第4話 重奏するは轟撃

 明日あけびは出撃時から変わらぬ位置、断崖上で基地全長の中央にあたる場所から砲撃を続けていた。

 しかしそれは最初の三射の様な強力な連射ではなく、一定の間隔をおいて高優先度目標へ順次発射するものだ。支援砲撃にしてもゆっくりといえる間隔である。

(最初は派手にやったが、やはり安定性も考えるとこの早さが限度か)

 明日は歯噛みする思いで戦況を改めて俯瞰した。

 こちらの救助行動は完了したが、その間に敵部隊の布陣が完成していた。

 敵の間断なき多量の攻撃によって基地戦力は防衛行動を強いられ、攻勢防御的反撃は行っていても戦況は未だ攻勢に至れていない。

 下に見えるのは塹壕基地の「屋上」に相当する地上部だ。その上では対空兵器群が全力稼働中であり、戦車隊はといえば。

『相変わらず見事な軌道だ』

 戦車隊は基地の地上部のさらに先、防空圏内のギリギリまで進撃していた。

 複数の部隊がスラローム射撃を敢行し、引き付けた敵攻撃を回避しつつ同時に反撃を行い敵軍を押し留めている。

 その軌道は各部隊がそれぞれ蛇行軌道にて走行しながら円を描くもので、それらが絡み合う毛糸の様に複雑に交差しながら大きな円状の陣形を形成している。

 これにより敵の予測射撃を回避しながら反撃し、損傷した車両は円の流れに沿って速やかに陣から離脱し基地へ退避、その空席を直ちに僚機によって補填して淀むこと無く陣形を維持することを可能としている。

 これほど複雑な連携行動を実行しながら、衝突などの失敗は気配も感じさせない。それは味方びいきに見ても。

『世界最高の練度と言える』

 だが、その精鋭無比に攻撃を引き受けてもらっていながらも自分は未だ攻勢要素になることが出来ずにいる。

 その理由はまず何といっても。

『いつもながら数の多いことだ』

 敵車両軍は統合ネットワーク戦闘システム Integrated network Combat System、略称ICSの陸戦部だ。これは単機能な多種の車両が統合戦術ネットワークで連携することで、高機能な陸戦機動兵器の軍団と同等、あるいは部分的に上回る戦闘能力を実現しようとする物だった。

 その特徴は、何を置いても数の多さにある。生産工程の簡易化による超大量生産で単価費用を下げ叩いた車両は、何十台欠こうが幾らでも補充できる。

 もう一つ、さらに厄介な特性がしつこいまでの戦隊機能を維持する能力だ。実例は先程からこの身で味あわされている。

『こちら管制室、G-3、ターゲットCT-156を攻撃してください』

『了解。現目標から指定目標へターゲットを変更する』

 レーダーでは中優先度になっている、南側の長距離砲戦車へ射線を向ける。

 攻撃優先度は基本的に戦術AIを利用しながら、戦術解析部も人間の視点から敵の狙いを予測している。解析部の予測がより高い脅威度を割り出した場合は、そちらが優先される仕組みだ。

(ミサイル攻撃を囮にして戦車砲での狙撃ということか)

 狙われている味方戦車には黒い猪のエンブレムが描かれていた。第一戦車中隊長が乗車する二号車。恩人にして戦友の古強者が搭乗している戦車だった。

『良い照準だが、やらせないよ』

 射撃。

 砲弾は一分も違わず目標を穿ち、戦車隊への攻撃が一つ未然に防がれた。

 その筈は、次の瞬間に覆る。

 北側から太い一本に見えるような数十の墳進煙が上がった。戦車隊への飽和攻撃に見える。だが実際は。

『対空砲を引き付ける囮。本命は……!』

 直感が視線を定めた。南側前線のミサイル車両の複数が、発射台の仰角を低くしたまま攻撃体勢を取っている。低軌道ミサイル攻撃だ。

 即座に電磁砲による三点バースト射撃を敢行した。

 パイロット補助機能で加速された思考、スーパースローモーションになった視界の中、一発毎に0.1度単位で射線をずらし三台へ砲弾を送り込む。

 意識負荷による激痛と引き換えに敵本命打を粉砕した。

 だが直後、別方向からミサイルが飛来し黒猪の戦車に直撃した。中衛で補給車両に偽装されていた特殊ミサイル車両の奇襲であった。

 思わず直接通信で呼び掛ける。

大國おおぐに中隊長!』

『全員生きとるよ特務軍曹。直掩下でやられちゃ戦車乗りの恥。中と外、手当したら直ぐ戻る。我らが白き守護者に感謝!』

 大鐘のように太く強いガラ声を聞いて一先ず安心する。

 二号車は煙を吹いて蛇行しながら後方へ退避し、地面から蓋の様に開いた退避口へ入っていった。

(くっ……砲撃は防いだのに)

 これがICSの厄介な特性であった。高火力の一台を破壊しても、別種の攻撃車両が複数連携することで代替可能なのだ。その逆も然りだ。これは攻撃能力だけに留まらない。補給車を破壊しても攻撃車両が兵装ユニットをそのままそっくり移譲することで代替する。防衛役の対空砲車両を潰してもミサイル攻撃車両が代替する。

(つまり、出鱈目に数を減らしても戦隊の総合戦闘力は余り削げない)

 無論、代替品で完全に役割を再現することは出来ない。しかし、破壊された車両の補充がポイントに着くまでの凌ぎには十分だ。

 この冗漫なICSだが、こちらにも当然対抗する策は幾つもある。

 支援砲撃を続けながら指揮本部へそれらの実行可能性について訪ねた。

『指揮本部、目標優先度の更新頻度をもっと早く出来ないでしょうか』

『そうした場合、判断比重はAI優勢となる。単純な脅威度判定は加速するだろうが、ブラフや罠といった敵の戦術に嵌る可能性が高くなる。取り返しがつかない事態になりかねない。最悪ケースだけは防がなくてはならんのだ』

 少佐はいつも戦場の定石を重視している。無論、予想外の事態には柔軟に対応するが、少佐から見て現状はまだその段階に無いらしい。この手法は消えた。

 ならばと別のアプローチを訪ねる。

『敵戦力解析はどうなっていますか。敵の通信車両の位置は割り出せましたか』

 ICSの要は通信車両だ。多種多様、無数大数の車両を連携行動させることは人間には不可能。実行しているのは、敵布陣の遥か50キロメートル以上後方、森林のどこかに隠れている司令指揮車両の戦術AIだ。その命令を中継している通信車両はアキレス腱である。役割上、比較的数も少ない。これだけでも叩ければ一気に敵軍の戦闘力は落ちる。

 だが返答は望ましいものではなかった。

『通信テレメトリ解析による探知は解析部が最善を尽くしている。だが簡易な偽装は暴けてもハイパーステルスで隠蔽されている車両は全てを発見出来てはいない』

 通信車両が脆弱部なことは敵自身が一番わかっている。故に必要最低限の通信車両は逆探知を防ぐ欺瞞信号や光学ステルス等、新旧万方のテクノロジーで執拗なほどに入念に隠匿されている。更に爆発や煤煙まみれの戦場から計測した極大ノイズを含む情報を完全に解析することは困難を極める。

 一応、判明している分だけでも通信車両を撃破すれば敵の統制能力は低下するが、ここで問題なのがやはり数だ。

 レーダーを確認して判明している通信車両数を見る。

(少ないといっても98台。しかも照準を向ければ防衛行動を取りながら逃げ回る。随時補充される通信車両を十分減らすのにどれだけ時間がかかるか)

 ガラティアンの火力を全て攻撃に回しても有効打に至るまであまりに遠い。

 ここまで三つもの方法を考慮しながらどれも決定打には出来ない状況であったが、実の所もっと単純で効果的にICSの戦闘力を激減させる方法がある。

 大半を一挙に破壊可能な大規模兵器で攻撃することだ。しかし。

(ここまで接近されると基地を巻き込む。今更使えない)

 最悪の場合の最終手段として総員を塹壕基地に退避させれば可能だが、その為の犠牲は無人機のみとはいかないだろう。それに何よりも。

(最高司令部はともかく、少佐がお認めになるまい。過分な犠牲は厭う人だ)

 また最終手段という意味では、この瞬間は最も非現実的といえるであろう。

 その時である。

 管制室から思考を中断させる戦術指示が入って来た。

『G-3へ、MT-074、ST-025、TT-048を攻撃してください』

 指示された目標は北側の敵陣中衛に位置していた。だがそれはこれまでの目標とは違い横の隊列に並んでおらず、一個小隊が独立して布陣していた。遊撃隊だ。

 ミサイル攻撃車両と各種支援車両からなる部隊は、おそらく精密軌道制御ミサイルで対空攻撃を躱して打撃を与えることが目的だろう。

 南側にも同様の部隊がレーダーに映っている。両翼から戦車隊への攻撃だ。

『了解、攻撃する』

 応答と射撃は同時だ。

 解析部の功労だろう。発見が早かったので無理なく連続して砲撃し、一台ずつ的確に撃破できた。このおかげでまだ電磁砲は使用継続が出来る。

 見ると南側の部隊は戦車隊の砲撃と基地兵装の連携で同じく撃破されていた。

 にも拘らずだ。

『またか……!』

 味方戦車が砲撃を食らった。敵の長距離砲だ。

 敵陣中央の南寄り、第二射を用意する長距離砲戦車が複数いた。指示を待たずに電磁砲の速射で吹っ飛ばす。

 ヒートした砲を7番リフト上の予備砲と持ち変えた。

 被弾した味方戦車は基地へ退避する前に力尽き、中から乗員が脱出して最寄りの通用口へ駆け込んでいった。

 戦死者は出なかったがまた一台戦車が減った。

 どうしても戦況を好転させる方策が機能出来ないことに、煩悶が糸になって精神に絡んでくる様な不快な感触を覚える。

(常態通りの攻撃手段が揃っていれば……)

 塹壕基地は鉄壁だ。しかし守衛だけでは完璧たり得ない。基地の防衛範囲を超えて敵に打撃を与えるがあってこそ不落の城塞となる。

 常であれば、基地の大口径砲や戦車隊、ガラティアンがその役割を果たす。

 だが今は。

(長射程砲台は前回の襲撃で大半が損壊。戦車隊もかなりやられて攻撃役に回れる分が足りない。私の突撃も不完全な状態での実行になる。もしも早々に倒れることになったら、敵戦力は残したままこちらの戦力は大幅に減少。それで残った味方を危険にさらすなど許されない)

 改めて前回の襲撃、何の戦術も無い、唯の飽和火力投射の馬鹿げた有効性を思い知らされる。通常戦力でおびき出して味方ごと弾道ミサイルで消し飛ばすなど正気の沙汰ではないが、実際に基地そのものは残っても戦力は大損害を被った。

 二度は無いことは総司令部の戦略解析部が保証するところだが、今回の襲撃も大軍だ。防御に徹すれば負けることは無くとも徐々に死傷者が増えていくだろう。

 であれば、やはり長期戦とするべきではない。

 ならばやはり打つ手はこれだ。

『少佐。ガラティアンによる突撃を提案します』

 ガラティアンの戦闘能力は単一個体でありながら一軍隊に匹敵する。敵軍は厄介極まるといっても本質は遠距離から目標を圧し潰すもの。近接戦闘に持ち込めばただの木偶の集まりだ。

『全力を発揮すれば短時間で50%を完全破壊できます』

 それは自信ではなく事実だ。しかし。

『却下する。戦化粧を非着装の状態での突撃はリスクが大きい』

 無数の敵の中にガラティアンへの有効打になりえる新兵器を仕込んだものが、偽装されて存在している可能性は十分にある。

 どんな兵器にも弱点がある。ガラティアンも無敵ではないのだ。

『粘り強く防御陣形を維持して敵の疲弊を待て。必ず機会は来る』

 少佐はあくまで防御に徹し反撃の機会を待つ作戦方針の様だ。しかし。

『敵全軍が戦車隊を照準しました!軍団統制飽和攻撃です!』

 作戦指揮本部との通信に悲鳴に近い報告が入り込んできた。

 敵はこの土俵に乗ったままでいるつもりはないようだ。

『少佐!』

『ならん!貴様を前面におびき出す策だ。わかっているだろう!』

 明日は心中で苦渋を噛み殺した。コックピット内の肉体が動けば割れんばかりに歯を食いしばっていただろう。

『戦車隊全速退避、無人機を盾にしろ!攻撃可能な兵装とガラティアンは敵レーダー車を破壊せよ。照準精度を少しでも下げろ』

(間に合うものかっ)

『明日!命令だ、砲撃に徹しろ!』

 心を読むかのように釘を刺される。だが事実、今から私が下に降りたところで盾が一つ増えるだけだ。少佐の命令通りに行動したほうがまだ戦車隊の被害は少ない。

 であればせめて。

『大砲運用班!一次コンデンサを98%でプールしたまま二次コンデンサを最大充電!四連射を行う!』

『回路が焼き切れますよ!?』

『やれ!……命令だ』

『了解、しました』

 普段自らを支えてくれている同僚へ敬意を欠かさない自分が、あえて強制力のある言葉を使った覚悟を察してくれたのだろう。急速充電の開始と共にシステムが警告を訴えてくる。

(これくらいはやらせてもらいますよ少佐。そしてごめんなさい左竹さん)

 整備部隊の後の苦労を思って最も信用する相手へ謝罪の念を送り、覚悟を決めた。

 だが敵味方の準備が完了する直前。

 自分の射線の先、敵レーダー車両が布陣する隊列後方の北側で巨大な着弾爆発が起きた。それは水面に拳一杯握りこんだ石たちを投げ付けたが如き、複数の着弾衝撃が一度に吹き上がったものである。

 敵車両が6台同時に消滅した。

『多弾頭分裂砲弾!?どこから……いや』

 ガラティアンの全周視野の中、自分がいる崖上の北側方向に集中する。

 そこにあるのは姿だけで敵を威圧するガラティアンの何倍も巨大な砲塔。損傷によって沈黙していたはずの鋼鉄が威力を発揮していた。

『通信断裂していた北砲台。誰かが直接乗り込んで撃っているのか……!』

 言う間に更に北砲台が射撃する。超大型砲で無ければ出来ない高重量弾頭の砲撃で敵がまとめて吹き飛んでいく。耐えかねたように端から回避行動を取り始めるが、サッカーコート2面分を一挙に打撃できる多弾頭分裂砲弾からは逃げ切れない。

 北砲台へ直接通信を送った。

『北砲台へ、こちらガラティアン、絶好の砲撃をやったイケてる奴は誰だ』

『初めまして明日特務軍曹!この度晴れて塹壕基地に配属となりました黒竹くろたけっス!』

 発射音に負けぬ意気軒高な、花火の様な声が返って来た。

『あっ、すみません。階級は上等兵っス。あ、違え、上等兵、です。押忍!!』

『了解黒竹。緊急だ、慣れない言葉遣いは許すよ。で、何故そこにいる』

『ここの修理に使われてまして、せっかく凄ぇ砲があるのに雑用ばっかでくさってたんっスけど、いやそれじゃねえ、とにかく逃げる間もなく襲撃が始まっちまって、他の連中と一緒にここに退避してたっス。でも基地への通用路が崩れままでして』

『空襲が止まった時に地上から退避できたろう。今はお前以外に誰もいないのではないか。なんで北砲台に残った?』

『あー……それは……』


            §


 黒竹は返答を躊躇った。

 攻撃される恐れがある位置へあえて残った。

 それは訓練に無い行動。命を零しかねない、感情故の理由。

 結んだ唇が歯を隠す。普段笑い顔が多い自分が他人に見せてしまう白い歯。かちりと噛み合わさってしっかり食いしばれる良い歯だと、褒められたこともあるそれは、何かと同じように隠れてしまっている。

 だが、自分の心は正直に躊躇いを捨て去った。

 閉じていた歯を開いて言葉を話す。

「俺のじいちゃん言ってたっス。後悔は撤退できなかった時は当然にある、でも撤退したことでも持ち得るって」

 殿しんがりなんて救助隊が来ることを信じていなければ出来はしない。だが現実は救助できる見込みが無くなれば被害を増やさないために見捨てられることが殆どだ。

「自分を逃がしてくれた仲間を見捨てるたびに、助けられる力と機会があればって、泣くほど後悔した……て」

 子供の頃、世界で一番強いと思っていた祖父が、一度だけ曲がった背中を向けて語った言葉。どんな戦傷よりも深く癒えないきず

 俺は、それを見た。

「だから俺、ここに居たんです。そうならなければいいと思いながら、そうなった時、この砲台と学んだ技があれば出来ることがあるかもしれないって」

 指揮本部の許可も無く砲台を個人の判断で使用するなど、どうなっても後に重罰だ。一番ましでも除籍。今まで血と汗と引き換えに身に刻んだ全ては発揮の場を失う。悪ければ、銃殺刑だ。

 だがそれでも。

「ここに居るべきだと、そう思ったっス」

 そして。

「仲間の窮地が目の前にあって、自分には力を使える位置と技があった」

 故に。

「撃たねばならないと、そう判断したっス!!」

 自動装填装置によって次弾が砲に込められる。北砲台は今、戦術AIとは連動してはいない。照準は自分が定める。

 マニュアル制御台のモニタに弾道予測が表示された。そこに自身に刻んだ知識、継承した技、足りない経験を組み込んで弾道を決定する。

 衝撃に耐えるため全力で食いしばり、鼓膜への圧力を減らすために口角は広げる。

 砲撃する時は笑顔で。祖父から教わった技だ。

 発射スイッチを押す。砲弾は発射されず、警告が表れた。

 ≪手動照準:弾道予測精度基準値未満:本当に発射しますか?:yes|no≫

 返答は、発射スイッチを押し込むことで行った。

 重砲撃。

 五十口径90センチメートル砲。最先端技術で反動は抑えられていても、本来は砲台内部に人間の存在を許すものではない。

 緊急用の手動操作席は、耐衝撃服を着用して使用することが前提だ。もちろん、修理で中に居ただけの自分は着ていない。

 全身が骨折しそうな衝撃が体を打撃しイヤーマフを貫通して轟音が耳をつ。音は消え意識が飛びかける。散じた血はどこから出た物だろうか。

 最初から、撃つ度にこの衝撃を受けている。

「……次弾装填!目と耳だけ生きてりゃ撃てる!」

 最先端技術の自動化万歳だ。

「だから、頼みますよ。どうか、中止命令だけは勘弁してくださいっス……!」

『こちら管制室松林、なにまた無茶やってんだバカ竹』


            §


 明日は北砲台からの通信に管制室が応答するのを無線から聞いた。

『こちら管制室、北砲台を通信ネットワークに組み込み完了。これで指揮本部からの声も通るし連携も可能だ。軍曹、中尉、部下を出して頂き感謝します』

『管制室……松林……バッちゃんか?てっうわ、砲弾搬送口からなんか来たっ』

『その呼び方止めろ。それと無線接続のついでに色々送ったからさっさと本来の装備を整えろ。まだ遠隔操作は無理だ。以降は無線通信にて連携し攻撃に当たれ』

 体に装着する正式な無線装置に切り替わる短信ノイズが幾度か起きた後、再び黒竹の声が聞こえた。先ほどまでより遥かにクリアな音質だ。

『装備はありがてえけど、その、少佐は……』

 声は溌溂としながらも震えを含んでいた。これに答えられるのは私だろう。

『心配いらないよ。罰はあるだろうけど療養の謹慎くらいさ。言っただろう、絶好の砲撃だって。壊れたままだと思っていた化物砲から攻撃食らって敵は大わらわさ』

『罰は無論ですけどそれで許されるのは本当っスか……あの少佐が?』

 褒められてもまだ不安そうに歯切れ悪く答えてくる。ならこれを聞いたらどうか?

『お前の見事な砲撃は確かにお認めになるさ。何せ、少佐は元砲手だからな』

『えええー!?』

『なんでバッちゃんの方が驚いてんのさ。いや俺もびっくりしたけど』

 良い反応に思わずしたりと感じてしまう。ともあれ不安はもう無いだろう。

『では黒竹、引き続き北砲台は任せた。ああ、でも二人とも、勝手に少佐の経歴を話したことは秘密にしておいて。私が少佐に怒られちゃうよ』

『押忍!改めてよろしくっス明日特務軍曹!』

『返事は了解だって言ってんだろバカ竹……。はあ、北砲台、攻撃を継続せよ』

 心気ある若武者によって北砲台が復帰し、レーダー車両群へ攻撃の目処が出来た。

 一兵卒があそこまで粋を見せた以上、こちらも一手打たねば守護者のが廃るというものだ。何より、それでようやく反攻の足掛かりを作れる。

 その一手の為に必要な人材へ通信を飛ばした。

『送電制御班、高崎応答しろ』

『あー、はい。送電制御というAIの仕事を眺めるだけの分隊ひとり、高崎ですが』

『ロックンロールをやる。送電制御を任せるぞ』

『ぐえっ、またですかー』

 ロックンロールは二人だけで通じる符丁だ。それは速射の負荷が大きい電磁砲にてフルオート射撃の様に全弾を一気にち撒ける強攻射撃。

『前回は撃ち切るまでに結局ボカンとなったじゃないですかー』

『だからこそ今回は成功する。左竹中尉の一番弟子のお前であればこそだ』

『とっくに破門されて今じゃ閑地で一人ぼっちですよ。ま、自業自得なんでそんなのはどうでも良いですけど。ある意味らくちんになりましたよー』

『……それは、悪いと思っているよ』

『謝罪は頂けません。共犯だといったでしょう俺達』

 前回の作戦で実行したときは、成果と共に損害もあった。罰を受けたのは二人同じだが、責任の取らされ方は高崎の方が厳しいものだった。

(本人は、当たり前のことですー、なんて言っていたが……)

 飄々と振舞っているが、高崎は信念、根性、才能、全てに意地を掛けて、仲間を援護する部隊に志願した男だ。それが師に縁切られ、技能も封じられ、ただ仲間の戦いを見ることしかできない状態でいて平気な訳がない。

(その上でまだ私に気を使ってくれている)

 そんな奴をまたしても無茶に巻き込もうというのか。

(その通りだとも)

 何故ならば。

『殿を助けに行けない苦しみ。防衛作戦しか経験がない私には想像しかできないことだが、目の前で仲間を失う痛みは知っている。もし、あと一つの力があればと』

 でも、前回でそれを思っていたのは自分だけではなかった。だから二人だった。

 ゆえに、命令ではなく。

『頼むよ高崎。仲間を助けるなら、出来うる最大を実行したい』


           §


 粗末な丸椅子に座る高崎は天井を仰いで痛い背もたれに寄りかかった。暇つぶしに作った地下でも使える無線傍受機だ。首のタグチェーンが揺れてかすかに鳴る。

 そこは、小部屋中に送電系各所のアナログ監視計を埋め込んだ、ケーブル通用口の間隙に作られた制御室もどきだ。AI制御においては不要であり、存在するのはほぼあり得ない緊急の備えで、常勤など必要もない場所である。

 そんな場所で自分は考える。

 だらりと脱力した手がぶらぶら揺れる。バイオリニストの様に長い指と大きな掌は、しかし美しいとは言われない。筋肉はしっかり付き皮は厚く細かな傷が多数ある。幾度となく自ら鉄を組み上げソースコードを叩き込んできた技師の手だ。

「バカ竹もバッちゃんも、相変わらず無駄に周囲をあてる。お前らも共犯だぞ」

 独り言だ。

「軍曹殿も人ごとの様に。一番深手だったのは貴方でしょう。それに比べれば、処分を気にしてないというのは本当なのですがね」

 前はロックンロールを提案して強烈に反対された。少佐殿ではない。中尉殿だ。

 何故ならば、電磁砲の超速射はパイロットの意識に甚大な負担を掛ける。あの時の中尉殿といったら、本当に軍人ではなくただの心優しい青年だった。

 故に最終的に少佐殿が殴って許可を下したが、結果はこの通り。電磁砲とガラティアンの一部は見事爆散。軍曹殿は今の今まで休眠待機。自分は破門されて島流しだ。

「そんな事になって、またもう一度なんて。そんなこと……」

 音しか聞いていない戦場の様子を思い浮かべる。

 前回の襲撃で軍曹殿が倒れた後のことを思い出す。慣れることの無い、仲間が消滅する光景。そんな絶望を思い出してしまったら。

「そんなの、やるしかないに決まってるでしょう……!」

 両足をしっかり地面につけ背筋を立てる。

 構え上げる手。反り返るほど柔軟で、太いばねの様に力を弾ませる傷ありの長い指。それをロータリやトグルスイッチも混じる古臭いコンソールの中で瞬発させた。

 システムオン、インライン。

 首に下げていたチェーンの先、メモリデバイスを手に掴む。ここに送られる際に、中尉殿からもらった餞別だ。

「上級士官級アクセス権限キー。こんなもん渡したからには中尉殿も共犯ですよ」

 デバイスに張られたシールには短文が一つ。

 ——代わりに、頼む

「個人的に助けてやれない自分の代わりに、軍曹殿のことを頼む、ですか」

 こんな身勝手を言われるまでも無い。だって。

「あなたも”仲間きょうはん”なんですよ、軍曹殿」


           §


 明日は高崎からの応答を聞いた。

『前回失敗した理由ですが』

(——やってくれるか!かたじけない)

『謝ってないで聞いて下さね』

 音声にはしていないが心を読まれた。

『要はダンダンと断続的にコンデンサへの送電と発射をやっちゃうから電圧の急高下きゅうこうげで高負荷が掛かり破損するのだと思います』

 ならばどうするのか。

『炉心から砲までをパススルーで一本化し高電圧を維持。ところてんみたいに弾頭をダーッと流しだせば致命的損傷を避けて可能だと予測します』

 制御室といっても所詮はサブコントロールだ。本来であれば送電経路の変更など出来るはずがない。だが高崎が言うからには、方法は分からないが出来るのだろう。

 しかしそれでも問題はある。

『経路上の全ての機器の安全機構セーフティを誤魔化す必要があります。砲より手前までは俺がやりますけど、砲自身の安全装置、というか単発機構をどうにかできるのですか』

『高崎は知っての通りだが、巨大な電磁砲といっても基本設計は小銃とほとんど変わらない。そしてボルト式ライフルではなく、フルオートライフルの様にマガジンから自動で装填されている。確然な単発発射は安全機構の賜物だよ』

 驚嘆するべきは電磁気力を利用する大砲の安全装置に機械式を用い、かつ高速確実に動作する点だ。故にその気になれば暴発を気にせずバースト射撃の真似もできる。これを設計した左竹中尉の天稟と学の深さが分かるというものだ。

『で、その安全機構。性能の高さの割には実に簡易で整備性も優秀だ』

『……つまり?』

『サブアームでも突っ込んでべきっとやれば外せる』

『うあー。中尉殿にもどやされるやつぅー』

 ははは、と思わず心中でから笑う。ほんとにごめんなさい左竹さん。

『ガラティアン自体にも連携する安全機構があるが、まあ私の方で何とかなる』

『中尉殿の設計ですよ?一つでも不備を検知すれば停止するのでは』

『じゃあ、どうする?』

 質問に質問で返答する。一瞬の沈黙があったが答えは直ぐに出された。

『……ガラティアンからのケーブルを砲に接続して非常時回路に切り替えて下さい。ダミー回路をシステム上に形成して、情報的な安全装置の作動を出力します。物理的な安全機構は壊すのではなく、メーンケーブルを接続したまま外してサブアームに固定して下さい。動作さえしていればがあっても故障とは認識されません。他の機構とは物理的には連動していないですからー』

『……やはりお前にしか出来ないよ、この役目は』

『この辺り、少佐殿のテコ入れがありましたからね。”非常時だからこそ攻撃機能を維持すべき”というのは、中尉殿の思想とは異なります。まあ、だから付け入る隙もあるもんです。中尉殿の設計通りなら絶対不可能でした』

 彼らの内心はどうあれ、役職上ぶつかり合うこともある。それでもこれだけの兵装を作り出せるのは、お互いの信念を知るが故の信頼があるからだろう。

『とにかく、可能な事は分かったな』

『バ……黒竹が気張ってくれているうちにさっさと済ましましょうー』

 通信が切れてお互いに準備を始める。電子系的にも機工系的にも精妙巧緻な作業であったが、僅かに一分で完了させた。

 高崎に呼び掛ける。

『こっち済んだぞ高崎。そちらはどうだ』

『OKですよ。ただし長くは持ちません。早くやっちまって下さいー』

『了解……!』

 照準。

 次の北砲台の攻撃に合わせて撃つ。それで敵のレーダー車の半数が撃破できる。

 敵は砲撃されながらも態勢を立て直し、軍団統制飽和攻撃の準備を再開している。やはりハイパーステルスの通信車両が戦隊機能を維持させているのだろう。本来であればそちらに叩き込みたいところだが位置が分からなくてはどうにもならない。

『撃つか黒竹……!』

 北砲台の砲塔が動いた。

 こちらも引き金に当たるコマンドを構える。最重要は意識負荷に耐えることだ。撃って昏睡したでは前回の二の舞。どんな酷痛も飄然と流して見せよう。

 思考加速を開始する、その寸前だった。

『待て、北砲台、ガラティアン』

 指揮本部の少佐の声が割り入った。

『待ちません。ここが分水嶺です』

『今更撃つなと!?』

 私と同時に黒竹の抗議が飛ぶ。

 だがばれては仕方ない。正式に停止命令として発される前にこっそり黒竹に通信してせーので撃ってしまおう。

 しかし指揮本部からの無線に聞こえてきたのは意外な物だった。

『――ふ』

 一声だけのいぶし銀の吐息が笑い声だと気付くのに一間ひとまかかった。

『何を言っている二人とも。撃つなだと?この瞬間——』

 今度こそ、少佐が明々と声を上げる。

『この——絶好の逆転場に!』


           §


 指揮本部にて、矢引は揚言した。

「全隊聞け!」

 銃口の様に硬く鋭く、力を秘めたでモニタの向こうの戦場を射抜く。

 逆転へ至るために必要だったピース。その存在を伝える。

「敵部隊構成の完全解析が終了した」

『ハイパーステルスを見破ったのですか?この短時間にどうやって』

「北砲台の攻撃で一部のハイパーステルスを巻き込んでいたのだが、この中に敵兵が乗車していた。非常時の救援信号が全出力で発信されたのだ」

 ICSの車両は基本的に無人運用、しかし戦術的に無意味だが有人稼働も可能だ。そして、今回の襲撃でも必ず有人車両がいると踏んでいた。

「実際に損傷した車両はごく一部だが、他の車両に搭乗していた敵全員がパニックになって緊急発信を打った。この信号は秘匿性を無視して伝送される。故にこれを発信する内の一点を集中解析し、ハイパーステルスの隠蔽機能を全て把握した」

 一台でも仕組みが完全解析できたならば十分だ。敵車両は超大量生産ゆえに仕様は一括同位になっている。後は戦術AIにデータを渡してやれば判定を自動化できる。

 更に総攻撃準備で一時的に戦場のノイズは激減していた。残りのノイズもデータが判明している味方砲撃の物であればフィルタリングできる。これだけ条件が揃えば。

「戦況解析で、姿見えずとも何処に何がいるか丸分かりだ」

 現在は緊急信号にも隠蔽が施されたが、後の祭りというやつだ。

『位置が分かるならば集中砲火で通信車群だけでも破壊できるということですね!』

 管制室から松林の弾んだ声が届く。

「みみっちいことを言うな松林。言ったぞ。絶好の逆転場だと」

『えっ、少佐?』

みな、ここまでよく凌いだ」

 通常よりはるかに足りない戦力で、二十倍の敵軍の攻勢に耐え続けた。

「鬱憤で腹が一杯だろう?ではここいらでぶち撒けてやるとしようではないか」

 一息、間を付ける。

「――総攻撃だ」

 敵は無尽に近い。一時的に機能不全で撤退しても直ぐに第二波が来る。ならば。

「一撃で敵軍の半数を叩き潰す!」

『こちら解析部、敵の攻撃まで残り170秒です』

「総員聞いたな。あと170秒だ。各位、最高火力の準備までの時間を言ってみろ」

『こちら戦車隊臨時総隊長、大國だ。全車150秒で前方火力投射陣までいける』

『北砲台、黒竹っス。140秒あればどこへでも完璧に照準合わせるっスよ!』

『こちらG-3、準備完了済み。あとは目標指示に合わせるだけです。ただ……』

『もう回路を加圧しちゃってますので、保証できるのはあと90秒ですー』

 攻撃手各員からの応答が揃う。

「良し。ならば……120秒だ。総員120で攻撃を構えろ!」

 しかしそこに専用回線で否の声が掛った。左竹だ。

『待ってくれ少佐。頼まれたあれはまだ最終調整が済んでいない。120は困難だ』

「ほう。流石の”千手技工せんじゅぎこう”にも無理か?明日あけびには合わせてやれないか」

『——ッ!このっ……良いだろう少佐!後始末でぶっ倒れても知らないからなっ』

 雑音を打って専用回線が切れた。

「ふん、自身の全力に怯えるなといつも言っているだろうが」

 総員へ号令する。

「統制総攻撃、準備掛れ!」


           §


 大國はハッチから身を乗り出し、破鐘われがね大音声だいおんじょうで戦車隊を指揮した。硝煙で染めたような灰色の短髪が走る戦車の上で風を切る。

「おぅら止まるな!走れ走れ!交差走行輪形陣に比べればこんなもんは唯の”前へ習え”と同じだ!隊列変換最短記録、超えてやるぞ野郎ども!」

「車掌、外に出ずとも中の戦況映像を見れば指揮できるのでは!」

「老眼でちっこいモニタの豆粒なんぞ見れるか!左竹の坊主も気が利かん」

 出来ない訳ではない。先程までは多機能モニタを駆使して指揮を執っていた。

 だが今はとにかく急ぎの動作だ。ゆえに身をさらしての目視誘導である。

 自分の目で周囲を見渡せば、僚車の位置は遅延ゼロの鳥観図となって頭に出る。

「ポイント着くまで速度落とすな!第五小隊と第十二小隊そのまま直交しろ!そんだけ車間空いてりゃあ互いの隙間を抜けられる!第二小隊と第二十二小隊はいったん外に出て全速で側面へ行け!第八小隊と第十六小隊、空いた隙間に突っ込め!停める時はフルブレーキだ!バリケード突破か対衝突訓練だと思え!」

 車両が走り、交錯し、スライドパズルが解かれるように全体像を顕にしてゆく。

 だがまだ遅い。

 AI指示なしの軌道を自分達だけで操縦することに自信が無いのだ。

「野郎ども。お前らにの乗り方を儂は教えた。お前らは充分に自分を鍛え上げたとも。だが、熟達ゆえに思い出せなくなることがある」

 それは。

「なんの為に戦車が必要なのか」

 戦術論ではない。経済論ではない。そう在るべきという信念。

「人を守る方法は一つじぇあねえ。経済、政治、情報。戦わずして平和でいる事が最善であるならば、確かに兵器も兵士も要らなかった」

 かつての時代を思い出す。国の舵取り共は、長くない平和の間に闘争が常に隣にあることを忘れ、世界の変化を見逃し、武力の代わりに民衆を守るそれを私欲の為に手放した。そして国が滅ぼされたあとでようやく人々は思い出した。

「力が無ければ、奪われることを拒絶できない」

 国家は消滅した。だがおぞましい幸運によってほんの一部だけは残った。

 再び金属の装甲に触れる。

「力だ。守る為に装甲し、攻める為に砲撃する。……戦う事で守る力だ!」

 それは、戦士の存在理由。

「思い出せ!お前たちは、戦って人を守る意思その物だ!!」

 指を高く上げ指し示す。守護の戦士の最たる証明。白き巨人。

「この戦い。儂らは衆生と仲間の盾となりながらも、同じ仲間に守られ続けていた」

 それは恥ずべきことではない。

「だがそれだけで満足か?少女に守られ、安全地から撃つだけで十分な役割か?同じ戦士だと胸を張れるか!?」

 拳を握り胸板に叩き付ける音を無線に轟かせる。

「ここで全力を撃たずして、何の為の戦車か!?」

 戦車隊の動きが、変わった。ただの機械の如く正確無比な軌道ではない。体を駆け巡る血潮の如き隆盛な動きへと。

「それでこそだ。借りを返すぞ野郎ども!!!」


           §


 北砲台、黒竹は疑問符を思い浮かべていた。

「なんだこの砲弾?」

『中尉からの贈り物だ。使い方は砲弾表面に書いてあるらしい。しくじるなよバカ』

「せめて竹まで言えコラ!あ、もう切れてる。管制室も大忙しかよ」

 悪態をつきながらも指示通り砲弾表面をモニタで確認する。

 速乾ペンキで殴り書いた文があった。

「”敵陣後衛中央上空700メートルに送り込め”?」

 もう一つ、これは正法で刻印されたおそらくは砲弾種。

 ”Multistage explodes Slash armor Shrapnel”

 ”― MuSaSh ―”

「多段炸裂装甲斬滅榴散弾、ムサシ、か?」

 分からないがこれは重要ではない。必要なのは前者だ。

 敵陣後衛はレーダー車両や通信車両、護衛の対空車両群が並んでいる隊列だ。

 元よりその付近に、効力範囲を広く取るためにやや高めで多弾頭分裂砲弾を撃ち込むつもりであった。しかしこの砲弾が代わりに送られてきたのだ。そして昇降機に乗った重量は段違いになっていた。

「7トンって……」

 多弾頭分裂砲弾が約4トン。1.5倍以上も重い。体積はほぼ同等。

 一体中身は何だろう。

 だが今は気にするところはそこではない。

「重心バランスとかはさっきまでと同じか。いやむしろ」

 超重量弾頭が装填され、大伽藍が鳴り響くような正調な振動が足に伝う。

 たちの悪い弾は込めた時に砲身から嫌な響きがした、とは祖父の言だ。

 ならば、少なくとも設計はすこぶる良いはずだ。モニタリングしている範囲の情報でもそれは分かる。

 後は自分の役目だ。

 照準器が表示されているモニタを視る。砲塔操作用のレバーを掴んだ。

 深く、息を吸う。

 呼び起こす。

「質量、面積、抵抗係数」

 砲弾を目標へ届かせる数理。

「発射速、発射角、発射高」

 AIですらなく制御台内蔵のシステムでも充分な弾道計算はできる。

「風速、風向、気温、湿度、重力」

 だが、その変数へ入力される数値げんしつは刹那も留まりはしない。

「緯度、経度、地形、日時、月齢、粉塵、振動」

 其れを補完することが砲手の経験と技。だが最早、で人間がコンピュータに勝れる時代はとうに終わっている。

 それでも、呪文のように繰り返す。

「質量、面積、抵抗係数、発射速、発射角、発射高、風速、風向、気温、湿度、

 重力、緯度、経度、地形、日時、月齢、粉塵、振動、砲塔状態、砲弾状態、

 砲固有特性、弾頭固有特性、時間連動変動、地域固有変動、要因不明変動」

 どれだけ巨大な計算資源で撃とうとも、外れる時は何故か外れる。計測誤差、発射後の変動、認識外の性質変化。未来どころか現在の全ても把握できない以上、地上には絶対に当たる砲も、砲術もありはしない。

 故に、集中する。

 自意識が深く深く沈み込み、思考とシステムが合一していく。

 照準を、定めた。

 だが意識は浮上しない。経験と現状が混じり合う。過去と現在があやふやになる。

『じゃあ、どうやって当てたらいいの?』

『難しいからのう。もうこれ以上、人には無理なんじゃないかのう』

 どこかで子供の声がある。

 それに答える声も。

『でも、おじいちゃんは当てられたんでしょう?どうやって当てていたの?』

『ようわからん。結果を決めるのは現実じゃからの。当たったということは、外れなかった、という、それだけのことなんじゃ。自分で当てたんではないんじゃよ』

『じゃあ……砲手は何を決めればいいの?』

『意思、じゃよ。視るという意思。撃つという意思』

『意思、だけなの?』

『あとは、じいちゃんは、それを持ったまま想像を膨らましたの。射程圏なんてちっぽけなもんじゃなくて、大きくおおきく、地球よりも、宇宙よりも、広くひろーく。そうすると、頭がぼんやりしてきて、なにか水面をのぞきこんどるような気分になっての。そこに映っとるゆらゆらがぴたりと会ったときに撃つと……』

 意識が戻った。集中は継続されたまま。システムも環境の不変を表示している。

 だが。

「——」

 一度決めたはずの照準を、ちょっとだけ右に動かした。


           §


 高崎は目まぐるしく手を動かしている。

「はー、忙しい忙しいー」

 90秒というのは安定している時間ではない。常に不安定な経路を全力で制御して破綻を防いで作り出す90秒だ。

 しかもそれを30秒も伸ばせと言う。

 ここは本式の制御室の様に各所の計測と調整を統括管理するシステムなどない。

 ばらばらに表示されているメーターを関連付け、相互作用している各機材がそれぞれ持つ多数のスイッチを切り替えることで、経路全体の制御を実行する。それをやるには自分の脳みそを使うしかない。

「脳の方はともかく手が足りますかねー」

 計器とスイッチが上下左右にひしめくコンソールで、高速確実に手指を振り回す。だが人の手指はたかが五ゆび二肢。それ以上のスイッチを同時に操作する状態になったら破滅だ。

『管制室より送電制御班へ、中尉より伝達。炉心出力5.2%上昇予定、対応せよ』

「はあ?どうやって?」

 対応の方ではない。

「炉心制御は司令官権限。制御室へは独立直下の人間以外近づけもしない」

 塹壕基地の司令部は最下層で引きこもりだ。実在するかさえ怪しまれている。炉心制御は事実上、完全自動のはずだ。

『中に入って直接、だそうだ』

「……炉心内の制御棒マニピュレータに直接接続したのか。大概ですよ、中尉殿」

 直ぐにでも人のことを言えるゆとりなど無くなるだろう。

『……大丈夫かよ、ウメッち』

「やめてくんないその呼び方」

 俺のフルネーム、高崎梅。あだ名が有名ゲーム機からもじりウメッち。

「それと、俺の腕を侮らないでよね」

『そっちじゃあない。体の方。そこ、爆圧を抜くために外気通してるんだろ』

「ああ、火薬アレルギー?余裕で後3分は持つよ」

 動かし続ける腕に赤い花模様が浮かんでいる。重症ショックの前兆だ。

『……。どうして、そこまでやれる、いや、やると覚悟できているんだ』

「おしゃべりだねバッちゃん。もう管制は落ち着いたのかー」

『俺は、慌てふためいてばっかりだ。きっと、軍曹やお前、黒竹や少佐や中尉みたいに覚悟が決まっていないから。だからいつも、いつか失敗を犯すかもと……』

「どうしてって言われても、答えはテキトーな事しか言えないけどねー」

『それは……?』

「同胞が失われること、それを見ているだけでいることを自分に許さないから」

 かつて、敵国がよくやったパフォーマンスがある。10万人を町に詰め込んで丸ごと燃やす”天誅焼鬼”。子供の頃、炎の壁を丸焦げになって抜け出し、自分の世界の全てが燃え尽きていく様をただただ眺めていた。

「失ったものは戻らない。敵は、なんて言うか、そういう物だ。憎んだり怒ったりしても意味が無い。だから許さないのは自分だ。可能不可能ではなく、その時にやろうとしない事。二度と見ているだけなんて許す物か」

『だから、次世代ガラティアンのパイロット候補から降りたのか。兵器に搭載されたら自分の意志で動き出す機会が無くなってしまうから』

「ひょっとしたら、そうだったのかもねー。でも根本的には無関係だよ。その瞬間に自分に出来ることを絶対にやる。誰だって、それしかないのさ」

『いつか軍曹も、逆の言葉で同じことを言っていたよ』

「げ、マジかよ」

『やっぱりすごいんだな、みんな』

「あのー、その言い方は諸方面から俺に苦言が来るような気が——」

 言葉の途中だった。一吹きの風が外から流れ込んできて。

「——!!」

『ウメッち!?』

(アレルギーショック——緊切に——このタイミングで——!!)

 筋肉が硬直し、指先や顔筋が細動する。冠状動脈痙攣だ。

『ウメッち!おい、梅!!救護班、送電制御室へ——』

(ヤメロ まだ 役目 軍曹ドノが おれしカ)

 無情なり。血流が停止した脳は数秒で意識が飛ぶ。体が後ろへ倒れていく。

 故に、注薬器を取る前に心臓を動かす対処をした。

 急造されたこの部屋はどんな馬鹿がやったのか、高圧線が壁から食み出している。

 意志の力だけで体を動かす。

 右手の甲で高圧線に触れた。感電ショックで跳んで対面の壁に叩き付けられる。

 それで、心臓が一拍動いた。

 左手で注薬器を抜き頸部に叩き付ける。

「——ヒュかっ!」

 硬直が解けた。

 だがまだ心拍は戻らない。

 その時、一斉に十の警告灯が光った。炉心から押し寄せた電圧の津波が来たのだ。

 修正には二十のスイッチを一度に操作せねばならない。

 不可能だと思考が告げた。

 ——心臓が止まったくらいで、許す訳が無いだろうが!!!

 声は出ない。だが叫ぶ。

 そして動いた。

 肘、腕、掌、五指、右手の全部で十を押し、左手で残る十を処理する。

 修正完了。

 その直後、目の前で一個の警告灯が起きた。

 ”炉心接続カット”

 既に動かせる手は無い。

 だから、首を伸ばしてレバースイッチを嚙み、下へ落した。

 電送経路が安定した。

 今度こそ、音に出して叫ぶ。

「軍曹殿おー!!」


           §


 白い装甲を色づき始めた日に染めて、ガラティアン、明日特務軍曹はそこに居た。

『ああ、もちろんだとも高崎』

 ガラティアンの準備は更に改善されている。

 立ち位置は7番リフト口の後ろに移っていた。ゲートは僅かに開いた状態だ。

 ゲートの前半分を跨ぐように三脚架が据えられている。そして、ゲート中央に組み上げられた別の支持器に、隙間を通ってリフト内から延びる物が懸架されていた。

 それは、砲弾がまるで機関銃の弾帯ベルトの様に連なっている物。だが砲弾は布や金属のリンク帯に差し込まれてはいない。

 磁力だ。砲弾自体が磁石の様に互いに吸着していて、その力は装填された時点で霧散する。速射対応の追加装備。

『磁力式砲弾帯』

 弾頭自体もこれまで使っていたものとは異なる。それは砲弾自体が砲身とは逆向する電磁力を持つことで、更なる加速と電力負荷の低減を両立させる物だった。

『帯電磁性砲弾』

 それだけではない。砲弾表面はプリズムの様な瞬きが星の如く細かく散りばめられた補装がされている。

『低密度非晶質氷多層被膜』

 発射の際の摩擦熱を昇華によって吸収し、ヒートを防ぐための物だ。

 電磁砲を縦に構える。把持する位置は砲身部だ。右手が砲口に近い前方を銃床側から握り、左手がグリップ前の後方を覆いかぶせるように掴む。

 ガラティアンの特異質セラミックは、熱エネルギーも吸収できる。砲身の安定性を考慮しない持ち方は、砲身から吸熱する為だ。

 また、マズルアタッチメントが取り付けられている。普通のマズルブレーキが噴射ガスを偏向して反動抑制に用いる代わりに、放射される電磁場と帯電磁性砲弾が通過する際の電磁場を絡めとって収束させ、力場を形成して反動抑制に用いるものだ。

 平たいそれは砲身長に匹敵する長さであった。

『電磁場収束砲口制退器』

 これらは前回失敗した後から直ぐに設計、製造されていたのだ。

 全ては、自分の思いに答えた意志たちからの賜物。

 長く幅広いマズルブレーキと繋がる円筒の砲身を握りこみ、縦に構えた状態から三脚架へ、ゆっくりと水平に向けていくガラティアンの影。

 それはまるで、剣を勇士の肩に添えて礼賛を与える貴人の姿に見えた。

 速射対応電磁砲が三脚架へ重量を預けた。金属が合致する涼音が響き、三脚架の脚が地面へパイルを打って固定する。

 同時にマガジン部へ砲弾ベルトが接続され、即製の支持器が細かな鋼に分かれて安全に崩れ、無数の大鐘が打ち鳴らされたかのような震えが大気を満たした。

 準備は、整った。

 管制室へ連絡を送る。だが、そこでふと別の思いが浮かんだ。

『矢引少佐。貴方は戦争に勝ったら何をするのですか』

『知るか。勝ち、生き残った後が前提など、戦闘中は最も不要な思考だ』

『そんな現実的な話ではないんです。試合の前に音楽でも聴いてリラックスに導くような、そんな無意味で”たわけ”なことです』

『……少なくとも、軍務は続けているだろう。戦争が起きたから入隊したのではない。最初から軍人だったから戦争をしているのだ。お前とは、違ってな』

『つまり、私は勝った後は好きにすれば良いと、そうおっしゃっておられる?』

『どう捉えても結構。そういう話なんだろうこれは。……リラックスできたか』

『はい。ありがとうございました』

 通信を終了する。

 吐息一つ分、間を空ける。

『高次思考加速、開始』

 世界が、止まる。

 パイロット補助機能を最高位展開した視界は、万象の見切りを可能にする。

 超連射砲撃の最初の一発を撃ち込む地点へ射線を向けながら、考える。

 皆、立派だ。

 それぞれの信念を持ちながら理不尽に耐え任務を全うし、たっった一つ、未来を得るという目的を共有して戦っている。

 でも、私は少し違う。

 未来を得ることだけではない。そこに持っていきたいものがあるからだ。

 つまらない日々。普通の街並み。通り過ぎる知らない人々。

 役立てる必要が無い勉強。机の上の昼寝。小うるさい説教。

 親しい友人たち。興味のない会話。興味しか沸かない話題。

 そういった全てを、未来に持っていくために戦っている。

 もう、取りこぼしてしまってどうにもならない物の方が多いけれど。

 でも、一番持っていきたいのは、選択できることだ。

 迷い、悩んで、時に苦しいほど考えて、沢山ある中から、自分にとって一番大切だと思うものを選び取る。

 それを手に入れる努力に人生を使うという選択をすることが出来る。

 かつての世界でそれは、ゆめ、という名前で呼ばれた。

 ここに至るまでの過去を思い出す。

 私には、自らの生死を選ぶ権利が無かった。ガラティアンのパイロットにならない選択を選べなかった。生きる為には戦う以外の方法が存在しなかった。

 しかし、選べなかった人生でも、生きて望む物があるならば代償を払って全力を発揮することに不満は無かった。

 そうして戦っていたら、新しく得る物があった。同じ世界で、自分に比べれば余りにちっぽけな力しか振えない同僚たち。

 最初は仕方が無いなと守った。だが守り合うようになって、こんな奴らもいるのだと知った。背中を預けて突撃するようになった頃には、この仲間たちを絶対に未来へ連れて行かなければならないと考えるようになっていた。

 だって、面白そうだ。こんな世界で戦えて笑える連中を、選択する権利があるという異世界へ連れて行ったらどんな反応をするのか。

 きっと迷子みたいおろおろするに決まってる。その手を引いて、偉ぶってあれこれ教えるのはきっと楽しい。

 そうして、持っていきたいものが増えた。

 その実現の為に必要なことはたった三つだ。

 自分以外を守ること。

 戦って勝つこと。

 生き残ること。

『守護、勝利、生存』

 たったそれだけの為に。

 私は全ての敵と戦おう。全ての力を放ってやろう。全てのものを守って見せよう。

 何度敗北しようとも、何度命を奪われかけても、何度大切なものを喪失しても。

『決して、諦めることは無い』

 初めて、選択する権利が無いことに感謝した。

『全ては私が欲しい未来せかいの為に』

 今、白き巨人と完全に一つとなる。

『——照準』


           §


「統制総攻撃!カウントダウン五秒開始!」

 北砲台にて黒竹が照準する。歯を見せる大きな笑顔で発射ボタンを構える。

「四!」

 戦車隊の最大火力投射陣形は完成した。全車が砲塔を上げる。

「三!」

 ガラティアンが超速射電磁砲を握り込む。ゲートから漏れ出した白い冷気が、まるで雲海のように地面へ広がり、晩照で巨人と共に金色こんじきよりも温かい彩りに染まる。

「二!」

 西崖面が突如、数多あまたに開口を作った。新規艤装された大口径連装砲、多連装ミサイルだ。戦闘開始後も最終工程を続行していた左竹はついに間に合わせた。

「一!」

 北砲台90センチ砲7トン弾砲撃、総勢四十一両の高性能戦車砲、ガラティアンの限界超過速射電磁砲撃、西崖面の三十基百八十門、対空火力込む全火砲と無人機攻撃。

 大塹壕基地の全ての火力が一斉に照準を得る。

えっ!!」


           §


 統制総攻撃が放たれた。

 ガラティアンが陽炎と氷塵を舞い散らして計77発の砲弾を2秒で撃ち切る。全弾が命中しハイパーステルス車両が撃滅された。

 北砲台が撃った”ムサシ”は一厘の狂い無く指定座標へ到達した。

 第一炸裂し12の子弾頭を敵陣に沿って広く散開させる。

 それは戦車を真っ二つにする高分子繊維を鞠の様に成型した物。自身の張力の限界まで引き伸ばされていたそれは散開時の回転で限界を迎え、破裂して高分子繊維カッターをばら撒いた。第二炸裂。

 その中から同材の孫弾頭が現れる。こちらは糸巻き球状に加工されている。張力も質量も子弾頭とは比較にならない高密度。第三炸裂。

 地上付近で数万の高分子繊維カッターが散撃した。

 北砲台の砲撃が、敵陣後衛を幅300メートル、全長2000メートルで斬滅した。

 戦車隊の総火力投射は敵陣中衛、主力打撃車両群へと見事に的中した。41発の着弾は完全に同時。壁の様に一直線の着弾爆発が立ち上がる。

 そして、敵陣全体へと、崖面の連装砲群攻撃と各固定砲、自走砲の攻撃が隙間を埋め尽くすように打撃した。

 敵軍が、重奏する轟撃に飲み込まれた。


           §


 みなが黙って眼前の大噴煙を見据えている。雨の様に降り注ぐ土砂を受けながら、集中を維持して指揮本部からの報告を待つ。

『こちら指揮本部』

 来た。

『敵軍の60%が大破または消滅。加えて30%が戦闘不能状態となった』

 音が響いて来た。車両が一斉に走行する音だ。それは、どんどんと遠ざかっていく響き方であった。

『敵軍は壊滅。撤退を開始した』

 陣風が粉塵を流し去る。

 見えるのは大量の残骸と鉄屑、遥か彼方の逃げ去る僅かな敵。

 もう、攻撃してくる物は何も無かった。

『我々の勝利だ。総員良く戦った』

 大歓声が天を突きあげた。

 声聴ける者は互いに称え合い、姿見える者は手を振り拳を突き上げ喜び合った。

「良くやった野郎ども!それでこそ漢だ、それこそが儂たち戦車乗りだ!」

 通信内でも歓声が渦巻いている。

『おいタケ、バカ竹、黒竹!すっげえよお前自分の腕であんな完璧な弾道を!』

『応ともさ。バッちゃんもだぜ。ありったけの観測値を最後まで転送し続けてくれたおかげだ。しっかし何だよあの出鱈目な砲弾!あっははははは!!』

『ウメっち、生きてるか!ほんとに良くやったよお前!梅にしか出来ねえよ!』

『生きてなかったらどうすんだよー、バッちゃん。まあ、及第点て感じですかねー。でも、今度はちゃんとした設備でやらせてほしいもんだよ。黒竹がうらやましいー』

『あははは!良いね良いねえ!二十二期にんにきバカの松竹梅、再結集だ!』

 止まらない歓喜の音と声。戦場に満ちる勝利の鼓動。それを共有していた兵達は、やがて一つの場所へ目を向けた。

 西の崖。夕焼けの明かりを後ろに湛えて直立する影。手にもつ武器は先側の幅広い形の部分が中央から断裂していた。

 折れた剣のようなシルエットになった電磁砲を、しかし地に付けることなくしっかりと握ったままの巨影。

 兵士の注目を集めていることに気付いた明日春華は、それに答えた。

『勝ったな、みんな』

 言葉が続く。

『生きてるな、みんな』

 自分を支持してくれている基地内の仲間たちへも伝われと、マズルブレーキが破裂した電磁砲を、折れてなお勇壮を見せる武器を、誇らしく高々と掲げる。

『ならば一緒に行こう。ここから、さらにみらいへ』

 応答の快哉が何重にも響いて、基地に轟く。

 数多の喝采が全てへと鳴り渡り。

 戦闘は、終了した。

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