第37話「かわいい妹とはかわいいだけじゃないということ(3)」

 部屋に戻る。

 電気をつける気にもなれなくて、ベッドに体を投げ出し、大きくため息をついた。


 言い表しようのないモヤモヤが胃の底に蔓延っている。

 どうすればよかったのだろう……璃亜になんて言うのが正解だった?


 いや、璃亜が言った通りで、


 ――蓮くん、いきなり機嫌悪くなる人なんていないんですよ? わかりますか? 日々の積み重ねです。


 多分、俺の受け答えどうこうで何かが変わりはしなかったのだ。


「はあ……」


 これまで上手くやれていると思っていた。

 璃亜が急に冷たくなったのはショックだったけれど、それを差し引いても俺は青柳家で上手く家族をできていたはずなんだ。


「――っ!?」


 意識の外から鳴らされた人口の音に体がビクついた。

 発信源に視線を向けると、デスクの上で画面を光らせるスマートフォンがあった。


 誰かと話す気になれなくて、音が鳴りやむまで放置することにした。


 着信が切れ、画面が暗転すると、ノータイムでもう一度電話がかかってきた。


「誰だよ、こんな時間に」


 現在、深夜の一時。

 やけくそ気味にスマートフォンを攫い、画面を見る。


陽人はると……?」


 こんな時間に、いや、時間に限らずそもそも彼が電話をかけてくることが珍しかった。

 苛立ちに、気だるさを感じながら、スマートフォンのスピーカーに耳を当てる。


「もしもし」


「おお、蓮! 久しぶりだな!」


「いや、今日学校で会っただろ」


「そうとも言うかもしれないし、言わないかもしれない」


 言わないことはないだろ……。


「こんな時間に珍しいな。どうかしたのか?」


「いやぁ、急に蓮の声が聞きたくなってさ。そういう時ってあるだろ?」


「急に陽人の声を聞きたくなったことなら、人生で一度もないな」


「酷いな!?」


「あるって方がキモくないか?」


「ああ、キモい! 俺もただの悪ノリで言っただけだし、乗ってきたらちょっと引いてた」


「で、本当の用は?」


 普段なら、こんな時間に電話をかけてくることなどありえない。

 そして、タイミングもタイミングなだけに、色々疑ってしまう。


 そうじゃなかったら、こいつはなんとも間が悪いやつだと思う。


「だからないって。声が聞きたくなったってのは冗談にしろ、なんとなく話したかったんだよ」


「なにを?」


「なんでも。なんとなーく、くだらない話とかを」


「お前、璃亜からなんか聞いたか?」


 今日の、もっと具体的に言えば、さっきのこととか。


「そうだなあ、私のお兄ちゃんがどれだけカッコいいか、を熱弁されたことはあるな」


「…………いや、そういうんじゃなくて」


「うーん、どっちにしろ、璃亜ちゃんの話はお前のことばっかだぞ?」


「…………まあ、いいや」


 陽人の真意を聞きだしたところで、俺にメリットなんてない。

 もし、璃亜から何かを聞いて、俺に気を使って電話をしてくれたのだとして……それでも、今、俺はちょっとだけ気が楽になっていると思う。


 ついさっきまで、あれだけ誰とも喋る気になれないと思っていたのに、陽人の陽気な声を聞いて気が紛れている俺がいるのだ。


「羨ましいやつめ。俺も璃亜ちゃんみたいな妹ほしいなぁ。あ、お前と結婚すればそれも叶うか!?」


「おぞましいこと言うなよ。お前、そんなだから、ゲイだとか噂されるんだぞ」


「え、は!? なに、俺そんなこと言われてんの?」


「あ……いや、うん、何でもない」


「なんでそんな失言しちゃった感じだすの!? え? ネタじゃなくてガチなのか!?」


「…………」


「無言やめてね!?」


「…………まあ、気にすんな。きっとお前のことをちゃんと分かってくれるやつがいつか現れるさ」


「いい話風に言っても俺は普通にショックだけど!? なぜだ…………こんなにも女の子が好きなのに。おかしい、この世のなかは狂ってる」


「狂ってるのはお前の言動じゃないのか。顔はいいのに、なんでここまで残念になれるんだ」


「か、顔はいい…………。やっぱり、蓮もそう思うか?」


「ああ、まあ、それはお世辞じゃなく本気で思ってるぞ」


 しかし、陽人の声はどこか落ち込んでいるようで、何か嫌な過去を思い出して嘆息しているようでもあった。


「なんかさ、前好きな子に告った時にも言われたんだよ。陽人くん、いいんだけど…………って」


「お、おお」


 顔だけはいいなんて自分で言ってしまえば、性格の悪い嫌味なやつに聞こえそうなものだが、こいつに関しては、ガチだからなあ…………。


 別に中身だってなんだかんだいい奴だと思うのだが、男から見るのと女から見るのでは違うものなのだろうか。


 ああ、でも、好きな子に対しては上手く喋れないとは言ってたし、その上手く喋れない具合が俺の想像より酷いのかもしれない。


 それからも、俺と陽人は他愛もない話を一時間くらい続けた。

 その頃には、随分気は楽になっていて、さっきまでの沈みようが嘘のようだった。


 彼の気の抜けるような明るさと、時々垣間見えるアホさが、今の俺には救いになった。


 俺は本当に周りに恵まれていると思う。

 友達にも、先輩にも、妹にも、母にも。


「悪かったな、こんな遅い時間に」


「いや、そんなことない。ありがとな」


「はあ? なんでお礼を言われるのかはわからないけど…………まあ、また明日学校でな」


「ああ、また明日」

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