第24話:OFA-71EX アルバトロスII

 アラン副長がうまく要求を通したため、アルテミスには新型のアルバトロスIIが六機無事に配備された。

 同時に新型のOQ3000無人機も納入されている。その数五十、しかも今までのOQ3000とは仕様が異なる。

 OQ3000Dテュールと命名されたこの無人機は単発ながら小型の核融合炉を使って大気を加速する。しかしOQ3000Dの特徴はそこにはない。

 OQ3000Dはその余剰電力を用いて機体全周六十箇所に半導体収束レーザーを備えていた。

 全長十五メートルのテュールはイントルーダーの飽和攻撃スウォーム攻撃に対する人類側の解だった。イントルーダーがタドポールを放出すると、テュールがその群れの中に殴り込む。そこで全周囲にレーザー攻撃を仕掛けるのだ。

 タドポールの装甲は薄い。接触すると、テュールはタドポールが一掃されるまで全周にレーザー攻撃を行う。例え相手の攻撃によって一つのテュールが落ちたとしても他のテュールがレーザー攻撃を続行する。

 どちらにしてもテュールは使い捨て兵器だ。だが、一回に発艦するテュールが十機だとしても一機あたり三百機のタドポールを撃ち落とすことが出来れば戦術的には十分にお釣りがくる。

「こりゃ、凄いですな」

 バレンタインは搬入されたOFA-71EXとOQ3000Dテュールを前に思わず感嘆の声を上げた。

「この全周囲攻撃はタナカの発案ですか?」

「ええ」

 隣のクリステル艦長がどこか誇らしげに頷いて見せる。

「このOQ3000Dテュールたちはトピアに操縦してもらおうと思っているの」

 今時では戦闘機の随伴に無人戦闘機を使うことがほとんど常識となっている。

 アルテミスはこの戦術を採用しなかったが、毎回千機単位でタドポールが放出されるとなれば無人機の随伴はほぼ必須だ。

 二機、あるいは四機のアルバトロスでも到底数千機ものタドポールには対応できない。

「ふむ、ではエクレアたちを呼び戻さないとですな」

「そうね。でも、今はまだ良いかしら」

 アルテミスの格納庫の中でクリステル艦長は頷いた。

「これからアルテミスはラグランジュ2のドックに入って少々改造しないとダメなのよ」

「と言うと?」

「これから本艦は船体カタパルトを改造してテュールを射出するための装備を追加するの。急ぐようにお願いしたから一週間程度で改装は済むと思うけど、それまではシミュレーションで戦技研究を行ってちょうだい」

 クリステル艦長によれば、三本あるカタパルトの一本をテュール専用に改造するのだと言う。ロータリー式の格納庫をカタパルトに直結し、解放された発艦デッキから次々とテュールを射出する。どのみち帰ってくることを想定していない機体のため、軌道ミサイルの射出装置がそのまま使える点は願ってもない利点だった。

「ところで、」

 バレンタインはクリステル艦長に向き直った。

「このアルバトロスIIですが、コーストガード2に下ろすことはできますか? 地上出撃が可能であれば、いざというときのためにエクレアたちの機体を準備しておきたい。連中が地上勤務を続けるのであればなおさらです」

「それは問題ないわ」

 クリステル艦長が頷いて見せる。

「地上に下ろすだけなら無人誘導で下ろせるはずよ。詳細はアーロン少将と相談して」

「了解しました」

 いつになく真面目な表情でバレンタインがクリステル艦長に答える。

「どうやら近々ヘムロック教会孤児院で運動会があるようなんですがね、今までの経緯を考えると運動会周辺でイントルーダーが来る気がするんですよ」

「そう」

 クリステル艦長が暗い表情を見せる。

 バレンタインの直感はよく当たる。だが、今回だけは当たって欲しくなかった。

 イントルーダーはエリスの全域に現れる。従ってネオ・ジーランド周辺を狙い澄ましてイントルーダーが現れる確率は低い。

 だが……

「運動会の邪魔は嫌ね」

「ええ、全くね」

 バレンタインが深く頷く。

(全くだ。エクレアの邪魔はして欲しくないな)

 クリステル艦長と別れたのちもバレンタインはエクレアのことについて思いを馳せていた。


+ + +


 バレンタインの申し出に従う形で、クリステル艦長はアルバトロスIIをコーストガード2基地に下ろすことにした。

 操縦はトピア、それもアルテミスからのリモート操縦だ。現在の高度は千二百キロ、そのためアルバトロスIIには二基のロケットモーターが背面に取り付けられている。

 エクレア達が使うことを想定し、クリステル艦長はアルバトロスIIを紫色に塗装し、尾翼にはちゃんとオレンジ色の稲妻マークも書き加えていた。

 撃墜マークは22、機体番号は723。大きなカブトガニと小さなカブトガニがそれぞれ二つずつコクピットの下に白く描かれている。

 紫色のアルバトロスIIが無人のまま発艦ベイを移動していく。スクランブルではないため発進シーケンスも穏やかだ。

 しばらくのち、トピアが操縦するアルバトロスIIはスムーズに地上へと降りていった。


 一方、エクレア達は艦からの緊急連絡でコーストガード2基地に招集されていた。

 聞けば新型のアルバトロスがコーストガード2に降り立つという。その受領をせよというのがバレンタイン隊長からの連絡だ。

「新型って、何が変わったんでしょうね?」

 ルビアがエクレアに尋ねる。

「それが良く判らないのよ。なんでもエンジンが変わったらしいわ」

 滑走路で待っているうちに、はるか彼方から紫色の戦闘機が降りてきた。

「あ、アルバトロス……」

 二人で降りてくるアルバトロスを見つめる。

 だが、エクレアは降りてくるアルバトロスの様子が今まで乗っていたアルバトロスとは著しく異なることに気づいていた。

 こんなに低空なのにジェットエンジンがフルスロットルで回転している。

 つと、エクレア達が見つめる中アルバトロスIIは機首を大きく持ち上げるとコブラ機動を始めた。

 機体が垂直に立ち上がり、ジェットノズルが地面に向けて青い炎を吹き出している。

 アルバトロスIIは急激に減速しながら滑走路近くにまで近づくと、今度は機首を下げて着陸体制に入った。

 着陸する直前に三次元偏向ノズルを使ってさらに減速、ゆっくりと指定された場所に着陸する。

 エクレア達は事前にアルバトロスIIが衛星軌道上からトピアによって送り届けられることを聞かされていた。一緒に組んで飛んだことはないが、この様子を見る限り相当に腕が立つ。

 事前に伝えられていた通り、ヘルメットを片手に二人は静止したアルバトロスIIに近づくと無人のコクピットに乗り込んだ。キャノピーを開き、コクピット脇のラダーを使ってパイロット席へ。

 シートに座ろうとした時、エクレアはパイロットシートに書類が置かれていることに気がついた。

「サインするんだ……」

 エクレアが書類を持ち上げ、ペンを探す。だが、今時ペンなんて持っていない。

『パレンティシス大尉、口頭でもいいですよ』

 コクピットから声がする。

「トピア?」

『はい。隊長にはサインなんて古いって言ったんですけどね、クリステル艦長がなんかこだわってるみたいで。あとのことは適当にしておきますから、とりあえず受領したことだけ口頭で伝えて頂けますか?』

「あ、ああ。了解。機体は受領しました」

『じゃあ、習熟飛行に行きましょうか? どうやらお二人は耐Gスーツをお召しになっていないようですね。失神しない程度に本機の相違点をお知らせします』

 トピアはそう二人に告げると、コクピットを閉じて試験飛行へと繰り出した。


+ + +


 結論から言うと、今度のアルバトロスIIは今までのアルバトロスとは全く違う機体だった。

 エンジンが核融合を用いていることについては違いがない。

 だがエアインテークに工夫が施されており、音速以下の速度でもちゃんとエンジンが回転する。

 低速ではタービンが吸気し、ある一定以上の速度を上回ると吸気系がスクラムジェットに切り替わるという仕組みになっているようだ。

『エクレア、トピアに操縦を渡せ』

 軌道上から見ているであろうバレンタインがエクレアに操縦の明け渡しを命令する。

「イエス、チーフ。ユー・ハブ・コントロール、トピア」

 指示された通り、エクレアはトピアに操縦を受け渡した。

『ルテナント・エクレア、アイ・ハブ・コントロール』

 トピアはエクレアから操縦を受け取ると、亜音速状態から一気にマッハ5にまで加速した。そのままコブラマニューバー、続けて片方のエンジンを停止した状態でのナイフエッジ。トピアは再び増速すると再度のコブラマニューバーからクルビットへの連続飛行を決めてみせた。

「うわ、うわ、ギャー!」

 後席のルビアが悲鳴を上げる。エクレアの正気を疑うような機動でも悲鳴を漏らさなかった彼女が悲鳴を上げるということは尋常ならざる事態だった。

 エクレアも悲鳴を漏らすことすらなかったものの、トピアの戦技にほぼ失神同然の状況に置かれていた。

 国連監察宇宙軍の軍規により、二人とも胸にバイタル・モニターの移植を受けている。このバイタル・モニターのリードアウトをトピアが見ていることはほぼ間違いない。トピアは二人を失神寸前にまで追い込んでいた。

『どうですか? 今までのアルバトロスとは違うでしょう?』

 軌道上でインターフェースチェアに座っているトピアと異なり、エクレアとトピアは息も絶え絶えだ。

 何よりGの変化が強烈だ。バイザーで見る限り、確実に10Gを超えている。そこから突然0Gに戻り再び再加速。

 高機動戦闘にはそれなりの自信があったが、Gの変動幅が大きすぎてトピアの戦技には到底ついていけない。これを続けていたら身体がおかしくなりそうだ。

 しかし、とエクレアは思う。

 この高機動はおそらく今までのアルバトロスでは実現不可能だ。

「この新型機はウェポンベイの開閉が素早いんですよ。キックバック戦術核ミサイルを撃つ時もウェポンベイの開放は一瞬です。さらに最大戦速は今までよりも10%以上向上しています」

「そう、ね。今度のアルバトロスは凄いわ」

「合わせてOQ3000Dテュールという無人戦闘機も投入されます。機体全周六〇門のレーザー砲が装備された最新型です。これをタドポールの中に打ち込めればおそらく戦局は変わります」

「……そう、楽しみね」

 ほとんど失神しかけているルビアの事をおもんばかりながら、エクレアはトピアにそう告げた。

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