第25話:バトル・ステーションズ

 エクレアとルビアはトピアの操縦に振り回され、ほとんど失神しかけた状態でコーストガード2へと帰還した。

「でも、これをマウンテン・ビューに持っていくわけにはいかないわね」

 コーストガード2の滑走路で今は自分たちの機体となったアルバトロスIIを見上げる。

『アルバトロスIIはここに置いておくのが現実的です。アルテミス・コントロールからもそのように指示が出ています』

 トピアがコクピットから二人に話しかける。

『マウンテン・ビューにはターボ・ヘリを置いておくと良いでしょう。手配はこちらでやっておきます』


 そうした訳で、エクレアとルビアはターボ・ヘリの機上の人となった。

 幸い、ヘムロック教会孤児院には十分なスペースがある。ターボ・ヘリで数時間、ヘムロック教会孤児院とコーストガード2は意外と近い。

 どうやら慣れているようで、エクレアがヘムロック教会孤児院に近づいた時には園庭の片隅にちゃんとHのマークがついたヘリポートが作られていた。園庭の奥の方、ランニングトラックのさらに奥。

 エクレアは慣れた様子でターボ・ヘリを園庭に下ろすとタラップから地面へと降り立った。

「あー、帰ってきた〜」

 アルバトロスIIの中で悲鳴を上げっぱなしだったルビアがよろよろと後に続く。

 と、ターボ・ヘリが帰ってきたことに気付いたのだろう、セシル院長が校舎からゆっくりと近づいてきた。

「お疲れ様でした」

「ただいま戻りました」

 二人でセシル院長に敬礼する。

 このヘムロック教会が密かに国連監察宇宙軍の息がかかった施設であることはすでに二人も気づいていた。

 先日そのことをそれとなく問いただしたところ、やけに気軽に「そうだ」と認められて拍子抜けしたことを覚えている。

 セシル院長は国連監察宇宙軍のアンテナとして街の様子を軍司令部に定期的に報告しているらしい。

「今日、新しい機体を受領しました。ですが、習熟飛行が必要です」

 いつもは無口なエクレアだが、こと空戦の話となるとちゃんと話をする。

 なにしろ相手は身内だ。今まで気を遣っていた事がバカバカしい。

「今日相談してきたのですが、校舎に一台、シミュレーターを置くことはできますか?」

 シミュレーターが必要であることはすでにトピアと話し合っていた。

 無論、VRゴーグルでもある程度のことはできる。だが、すぐに戦う事を考えるとちゃんとしたシミュレーター、それもアルバトロスIIの機動をプログラムしたシミュレーターが必要だ。

 幸い、シミュレーターはコーストガード2にも何台か予備がある。これを孤児院の空き部屋に設置するというのがトピアの提案だった。

 どうやらトピアはすでにヘムロック教会孤児院の間取りを掌握しているらしい。彼女は教会の礼拝堂の裏に使われていない部屋があるから、そこにシミュレーターを運び込むと言う。

「ええ、もう聞いていますよ」

 セシル院長は柔らかく微笑んでみせた。

「バレンタイン中佐からもさっき衛星電話がありました。ひどく恐縮しているようだったけど、大切な事なのでしょう?」

「はい、機体が変わるので習熟訓練が必要なんです」

 エクレアは答えて言った。

 実のところ、シミュレーターをここに設置する意味はない。コーストガード2には専用のシミュレーターが複数備えられている。従って、ここでの勤務? を切り上げてコーストガード2に戻る方が現実的な対処方法だ。

 だが、トピア=バレンタインはその案を却下した。バレンタイン隊長はあくまでもエクレアに孤児院の運動会を全うして欲しいらしい。

「『そのアンとかいう子供が可哀想じゃないか。最後まで付き合ってやれ』というのがバレンタイン隊長からの指示です」

 途中で水を差されるのは不愉快だったのでこのバレンタイン隊長の心遣いはとてもありがたい。

 しかし、孤児院での活動を続けながらフライトシミュレーターでさまざまな状況への対応を習熟するというのはそれなりに重労働だった。

 下手をすれば寝る時間がほとんどなくなってしまう。

「明日にはシミュレーターが届きます。予定通り、礼拝堂の裏にシミュレーターを設置させてください」

「結構ですよ。子供達には近づかないように伝えておきます」

 セシル院長はもう一度微笑んでみせた。

「それにしても軌道降下要撃機のシミュレーターを教会に設置するとはねえ。これは今度私も覗いてみようかしら」


+ + +


 翌日の午前六時に予定通りスーパーオスプレイがシミュレーター一式を積んでヘムロック教会孤児院の園庭に着陸した。すぐに後部のハッチが開き、一緒に搭載されていたフォークリフトが中から大きな白い包みを運び出す。

 乗り込んでいたのはコーストガード2の隊員たちだ。六人の隊員達はエクレアとルビアに敬礼すると黙々と作業を開始した。

 カプセル状のシミュレーターを礼拝堂裏に設置し、持ってきていた電源ケーブルをテキパキと近くの変圧器に接続する。同時にインターネットを接続。ヘムロック教会孤児院の近くには百メガビットのインターネットが届いていたため、シミュレーターの動作に支障はない。

 届いたシミュレーターはアルバトロスのコクピットを切り出したような形をしていた。

 コーストガード2にあるシミュレーターはもっと大掛かりで、回転するアームの先にコクピットが備えられている。それに対してヘムロック教会に設置されたシミュレーターは内部の動作だけをシミュレーションする簡易版だ。アルバトロスIIの操作パネルは微妙にバージョンアップされており、これでも習熟時間が必要だというのがバレンタイン隊長の意見だった。 

 エクレアは自分のヘルメットを持ってくると、早速シミュレーターに乗り込んでみた。もちろん後ろにはルビアが座る。

「バトル・ステーションズ」

 エクレアはそう機体に話しかけた。すぐにパネルが点灯し、ヘルメットのバイザーの中でそれぞれの武装が待機状態へと移っていく。

 エンジン起動

 電子系統異常なし

 三次元偏向ノズル・レディ

 GAU-8三〇ミリ劣化ウランガトリング砲・レディ

 キックバック戦術核ミサイル1・レディ

 キックバック戦術核ミサイル2・レディ

 アルバトロスII・レディ・トウ・ラウンチ


 エクレアの被ったヘルメットのバイザーに周囲の様子が映し出される。

「ルビア、レディ・トウ・ラウンチ・アルバトロスII」

「アイ、マム」

 エクレアが手元のスロットルを操作する。画面の中にはいつもと異なり、コーストガード2の滑走路が映っている。エクレアはフルスロットルのまま上空へと躍り出た。

「ルビア、ステータスレポート」

「現状敵機は見つかりません。ネガティヴ」

 エクレアは機体を大きく旋回させると、コンピューターが生成したイントルーダーへの進路を取る。

「エクレア、敵機確認。百キロ先をマッハ二で巡航中」

ルビアが手元のキーボードを操作し、二人のバイザーの中に仮想敵を表示させる。

「ラジャー」

 エクレアはスロットルを押し込むと、シミュレーターの中でアルバトロスIIを更なる大空へと舞上げた。

 高度1万メートル。アルバトロスIIの加速性能はとんでもなく高い。

 今頃アルテミスではエクレア達が飛び立ったことを感知してトピアがさまざまな攻撃を繰り広げてくるはずだ。

 やがて目の前に電子的に再現されたイントルーダーが現れた。円形のボディに長い尻尾。両腕を持ったイントルーダーはまるで地球のカブトガニのようだ。

 タイプAが一つ、タイプGが二つ。

「ダイブするわよ」

 シミュレーターの試運転だということを忘れ、エクレアが実戦さながらの機動を

描く。

「アイ、エクレア」

 こちらが沈降するのと同時にディスプレイの中のイントルーダーがタドポールを放出する。

「九六〇機のタドポールを確認」

「コブラ機動」

 エクレアは後方にタドポールが展開されたことに合わせ、コブラマニューバを仕掛けた。

 機首が上を向き、全身で大気を受けた機体が一気にタドポール達の背後に回る。

「再加速、テュール放出」

『アルテミス・コントロール、命令受領。十機のテュールを放出する』

 軌道上からこのシミュレーションを観測しているトピアが擬似的なテュールを放出する。

 テュールはすぐに戦闘空域に展開すると、タドポールへのレーザー砲撃を開始した。

 だが、位置が悪い。

 タドポールが次々とテュールへ絡みつき、自爆してその数を減らしていく。

「トピア、テュールの放出タイミングを再検証」

『了解、エクレア大尉』

 トピアは今回の失敗を記録に残すと、新たな空戦ルートを模索してアルバトロスIIにとって最適な空技のシミュレーションを続けた。

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