エイプリルフールの幻

あまたろう

本編

「エイプリルフールの幻」


 「ねえ、一日だけ私の彼氏になってくれないかな?」

 突然そう言ってきたのは、正直名前も知らない女の子だった。

 微妙に雰囲気が違う気もするが、うちの制服を着ているのでおそらく僕と同じ高校の生徒なんだろうという程度だ。

 でも今日は4月1日。春休みの真っ最中なので、制服を着るにはいささか早い気がする。

 「あ、私は今この学校に通ってないから、ちょっと用事で学校に行ってきたんだ」

 ふうん、とこの時はそんなもんかという気持ちでその子の話を聞いた。

 背は僕よりも少し低いぐらいで、髪は肩より少し下ぐらいの長さの漆黒のストレート、そして目鼻立ちははっきり、とは言わないまでも控え目ながら整っており、間違いなく美人の部類に入る容姿だと思う。

 ただそれよりも何よりも、僕はこの女の子をどこかで見たことがあるのではないか、というのが第一印象として最も強かった。

 何で一日だけなのかとか何で僕なのかとか訊きたいことはたくさんあったが、その子は「断らないのは肯定の証」と言って僕の腕に自分の腕を絡めてきた。

 正直嫌な気分ではない……というよりもドキドキしているのが強かったので、僕はその子に1日を預けることにした。

 「何で自分なのか、って思ってる?」

 当たり前だ。

 「私は君のことを知ってる気がする……というか、これから知るような気がしたから、興味があったんだ」

 ますますわからない。

 そもそも僕は君の名前も知らないんだけど。

 「今日1日だけだから、名前は何でもいいよ」

 教えてくれないらしい。

 「ところで、君は誰かと付き合ったことはあるの?」

 なくはない……が、あれが付き合った数にカウントされるのかは不明だ。

 確かにデート的なことはしたが、勇気がない僕は手をつなぐこともそれ以上のことも何もできなかったのだ。

 フラれるときも「キスもしてくれなかった」というのが理由だった。

 「可愛いね」

 ちょっと馬鹿にされた。


 その後僕らは遊園地、ゲームセンター、ショッピング……と、1日を満喫した。

 「ねえねえ、この世に一つしかないペアのキーホルダー作ります、だって。行こ!」

 ハート型の金型だ。

 自分たちでそれに好きな文字や絵を入れて、好きな断面で2つに切ってそれぞれをキーホルダーにするらしい。

 今日1日の約束ということもあったが、何より恥ずかしかったので本当にやるのかと言いかけたが、その子がすごくキラキラした目をしていたのでおとなしく従った。

 今日の日付とお互いの名前のイニシャルを入れる。ふうん、Rか。

 やばい、自分の気持ちが1日じゃ済まなくなる。


 深夜12時前。

 高校生が出歩いていていい時間ではなくなっていたが、僕らは近所の公園のベンチにいた。

 「1日、終わっちゃうね」

 なんで1日なのか、という言葉を言おうかと思ったとき、彼女は僕の肩に頭を乗せてきた。

 「ごめんね、今日しか無理なんだ」

 なんで、と言いそうになったとき、ふわっと唇に柔らかい感触があった。

 「ありがとう。たぶんキスしちゃいけなかったんだけど、ちょっと我慢できなくて」

 僕は彼女を強く抱きしめた。

 キスしちゃいけなかったという言葉の意味がわからなかった。

 「もうお別れだね」

 嫌だよ、今日だけじゃなくこれからも一緒にいてほしい。好きになったんだよ。

 イニシャルしか名前も知らない女の子。というか、せめて名前を教えてよ。

 「たぶんダメ。びっくりするから」

 名前を聞いてびっくりすることなんかあるのかと思いつつ、僕は彼女を抱きしめる手を強めた。

 ひとすじ涙を流した彼女は、バイバイ、という言葉をとともにもう一度僕にキスをした。

 そしてその瞬間、僕の腕の中にあった彼女の感触がぬくもりとともに消え去った。

 一瞬何が何だかわからなかった。

 彼女はエイプリルフールの余韻とともに完全に消え去った。


 どれくらいそこにいただろうか、母親が迎えに来るまで僕はずっと呆然としていたようだ。

 ……というか、母親はなぜここがわかったんだろうか。

 ついでに、いつもならこんな時間までどこをほっつき歩いていたのか、と怒られる展開のはずなのに。

 「ふうん、アンタあの後そんな顔してたんだね」

 何を言ってるのかと思ったが、母親が持っている鞄についていたキーホルダーを見て顔が爆発しそうなほど熱くなったことがこの日の最後の記憶になった。

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