第3話

 杉本は左手に持ったスマホを親指でくるくるスクロールしていてまだこっちには気付いていない。

 コンビニに行くにはどうしても前を通らなくてはいけない。

 どうしよう…声をかけるべきか…

 無視して通り過ぎて後から気付かれたら気まずい。しかも俺、思い切り制服姿だし、他人の空似で済ますにはちょっと強引だよね。

 俺は散々悩んだ挙句、「杉本…くん」とおずおずと声をかけた。

 杉本はパッとスマホから顔を上げ、歩道の真ん中に突っ立っている俺の顔を見つけると、あ、と驚いた顔をして、「あー…ん〜、えーと、う〜ん…あ!そうだ、上條クン!」と言って笑顔を見せた。

 …遅ぇよ、名前思い出すの。

 心の中で突っ込んだものの、俺だって今日、自己紹介した全員の名前がすぐ出てくるかというとそうでもない。

 それにしてもこいつ…どんだけ色が渋滞してんだよ。

 黄色い髪はもちろんのこと、白地にカラフルなメッセージ性の高いイラストが描かれたTシャツの上に、目の覚めるような真っ赤なカーディガンを羽織り、下には緑と黒の迷彩柄のハーフパンツを履いていた。耳には、学校では外させられたと思われるピアスがきちんと元の居場所に収まっていて、シルバーのころんとした丸みが耳たぶを大きく包み込んでいる。

 まあ、肌が白いので、真っ白なキャンパスにいっぱい色をぶちまけたといえば似合ってなくもない。

 ただ1つ気になったのが、そんだけ派手な格好をしている割には、足元だけが裸足にサンダルでやけに寒々しいこと。

 まるで、ちょっと突っ掛けて出てきたみたいな…。

 杉本はスマホをハーフパンツの後ろポケットに仕舞いながら大きな目でこっちをみると、「こんな時間に外で何してんの?」と訊いてきた。いえ、それはこっちのセリフです。

「シャンプーが…きれたから、親に買ってこいって頼まれてコンビニ行くとこ」

 俺は答えた。半分は本当で半分は嘘。

 一人暮らししているなんてバレてこいつの仲間たちに利用されたらたまったもんじゃない。

 いや、そこまでの仲じゃないけど、用心するに越したことはない。

「コンビニ?!」

 身構えている俺に向かって杉本は目を輝かせて、「俺も行く!」と信じられない言葉を口にした。え?僕たちまだ友だちじゃあないよね?

「なんか買うものあるの?」と俺が訊くと「いや、別に。暇だから」と言うので、思わず自分が今ちゃんと嫌な顔をしないで堪えていられているかどうか確認したくなった。

 杉本は腰掛けていたガードレールから立ち上がると、既に行く気満々で俺の横に来ると「ていうか上條くんなんでこっちに向かって歩いてんの?そこの角、曲がればすぐコンビニあるのに」と今、俺が通り越したばかりの小さな脇道を指差した。俺は振り向いた。

 は?コンビニといえば通り沿いでしょうが!そんな奥まったところにあるコンビニなんて知るか!!

 俺の心の叫びが伝わるはずもなく、杉本は楽しそうに「行こうぜ〜」と先に立って歩きだした。

 もはや着いていくしかなくなった俺は観念して後に続き、ふと、気付いて先を行く杉本に訊ねる。

「この辺、詳しいんだ?」

「おん。俺、この辺バリバリ地元だから」

 …マジか。

 この辺りに住むと決まったときに、出来るだけ交通の便が悪いところにある高校を選んだつもりだった。わざとだ。一人暮らししているという事実から、なるべく人を遠ざけたかった。

 こんなところからわざわざ通う人間がいたのか…。

 ため息をついている間に本当にすぐにコンビニに着き、自動ドアを潜り日用品のコーナーでシャンプーを見つけたあと、腹が減っていることに気が付いた。そりゃ、そうか。夜は食パン1枚しか食べていない。

 弁当コーナーへ行ってコンビニ弁当を手に取り悩む。

 もう俺はコレに頼ってしまうのか…。

 一人暮らししてもなるべく自炊するつもりでいた。

 なのに僅か1週間で…。

「上條ーっ!」

 俺の葛藤を打ち破る大音量が鳴った。

「アイス食べない?俺、奢る!」

 声のした方を見ると、杉本がアイスの冷蔵庫に上半身を傾けながら首だけ俺のほうを向いて笑っている。声でかい!そしてもう呼び捨て!

「…食べない」

 俺は答えて、そっと弁当を元に戻すと、すぐ後ろにあったパンコーナーからベーコンとチーズの載ったパンを取るとレジへ向かった。

 杉本は、ちぇ〜っと唇を尖らせながら自分の分のアイスだけを取って隣のレジで会計をしていた。

 さて、問題はこの後だ。

 帰り道が一緒の方向だった場合、俺は杉本のことを撒かなければならない。

 うまく出来るだろうか…。

 杉本は店から出るとすぐに手に持ったアイスの袋を破り、棒の付いたガリガリタイプのやつを取り出した。小学生かよ。

 コンビニの前に設置されているごみ箱に空になった袋を捨て、アイスを口にくわえようとしたその時、杉本のハーフパンツの後ろポケットにあるはずのスマホが着信を知らせた。

「はぐっ」

 そのままアイスを大きく開けた口だけで支えると、空いた両手でポケットからスマホを取り出して画面をタップし、くわえていたアイスを右手に持つのと入れ代わりに「もしもーし」とスマホを耳にあてた。

 …俺はこのタイミングでさっさと帰れば良かったのだ。

 なのになんとなくその場に留まって、杉本の行動を眺めてしまった。それが間違いだった。

 杉本はスマホの向こうにいる相手と「んー。終わった?うん、わかった。え?鍵?いいよそのまま、開けて帰って。俺もすぐ帰るから」と会話していた。いや、会話というか、俺からは杉本の言ってることしか聴こえてないんだけど。

 ていうか、鍵、開けて帰っていいって?俺もすぐ帰るから?

「上條」

 呼ばれてはっと我に返る。

「俺、帰るわ。んじゃね」

 杉本はアイスを齧りながら俺に手を振ると、パタパタとサンダルを鳴らして足早に歩き出すと、大通りに出て俺のアパートとは反対の方向に曲がっていった。

 俺もコンビニの前を離れ、歩きながらさっきの杉本が話していた言葉の意味を考える。

 あいつ…誰かに部屋を貸しているのか?

 てことは、もしかして…あいつも一人暮らし?






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