参─傀儡ハココニ 此ノ世ハ闇ニ

とある廃墟の一室に明かりが灯る。辺りは草に覆われて、塗装が所々剥がれ落ちている。見るからにかなりの年月を経ていることが伺える場所である。

 

 私はその一室の扉を開けた。きぃっと鳴った扉の先で、私を待ち構えていた人物がこちらを向いた。

 

「ようやく戻ったか。ご苦労だった、鳳花よ」

 

「ありがとうございます、長」

 

 薄いカーテンで姿を遮る私の主は、静かにそう呟いた。その周りには、ここに似つかない雰囲気の花々が季節問わずに培養・・されている。

 

「あれ、鳳花ちゃん帰って来たんだね。てっきり逃げ出したかと思ったよ」

 

「うふふ、案外度胸のある子ね」

 

 長の右側に咲く花の一部が、長に呼応するように語りかける。私にとって、いつ見ても気味が悪いものである。尤も、先程の私の行動も決して褒められるものではないのだが。

 

「椛のやつは、やったのか?」

 

「……確かにあの場では確実仕留めました。しかし調べてみると、奇跡的に一命を取り留めているとのことです」

 

 私の役目は、長に報いること。任務を果たしかねた私は、罰を受けなければならないだろう。

 

「……ふん、まあいい。これで忌々しきあいつも、しばらくは動けまい。元々、『器』を無力化出来ればそれで良い」

 

「あれ、今回はお咎めなしでいいの? なら俺がやっちゃおうかな」

 

 その言葉の後に、一つの花がたちまち一人の男に変貌を遂げた。二十歳くらいの見た目と、隆々とした体も相まって、恐怖が体を支配して動けない。

 

「ひっ!」 

 

「こら、あんまりいじめちゃだめよ。彼女怖がっているでしょ」

 

「ちぇっ」

 

「それはそうとして、さっきの襲撃はしっかりやったわよね?」

 

「はい……」

 

 数時間前、長の敵となる人物を消してこいという命令が下された。今日、とある市内の町工場を訪れるというターゲットを施設もろとも爆破した。

 

 でなければ、私はこの忌々しい能力ちからを抑えられなくなる。私が私でなくなってしまう。

 

 しかし、長の命令で人殺しをしなければいけない。けれど一つ大きな間違いを犯すと、長に殺される。

 

 どっちみち、私に逃げ道などない。

 

「鳳花は一定の仕事をしておる。なら今回は目を瞑ろう」

 

 罪悪感も既に薄れつつある自分が怖い。

 

 足取りがおぼつかなくなり、思わず過呼吸になりかける。そんな私を見て、長の左側に咲く花の一つがたちまち一人の女性に変わった。

 

 それと同時に、私の体を優しく支えた。

 

「恐れなくていいわ。あなたはただ、あなたのやるべきことをするだけでいいの」

 

 その声は少し優しくて、懐かしかった。その代わり、私の全てを見透かされるような感覚に陥る。

 

「また休んだら、次の所に行ってくれるかしら」

 

「……はい」


 青い靄が辺りを包む。甘い匂いが辺りに広がる。

 

 ああ、もう考えることを止めよう。

 

 

 

 私は、ただ──

 

 

 

 オサノイウコトシタガエバイイ

 

 

「よしよし、偉い子ね。じゃあ明日、この子をやって頂戴ね」

 

 渡された写真に写っていたのは、雰囲気こそ違うが、先日襲った同級生に似ている子だった。

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