西洋の香り

にゃしん

パン

 日曜の昼前、中年の小太りの男が走っていた。

 減量しなければと思い、走り始めて四日目となる。

 馴染んできたコースを右に曲がると、小麦粉の焼ける匂いが鼻を燻ってきた。

 今日も耐えなければと思うも、店の前で足が止まる。 

 麦穂二つが斜めに重なりあう看板のパン屋で、そのままの名で双麦ふたむぎと柔らかそうな書体で書かれている。

朝食を食べたはずだが、腹の音は正直に空腹を訴えてきた。

ダイエット中だぞ、と自分を律するも開店を知らせるベルの音が聞こえ、ドアが開く。中から店員が現れ、片手に洒落た平皿を持ちその上には試食用の小さくちぎった塩パンがのっていた。

 誘惑に負けまいと離れようとしたが、店員と目があってしまった。

「宜しければ、お一つどうぞ」

 差し出された物を拒絶するわけにはいかず、無抵抗で口に入れた。

 口の中でバターと麦の味が合わさり塩がそれぞれを強調する。

 ダイエットは今日でやめだ。

 男は飲み込むと、パン屋へと入っていった。

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西洋の香り にゃしん @nyashin

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