黄泉之駅

第1話

※※※




「ま〜た、おばちゃんと喧嘩したんか?」


「うん……。だって、全然私の言い分聞いてくれんけん」



 どこまでも続くのどかな田んぼ道を歩きながら、私は隣にいる幼馴染の隆史に向けて愚痴を溢した。


 のどかと言えば聞こえはいいが、実際にはいつ廃村してもおかしくはない程のド田舎だ。

 村の人口はたったの100人程で、その内に10代の子供といえば私を含めても14人しかいない。それでも、私は生まれ育ったこの村が好きだった。


 小さな頃からお婆ちゃん子だった私は、山菜や薬草などといったものから野に咲く様々な花まで、よく祖母に連れられて色んな場所へ行っては、その経験豊富な知識に随喜ずいきしていた。そんな想い出が沢山詰まった、大好きな村なのだ。

 けれど、進路となると話はまた別で、来年の春にはこの村を出て都会の大学へ進学するつもりでいた。ところが、私の母はそれを反対したのだ。



「俺は、親父の跡継ぐから進学はせんけどな」


「私はそんなん嫌やけん……」


「なら、またちゃんとおばちゃんに話してみ」


「……うん」


「なら、また明日な」


「うん、また明日」



 気持ちの晴れぬまま隆史と別れると、トボトボと一人あぜ道を歩いてゆく。



(こんな時、お婆ちゃんだったら……)



 昨年亡くなった祖母の事を思い出しながら、溢れてきた涙を拭うとキュッと口元を引き締める。

 


(馬鹿らしいかもしれんけど……やっぱり試してみよう)



 予め用意してきたハガキを鞄から出すと、私はそれを持ったまま駅へと向かった。

 この村に唯一ある無人の駅は、朝と夕の日に2本しか電車が通らないほどさびれた駅なのだが、その駅には昔からちょっとしたある噂があった。その駅にあるポストへ死者宛のハガキを出すと、一度だけ会うことができるというのだ。


 そんなにわかには信じられないような話しでも、今の私はすがり付きたい思いだった。それ程に、祖母のことが恋しかったのだ。



「本当に会えるんかな……」



 『黄泉之よみの駅』と書かれた看板を見上げると、その傍にあるポストへと視線を落とす。

 死者と会えるという噂からか、はたまた駅の名前からそんな噂がたったのか……。それはわからないが、改めて考えてみると何とも不思議な名前だ。そんな事を思いながらも、私は持っていたハガキをポストへと投函した。



「……よし。あとは、夜中0時にここに来ればええんよね」

 


 ポツリと一人呟くと、私は来た道を引き返して帰路へと着いたのだった。




———————



——————




 ——その日の夜。0時5分前に『黄泉之駅』へとやって来た私は、ドキドキと期待に胸を高鳴らせた。

 死者と会えるという噂を完全に信じているというわけではないが、嘘だという根拠もない。それなら、私はその可能性に賭けてみたかった。

 0時になる瞬間を今か今かと待ちびる。


 持っていた携帯の表示が0時丁度になった瞬間、それは音もなく私の目の前に現れた。




 ———!!




 突然目の前に現れた電車に驚き、私はその場で固まると固唾を飲んだ。まるで夢でも見ているのかと疑うような光景に、ヒヤリとした汗が背中を伝う。音もなく開いた扉を見つめながら、私はゴクリと小さく喉を鳴らした。



「——みっちゃん」


「っ、……お婆ちゃん!」



 目の前の扉から姿を現した祖母に駆け寄ると、その身体を抱きしめて涙を流す。そんな私を、優しく包み込んでくれる祖母の手。それはまるで生きているかのように温かく、これは間違いなく夢などではないのだと私に確信させた。



「会いたかった……っ、会いたかったよ!」


「まあまあ……。どうしたと、みっちゃん。ほれ、こっち来んね」



 そう言って優しく促してくれる祖母に連れられて車内へと進むと、誰もいない座席へと静かに腰を下ろす。

 沢山話したいことはあるはずなのに、止まらない涙で言葉が詰まって上手く出てこない。そんな私の背中を優しく撫でてくれる祖母は、ゆっくりとした口調で口を開いた。



「これからはずっと一緒やけん、みっちゃん」


「……え?」



 聞き覚えのないその声にピクリと肩を揺らした私は、ゆっくりと顔を上げると祖母の方を見た。



「みっちゃん」



 確かに見慣れた祖母の顔だというのに、その口から発せられる声は祖母のものとはまるで違う。



「あなた……、誰……っ?」



 震える口元でそんな言葉を紡ぎながら、あの噂を思い返してカタカタと震え始めた私の身体。一度だけ死者に会えるというあの噂には、必ず守らなければならないと言われているものがあった。

 それは、ハガキに死者の名前と自分の名前を書くこと。そしてそれは、必ず表と裏に分けて書かなければならないということだった。

 もし、同じ面に名前を書いてしまったら、そのまま黄泉の国へと連れ去られて二度と帰っては来られないと——。



(私……っ、自分の名前……裏に書かんかった……)



 そこまで思い返すと、顔を青ざめさせた私は窓の外を振り返った。暗がりの中でもハッキリとわかったのは、そこに見えるのが見慣れた村の風景などではないということ。



(ここ……、どこ……?)



 嫌な汗がジワリと滲み出し、先程までは感じなかった冷気が車内ごと私の身体を包み込む。確かに祖母の姿をしている”ソレ”は、祖母とは似ても似つかない程の不気味な笑顔を見せると、私に向けておぞましいほどの悪声を発した。



「みっちゃん。……これからは、ずっと一緒やけん」






—完—

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短な恐怖 邪神 白猫 @yua9126

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