過ぎる。おかげで口周りが油でべとべとだ。


「おい、急に何するんだよ」

「こっちが美味しく弁当食ってんのに、しけた面されたら飯が不味くなる。美味いもんでも食って元気出せよ」

「黄島……なら、卵焼きも貰えるか?」

「強欲な奴め」


 そう言いながらも黄島は「ん」と言いながら卵焼きを差し出した。

 遠慮なく、卵焼きに食らいつく。


「うめええええ!!」

「大袈裟だっての」


 拳を天に突き上げ叫ぶ俺を黄島は安心したように見つめていた。


「ありがとな」

「……」


 俺の感謝の言葉に黄島は反応しなかった。

 だが、黄島が俺のことを気遣ってくれたことだけは俺でも理解できる。

 花恋を諦めると決めて、寂しさを感じることも増えた。だけど、思ったよりその寂しさに引きずられていないのが誰のおかげかは言うまでもなく明らかだ。



***




 昼食を食べ終えた後、俺と黄島は二人で教室を出た。

 向かう先は三年生の教室だ。太田の話だと黒沼先輩は三年一組にいるらしい。

 階段を降り、二階に入ると三年生と思しき生徒たちが廊下を行き来していた。一年しか年が違うはずなのに、やけに大人びて見えるのは何故なのだろうか。

 深呼吸を一度してから、黄島と供に三年一組へと向かう。視線をやけに感じるのは気のせいではないだろう。

 なんせ、俺の横にいる黄島明子は制服の上にパーカーを着るという、校内では目立つ格好の上、髪色は日本人か疑わしくなるほどの綺麗な金髪だ。

 目つきこそ鋭いが、スタイルの良さと整った顔は男女問わず注目を集めやすい。

 それでも、流石に初対面で馴れ馴れしく話しかけてくる人物はおらず、無事に三年一組の前に辿り着いた。


「よし、この中に黒沼先輩がいるみたいだな」

「……教室の前まで来たけど、どうするんだ?」

「どうするもなにも、黒沼先輩と話すんだよ」

「どうやって?」

「まあ、見とけって」


 怪訝な表情の黄島にそう言ってから、俺は三年一組の教室に足を踏み入れる。

 その瞬間、多くの視線が俺を突き刺す。向けられる感情が決して気持ちのよいものではないことは明らかだった。

 だが、この程度で俺は臆さない。どんな逆境でも、笑顔一つで乗り越える。そういう少女を近くで見てきたから。


「二年生の千歳春陽です! 黒沼先輩に会いに来ました!」


 俺の声が響く。それと同時に、クラスの視線が俺の方から教室の隅で数人の男女に囲まれる黒髪の少女へと向けられた。


「あら、私?」


 黒沼先輩と思しき少女と俺の目が合う。

 艶やかで綺麗な腰まで伸びた黒髪。血の様に真っ赤な瞳。絹の様に白い肌。

 まるで精巧な芸術品のような完璧さが彼女からは感じ取れた。

 ただ、どこかで同じ真紅の瞳を見たような気がするんだけど……。


 俺が記憶を振り返っている内に、黒沼先輩は足音一つ立てずに優雅な歩みで俺の前にやって来た。

 彼女は俺を改めて見ると、ほんの少しだけ目を大きくしてから絵に描いたような笑みを浮かべた。


「ふふ、こんにちは。よろしくね、千歳春陽君。それと、あなたもよろしくね黄島秋子さん」

「え? 黄島、知り合いだったのか?」


 黒沼先輩が黄島の名前を呼んだため、黄島と黒沼先輩は知り合いかと思ったが、黄島の鋭い目を見て違うのだということを察した。


「……違う。初対面のはずだ。どうして、あたしの名前を知っている?」

「有名だからよ。二年生に綺麗だけど目つきの悪い女の子がいるってね。孤高の生徒会長、蒼井千冬に笑顔が可愛らしい桃峰花恋の名前もよく聞くわ」


 ああ、なるほど。

 確かに、その三人なら名前が広まっていても不思議じゃない。特に、花恋は天使だからな。世界中の人間が知っていたっておかしくない。

 俺は納得したが、黄島はなにか引っかかるものがあるのか、顔つきは険しいままだった。


「まあ、それはいいわ。ところで、私になにか用かしら?」

「はい。黒沼先輩と仲良くなりたいんです」

「へぇ」


 特に隠すこともないので、正直に思いを伝える。

 すると、黒沼先輩は楽し気に口角を吊り上げた。


「そうねぇ、ならデートにでも行かないかしら?」

「え? いいんですか?」

「勿論、可愛い後輩だもの。色々、あなたの知らないことも教えてあげるわ」


 そう言いながら、黒沼先輩はわざとらしくスカートを少しだけたくし上げて見せた。

 俺も流石にお盛んな高校生男子。

 その所作には思わず心臓も飛び上がってしまう。


「お、俺の知らないことって……!?」

「ふふ、なんならあなたの望みも叶えてあげちゃってもいいわよ」

「そ、それって……あんなことやこんなこともですか!?」

「ええ。あんなことやこんなこと。みんなみんなみーんな、叶えてあげるわ」


 艶っぽい笑みを浮かべる黒沼先輩。

 何ということだろう。黒沼先輩は未来から来たロボットの様に夢を叶えてくれる素敵な人物だったのだ。

 望みを叶えてあげると言われて心躍らない人はきっといないだろう。

 俺の心臓も飛び上がるを通り越して、ずっと宙に浮いているような状態だ。


「千歳、やめとけ。変な壺売られるぞ」


 夢へと飛び立とうとする俺の心を地面へと叩き落とした黄島の余りに冷静な一言だった。


「考えて見ろ。初対面で、こんな美人が千歳にとって都合のいい話を持ってきてくれるわけないだろ」

「くっ……確かに」


 黄島の言葉は何処までも残酷で、そして、現実的だった。

 膨らんだ夢はみるみる萎んでいき、心も地に伏せた。


「あら、嘘じゃないわよ」

「え!?」


 だが、そんな俺の心を黒沼先輩はすかさず飛び上がらせようとしてくる。


「てめえ、どういうつもりだ?」


 クスクスと微笑む黒沼先輩を黄島が睨みつける。

 どうも、黄島は黒沼先輩を強く疑っているらしい。まあ、気持ちは分からなくもない。

 冷静に考えればどう考えたって怪しすぎる。

 どういうつもりなのか。

 黄島と同じ疑問を胸に黒沼先輩を見つめる。


「だって、かわいそうなんだもの」

「「かわいそう?」」

「ええ。一人だけ仲間外れにされて、たった一つの純粋な恋心も犠牲にされて、しかも、何も知らされないままなんて余りにも救いがないでしょ? ねえ、あなたはどう思う? 天子さん」


 黒沼先輩は黄島に好戦的な笑みを浮かべながらそう告げた。

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