起動するは闘志(3)

           §

           

 状況の開始は春華の覚醒から三時間を遡る。

 黒竹くろたけ虎太郎こたろうは戦車の中、自動化によって統合された操舵、射撃を役割とする乗員として、汗だくになりながら必死にハンドルを握り乗機を機動させていた。

 エンジン音と悪路走行の衝撃に体と耳目を打たれている最中、操舵手席の後ろ上方にある車掌席からの蹴りを左肩に受け、

「了解ーっ」

 ハンドルを面一杯、左に切る。

 その直後、他の戦車が後方から右側を超至近で通過していった。装甲同士がこすれ、金属が悲鳴と火花を散らす。

 62トンの鉄塊がキャタピラで地面を削り至近をすれ違う衝撃を受けながら、舌を噛み切らないように必死に食いしばって耐える。

 僚車との連携が取れていないのだ。

 それでも何とか体制を立て直し、周囲をメインモニタで確認した時だ。

(さっきの僚車、被照準されてやがる)

 悪目立ちの影響は向こうが被ったらしい。自業自得と言えばそれだけだが、

(何とかフォローを……!)

 ハンドルから右手を放し、一瞬の間、手が中に泳ぐ。だが思い切って操作パネルを指で叩いた。

 操縦がAIコントロールに委ねられ、火器制御はマニュアルに切り替わる。

 メインモニタに映る、僚車を狙う敵戦車をタッチすると、砲身が動く滑らかな機械音がし、照準が合わせられた。

 射撃用のサブモニタに捉える拡大された敵影と、それに重なるレティクルを手動で微調整する。

「間に合え!」

 砲撃する。

 その瞬間だった

「馬鹿野郎っ」

 車掌席から檄と蹴りが飛んできた。右肩を蹴られる。

 反射的に左手一本で掴むハンドルを右に切る。だが、

「なんっ……!?」

 軌道は変化しなかった。理由は直後に気が付く。制御はAIに渡したままだった。慌てて手動操縦に戻そうと切り替えボタンをタッチするが、戻らない。なぜならば、

 ≪Not change control mode. Release the fire control.≫

 赤色のシステムメッセージが表示される。

 火器制御を手動にしたままでは、手動操縦へ切り替えることは出来ないシステムだ。だが、今、砲撃制御を放り出せば味方の援護は間に合わなくなる。

 その時、アラートがけたたましくがなりたてた。メインモニタ上、狙いとは異なる方向に、黒々とした砲口をこちらに向ている別の敵戦車が表示されていて、

「やばっ――」

 味方を助けて自分はやられるか、自分だけでも生き残るか。

 刹那の迷いの答えはどちらでもない。

 こちらを狙う敵が砲撃した。

 胃の腑が引き絞られ、恐怖が生命活動の終焉を拒否する生体反射を起こす。だが、決して目は閉じなかった。

 敵の砲弾が乗車ごと自分の体を粉微塵にせんと飛来する。

 直後、車内が真っ赤に染まった。

 赤色は、車掌席のモニタの光であった。同時、長く伸びる濁った大音量のブザー音が響く。

『被弾判定。当車は大破判定を受けました』

「だあーっ、ちくしょう!」

 ハンドルを拳で叩き、上を仰いですぐ目の前の天板に向けて大声をあげる。

『戦車隊全車が撃破判定。当部隊は全滅判定になりました』

 抑揚が無いシステム音声が響く。同時、メインモニタに映っていた敵戦車の形がぱっと消える。

 迷いの答えは無慈悲なまでに合理的だった。味方を助けようとして自分も仲間も全滅する。

 その結果にハンドルへ頭を付けて突っ伏す。

 そして、割れ鐘のような老成した声が聞こえた。

「ま、こんなもんだな。全車へ通達。模擬戦闘訓練終了。繰り返す訓練終了」

 声の主である戦車長がハッチを開け、外に出ていく。それに続き、自分も戦車から外に出た。

「あー、まぶし……」

 見えたのは、目に染みる払暁の明りと、訓練に参加していた他の戦車、そして自分同様にその中から姿を現す兵士たちだ。地面へ降りながら冷え冷えとした冬入りの空気を肺に吸い込み、盛大に息を吐く。

「すみませんっした、大國おおぐに中隊長」

 勢いよく頭を下げた相手、戦車前部の天板に立つ老練の兵である大國中隊長は、硝煙で染めた様な灰髪の短髪を指で掻きながら返事をする。

「虎坊よお。車掌を無視して勝手に砲撃しようとする奴は流石に始めてみたぞ」

「すみませんしたっ!!」

 90度状態を曲げたまま、全力で謝罪する。

 大國中隊長が短く、重い息を吐くのが聞こえた。そしてこちらに話しかけてくる。

「もういいから頭あげろ」

 言われ、勢いよく姿勢を戻し起立をとる。

「虎坊。どうしても仲間の危機は見過ごせないか」

「……独断の行動が自分と、他の仲間さえ危険にさらし、最悪のこともあり得るってのも頭じゃ分かってるっす」

 実際、今回の訓練ではそうなった。これが実戦だったならばこうして叱られる人間もも、叱る人間も、存在し得ない。でも、

「見捨てたくないって。その気持ちだけは、抑えられねえっす」

 それを聞いた大國中隊長は、今度ははっきりとため息を吐いた。

「まあ、仲間を助けろって訓練したのは軍だ。お前さんの場合それが性分なのも分った。まだ訓練も始めて数日だし、しばらくはしょうがねえだろ」

 だが、といって、戦車の上でしゃがみ、ぐっと近くなった視線を向けられる。

「助けるか否か。それを自分で判断しなければならないときは否応でも来る。その時はどちらを選択してもいい。だが、絶対に迷う事だけはするな。今日はそれを覚えて戻れ」

「――了解っす」

 姿勢を正し真直ぐに返答する。それに大國中隊長は頷きで応じて、

「それはともかく、車掌の指示に無い事を勝手にやろうとすんじゃないわい、このバカタレ!」

 風切り音をたてて拳骨を落とすふりをした。

 実際に受けたわけでもないのに、反射的に頭をひこっめてしまう。自分のその姿を見ると、大國中隊長は再び立ち上がった。

 そして、胸元の無線機に手をかけ、

「新米どもっ、自分たちがどれだけ足りてねえか、よぉーく分かっただろ!」

 朝冷えの大気を揺るがす大声で檄を飛ばした。

「だがそれが道理ってもんだ。安全な後方のシミュレーション機械で受けた訓練なんぞは、実際に乗りこなすことにクソの役にもたちやしねえ」

 あるいは俯き、あるいは倒れ、吐瀉する若い兵士たちに言い放つ。

「本来は別科の予備役だからって関係ねえ。いつ出番が回ってきてもおかしくねえのがこの大塹壕基地、この最終絶対防衛線だ。てめえらがこいつを完璧に操って、人々を守る戦場に立てるよう、きっちり俺が仕上げてやるから楽しみにしろ!」

 大國中隊長は生き生きと口角を上げる。

 それをきいた若者たちは、隠すこともままならず眉を歪め口の端を下げた。しかし、

「押忍。よろしくお願いします、大國中隊長!」

 自分の敬礼を合図に、兵達がよろけながらも立ち上がり、同様に敬礼を取った。

 それを見た大國中隊長は口元を緩ませ、無線に声を投げる。

「訓練終了。十分の休憩の後、撤収作業を始める」

 そう言ったのち、老練の教官は朝焼けに身を染め、戦車の上からへばっている新兵たちと、それをからかったりねぎらったりする教導役の戦車兵達を観察していた。その姿を見ながら自分は独り言をつぶやく。

「それにしても、なんでわざわざ最前線で訓練をするんだか」

「それくらいに余裕がねえってこった。今の残存日本にはな」

 問いかけたつもりは無いが、期せずして回答をもらってしまった。あわてて背筋を改めて、

「申し訳ありません、今のは質問した訳ではなく――」

「分かっとるわい。こっちも独り言みてえなもんよ」

 大國中隊長は胸ポケットに指を入れ、しかしその中が空であることに気付くと、口を曲げて拳でポケットを叩いた。煙草でも出そうとしたのだろうか。その手の嗜好品がこの国から消え失せてそれなりの年月がたっているが、身に沁みついた癖が抜けないのかもしれない。

「一度は同盟を裏切った米国から再び支援を受けるようになったとはいえ、残存日本は常に物資不足だ。防衛圏である西日本に新しく演習場をこさえるどころか、目標調達数の兵士全員を訓育する演習用兵器を持つ余剰すらねえ」

 大國中隊長がすぐ横の砲身を手のひらでなでる。

「だからこうして、未経験な予備役の育成なんかは実物が揃っている最前線の方がまだましってことよ」

 シケた話だぜ、と言いながら腕を組んだ。それを聞いて疑問が湧く。

「演習中に攻撃を受けるなんてことは……」

「敵が陸戦部隊を集結させりゃ塹壕基地の警戒網に引っかかるし、対空技術が圧倒する現在じゃ半端な航空攻撃やミサイル攻撃は不毛だ。心配ないわい」

 不安というより興味の心が質問を作る。

「塹壕基地への攻撃ならそうなんでしょうけど、嫌がらせに訓練兵を吹っ飛ばすため飽和ミサイル攻撃とか、いかにも敵軍幹部がやりそうなことじゃないっすか」

「大陸からじかに撃ってくるにしろ、占領下の東日本に運び込むにしろ、大規模攻撃の予兆があれば『橿原』から事前に警告が来る」

「『橿原』……全滅した自衛隊司令系にかわる現総司令部。大断裂発生後に生き残りをまとめ上げ残存日本、もとい日本国を再編。さらに米国を味方に引きずり込んだ。その辣腕は理解しますけど、衛星がろくに使えない現状でまともな戦略解析がホントに出来るんすかね」

「さてな。儂ら一兵卒にそこまでは分からんわい。それこそ考えるだけ無駄ってもんよ」

 大國中隊長は空を仰ぎ見ながら言った。

「ただ、噂じゃあと一ヵ月は攻勢が無いと『橿原』から通達があったらしい。こっちでも届く範囲で敵軍の動向には目を光らせとるし、矢引の坊やは充分な猶予を見積もっとるんじゃろう」

 大國中隊長はこちらを向くと、深い笑い皴を作った。そして周囲へ声を響かせる。

「休憩終了。撤収作業かかれ」

 まだ十分もたっていないが、話と休息は終わりらしい。自分は戦車に再び駆けのぼって、ハッチの前にかがむ。そして車内に入る前にふと疑問に思い背側に顔を向けて問うた。

「『橿原』って、マジで名前通りの場所に在ったりするんすか」

 それを聞いた大國中隊長は、カカカ、と喉を笑わせると、

「知りたきゃ、生き残れ、若武者。そんで取り戻した平和で長生きせい。80年もすりゃ最高軍秘の一つ二つ公開されるじゃろ」

 そう言ってこちらの背中を平手でぶっ叩いた。勢いで頭からハッチに落ちそうになるのを両手を淵について堪える。

「それに、そんなこと考えとる暇なんぞないぞ。少なくともあと一ヵ月は戦車の硬い操舵席に詰められるんじゃ。上層部のことなんぞより自分のケツがあざだらけになるのを心配せい」

 自分は苦笑しながら改めて中に入るため両足を浮かせた。

 その瞬間である。

 耳をつんざく大音声のサイレンが、基地の音声塔から発せられ訓練地点までも覆いつくした。

『警報。敵航空戦力が接近中。総員第2種戦闘態勢。繰り返す、総員第2種戦闘態勢』

 新兵たちがざわつく。

「空襲!?」「なんで、まだ先だって――」「ちくしょうっ」「やっぱりただの噂――」「逃げろ、逃げるんだ」「戦車が狙いだ、離れて――」「防空システムがある。車内が逆に安全だ」「撃ち漏らしが来たらやられるぞ!」

 各教導員の言葉も届かず混乱する新兵たちへ向かって、大鐘のような大音声が叩き付けられた。

「起立!」

 慌てふためいている姿たちが一斉にその場で身を正す。大國中隊長は混迷を吹き飛ばすように声を放った。

「聞け。塹壕基地の警戒網は広い。敵はまだ十分に距離が離れている。戦車に搭乗して基地内へ退避するのは間に合う。新兵は落ち着いて、確実に指示に従え。教導員各位は油断せず気を引き締めろ」

 浮足立った兵達を落ち着かせ、号令をかける。

「総員、搭乗せよ!」

 それと同時に自分も車内へ滑り込んだ。前方の操舵席に座り、シートベルトを素早く装着する。大國中隊長はハッチから身を出したまま無線機で声を飛ばした。

「状況報告」

 1号車から8号車まで、移動準備完了の報告が次々と返ってくる。それを確認して、

「第二訓練戦車部隊から作戦本部へ。撤退準備完了。近傍に敵の姿は捉えたか」

『いいえ、直近に敵影無し。落ち着いて基地内部へ退避してください』

「了解。よし、第二訓練戦車部隊全車へ、横列陣を形成、基地へ向け移動せよ」

 言葉通りの動きで戦車隊が動き出す。

 自分も指示通りの操縦で乗機を動かした。

 途中で敵戦力に追い付かれる覚悟もしていたが、その姿は1分経っても2分経っても見えない。敵が遠いというのは当たりだったようだ。

 長い吐息を一つはいて余計な緊張を解し、モニタに映る眼前の塹壕基地に向けて進んでいく。この速度なら後10分程度で最寄りの地下退避口までたどり着くだろう。

 そう安堵しかけた時、体の内側で鼓動が響く感覚が意識を揺すった。目の前にあるメインモニタと計器が示す数値。それを見ていると妙に呼吸と鼓動が早くなり、顔が汗ばんでくる。致命的な状況に自分があることを、知っているのに思い出せず、それを知らせようと無意識から突き上げられているかのような気色だ。

(メインモニタに何か映っているのか?あるいは、音、光、大気の匂い……?いや違う。どれにも異質は無い)

 ハンドルを握りしめながら、視線を巡らせる。

 そして、車両の後方を映すサブモニタを見た時、はっとして意識が跳ねた。振り向いて言葉を掛ける。

「車掌、戦車隊後方に何かありませんか!?」

「後方だと?まだ敵機らしきものは見えんぞ。数十キロ離れて森があるだけだ」

「森……それですっ。よく確認してください!」

「一体どうしたんだ、虎坊」

 ハンドルを握ったまま体を捻って視線を送る。大國中隊長は怪訝な表情をしていたが、こちらの冷汗まみれの顔と必死な視線を受けて、車体後方映像を映しているはずの車掌席のモニタに強い目を向け、

「これは……何やら、ノイズのような点が木と木の間に……」

 直後に無線へ叫ぶ。

「全車、全速で撤退!」

 言葉と同時、それが現れる。

「指揮本部、東の森林の中に光学ステルスドローンがいる。敵はもう直ぐそこまで迫ってやがる!」

 その直後、森の木々の間から無数の無人航空機が飛び出してきた。

 無数のドローンは空中でスウォーム編隊を形成し、瞬く間に空の一画を黒く切り抜いてしまう。

 そして、戦車隊の上空めがけて一斉に飛行してきた。


           §

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