20頁~~一人の夜と灯篭流し~~

 とある山奥の田舎町。それが僕の生まれ故郷だった。年寄りばっかりで若い世代は少なく、その数少ない若者もほとんどが都会に出て行ってしまう。当然、若者向けの店なんてほとんどない。

 それでも僕はここに残っていた。両親や、祖父母。それにまるで本当の家族のように僕のことを見守ってくれていた町の住民たち。僕にすつかり懐いている幼い子供たち。全員が僕を今まで支えてくれていた。だから今度は僕がこの町を守っていかなければならないと、そう決意していたんだ。


 そんな矢先だった。突然、町の人たちが僕のことを無視するようになったのは。


 いつものように挨拶をしても返事は帰ってこないのはもちろん、幼い子供たちも僕に近づかないように念を押されたのか一切遊びに来なくなった。それどころか家族ですらまるで僕が存在しないかのような態度をとってきていたのは流石に心が折れそうだった。幸い、食事だけは一定の時間に決まった場所に用意されていたのは助かったが、それがより一層この異変を薄気味悪く感じさせた。


 家族や住民たちの態度の急変の原因……それをいくら考えみてもまったく見当が付かない。僕が何かしでかしたのだろうか?考えてみても全く覚えがなかった。

 ふと、昔に祖父が僕に話してくれたことが頭に浮かんできた。完全に思い出せる訳ではないけど、それはこの町には昔から続く風習が残っていて、対象となった人物をいないものとして扱う……そんな感じの話だ。

 そんなのただの村八分じゃないか。今までただ困惑するだけだった僕も次第に怒りが湧いてきた。だけど、なんで僕が対象になったのかは分からずじまいで、結局この怒りを町の住民や家族にぶつけることは僕にはできなかった。


 みんなの態度が急変してから一週間が過ぎた。相変わらず、誰一人と僕と口を聞いてくれる人はいなかったが、直接的な嫌がらせは一度も受ける事は無かった。それどころか、食事や睡眠時の布団など毎日欠かさず用意されていて、他人との関りが一切なくなったこと以外は今までの日常と変わらなかった。

 

 そして僕はついにこの町を離れることにした。結局、みんなの態度の原因も分からなかったし、今まで優しくしてくれたみんなのことが忘れられず心残りはあったが、このままここに居たらきっと僕は心が壊れてしまうに違いなかったからだ。

 その日の夜、最低限の荷物を持って玄関を出る。家の灯りは暗く、当然ながら見送ってくれる人はいない。今にも泣きだしてしまいそうな感情を押し殺して、僕は町から出る為に町はずれのバス停に向かう事にした。ただでさえ本数の少ないバスが当然こんな時間にある筈もなかったけれど、このまま家でジッとしていては耐え切れないからとにかく町から離れたかった。


 町はずれのバス停が見えてきた頃、本来なら真っ暗な筈のバス停が明るいことに気が付いた。その答えはすぐに見つかった。バス亭に一台のバスが既に止まっておりそのバスからどこか暖かく見ていると落ち着く優しい明かりが漏れていたんだ。

 不思議に思いながらバスに近づくと、屋根すらなく路線表だけがポツンと守り人のように立っているだけのバス停唯一のベンチに運転手の制服に身を包んだ初老の男性が静かに座っていた。


 ああ……お待ちしておりました。いよいよこの町を出発するのですね――


 心に直接話しかけてくるような感覚、不思議と恐怖は感じなかった。いつの間にか初老の男性は僕の方に優しい笑みを携え口元にヒゲを蓄えた顔をこちらに向けていた。僕は自然と頷いていた。


 承知いたしました。心残りの方は……いえ、これは野暮というものですね――


 心残り……そんな彼の言葉を聞き、僕はうなづいた。生まれてから今日まで過ごしてきたこの町での出来事が次々と浮かんでは消えていく。どうしてこんなことになったのか、これから自分はどうすればいいのか。頭の中をいろんな感情が渦巻いて、まるで足元が突然海になり体が海底深くまで沈んでいくような感覚が僕を包む……その時、初老の男性の少し骨ばった手が優しく僕の頭を撫でた。


 いやはや……優しい家族や町の人々に恵まれて、あなたは運がよかった――


 僕はその言葉を素直に受け取ることができなかった。だけど、その人はまるで僕のそんな考えを見透かしているかのようにジッと僕の目を覗き込んだ。その時、僕の目に映ったその人の目にはまるで宇宙が浮かんでいるかのように思えた。


 いえ……彼らはあなたのことを心から想い。こうして見事見送ってくれたではないですか――


 それから僕が初老の男性に告げられたことはとても信じがたいことだった。だけれど、僕はそれを受け入れることがちゃんとできたんだ。僕は、町のみんなの優しさを知っていたから。


 僕は、みんなの態度が急変したあの日に命を落としていた。僕自身含めて、誰も気が付かなかった心臓病が原因で本当に運が無かったとしか言いようが無かったらしい。

 僕の急死に家族も町のみんなも深く悲しんでくれた。だけど問題はその後で、この町は人を想う気持ちが強すぎて、死んだ後もその魂をこの町に縛り付けてしまってどこにも行けずにやがて亡者になってしまうという。だからこそ、みんなは心を押し殺して僕との関係を断ったんだ。

 

 それこそがこの町に伝わる風習の真相だった。

 

 一週間。一週間で町の呪縛から解放されるという話の通りに僕は町の想いから解放され、こうして自分の足で町の出口まで辿り着くことができた。こうして無事に町のみんなの願いは叶えられたのだという。

 僕はそんなみんなの気持ちを無駄にしない為にも、初老の男性に案内されバスへと乗り込んだ。初老の男性は運転席に座り、僕はバスの一番後ろの柔らかい椅子の上に腰掛ける。すると、淡く優しい灯に車内が照らされたバスは僕一人を乗せてゆっくりと走り出す。

 ガタンガタンとバスが揺れるたびにきっとあの町から離れているのだろう。ふと、後ろを振り向いて窓から外を覗いてみると、空にポオッと明かりが浮かんでいた。


 それは灯に彩られ、風に乗って空へと流れていく沢山の灯篭だった。優しい灯で一際綺麗に夜の中に映し出される空と町はきっと僕を見送ってくれていたのだろう。

 

 僕は最後に笑って、手を振った。

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