第四話:アルケオス


 放課後。

 夕暮れ時の学校からの帰り道。

 尊は学校で共有した情報を整理しながら歩いていた。


「(つまり、アルケオスというのは本来は非異能者が異能を使うため。或いは異能者の能力発動をサポートするための兵器として作られていた強化骸骨格スーツ……)」


『(肯定。異能者は上位次元に存在するCケィオスに干渉し、こちら側へと引き出すことで異能を発動させることが可能とななります)』


「(そして、重要なのはその上位次元に対する干渉能力ってやつか)」


『(大量に引き出せば引き出すほど、強力で大規模な異能を発動することが可能となります。無論、上位次元のエネルギーをこちらに引き込む以上は相応の負荷によって体力や精神力等の消耗も存在しますが)』


 脳内でシリウスはピッと指を上げた。


『(要約。異能の使用にはHPとMPを消費します。故に無制限に使えるわけではないということです)』


「(ゲーム的な用語で纏めてくれて助かるよ)」


 それでいいのかと思わなくもないが。


「(えーっと、それでそのCケィオスという大厄災以降に見つかった力は可能性に満ちた現象だった。だからこそ、その研究は未来のおいて最優先事項で行われたと……)」


『(回答。その多くの研究の一つが遡行実験であったのです)』


「(そして、それとは別にCケィオスの可能性を模索する研究の中で生まれたのが―――)」


『(着用者の干渉力を補佐する強化骸骨格スーツ――機体名「アルケオス」)』


「(アルケオスの構成する高次元マテリアル……だったか? 確かCケィオスを安定化させた特殊な物質でそれを纏うことで搭乗者の上位次元への親和性を高めてくれる……んだっけか?)」


 Cケィオスを基に物質化されたのが「高次元マテリアル」。

 それを装着しCケィオスに対する親和性を向上させ、そしてアルケオスという機体を介して干渉することでCケィオスが異能へと転じる際に発生する相転移負荷を軽減することが出来る――らしい。


『(要約。アルケオスは装備アイテム。装備すれば異能自体を強化、そして使用時の使用者の消費を軽減。異能使用の際の効率を高めてくれるものであった)』


「(わかりやすい)」


 その零号機こそがシリウスの搭載機であり、今の尊の身体と現在融合している機体というわけだ。


『(説明。その特殊な構成物質による堅牢性と存在強度の高さ。これらを評価してB-15計画での採用が決定されました。搭載されたシリウスによる情報サポート、装着することによって得られるアルケオスの力。その二つを持って介入行動を置こうなうのが計画の骨子でした)』


「(まあ、辿り着くこと自体は成功するもいきなり破綻しかけたわけだが……)」


 今更言ってもしかたないことではあるが……。


 シリウスが何度か説明していた通り、この融合という手段はそもそも正規の機能ではなく、大前提としては装着して使用するのが運用として正しいらしい。

 これはアルケオスを構成しているのが、万象に干渉することが出来るCケィオスを基としているからこそ出来た裏技。

 量子変換する際に尊という人間を巻き込むことで無理やりに情報を統合、一つのモノとして新たに取り込んで再構成するというトンデモ技だ。


(正直、技術とか理論とかイマイチわからないけど相当な奇跡の連続で今の俺はある……というのはなんとなくわかった。それ以外については何とも言えないけど……それよりも)


 元来、非異能者でも装着することによって異能を使えるように出来るのがアルケオスという存在だった。

 だが、実際には装着ではなく融合して取り込むという運用方法となり――問題が出ないというのは楽観視が過ぎるだろう。



『(術式展開。――アルギオスの盾)』



 シリウスの言葉が脳内に響いた。

 尊はそれを合図に左手で右腕の手首をゆっくりと掴んだ。


 否。

 正確に言えば……掴もうとした。


「おおっ、凄いな」


 掴んでいるはずなのに右腕の手首に触れられた感触がない。

 それはそうだろう。

 手首を掴もうとしている彼の左手は右腕のほんの数センチだが隙間を空けて静止していたのだから。


(何かが……確かにある)


 もちろん、わざとそうしているのではない。

 見えない何かに遮られているのだ。

 所謂、障壁とかバリアとかそういう類の透明な力場それが遮っている。


 超常の現象。

 つまりは。


「これが異能……」


『(否定。正確には本機の代理演算による術式プログラムで指向性を持たせた異能の疑似再現)』


「(ん……ああ、そうだったな)」


 異能というのは本来一人につき一つしか使えない。

 そしてそれは多彩でバラバラだとか。


『(解説。Cケィオスを人が使う際に発生するCケィオス移相力場にには波長が存在する。この波長は人によって違い。しかも指紋のように同じものは存在しない。その違いが異能の種類の違いに繋がっているとされています。ただ、使用者の何の違いが波長の違いに表れているのかまでは不明)』


「(……つまり?)」


『要約。体系的な分類があるものではない。言うなれば全ての異能はオリジナル|術(スペル)』


「(ほー、なるほど)」


 術式プログラムというのは個々の異能者の発動のプロセスを記録、解析、解体し電子的な情報に変換。それをアルケオスに組み込み演算処理によって疑似的な異能の再現を行うプログラムらしい。

 要するに調べ上げた異能を再現して発動するプログラム。


(聞いているだけで俺でもすごいってわかる超技術だよな……それって)


 とはいえ、欠点がないというわけではない。

 色々あるらしいが一番大きいのは術式プログラムを使うには装着者が非異能者でないと使えない点だ。


『(解説。非異能者と異能者の違い。それはCケィオスへの知覚、そして干渉に成功したか否かであるとされています)』


 理論的に全ての人間はCケィオスを引き出すことも干渉することだって出来るらしい。


 重要なのは知覚できるかどうか。


 知覚さえ出来てしまえばあとは干渉し、実際に引き出して事象を発生させ――異能者へとなる。


「(一度、異能者になってしまうとその波長とやらが固定化しちゃうんだっけか?)」


『(回答。習得異能の個々人による違いについてはまだ未解明の領域ですが、そのように推測されています)』


「(なるほど、そしてそういう性質だからこそ非異能者にしか術式プログラムは使えない。自身の固有の波長を持っているとプログラムと干渉してしまう……から)」


『(解説。とはいえ異能者が装着した場合はあくまで術式プログラムが使えないだけで、装着者の異能強化する機能や負荷を軽減する機能、異能使用の効率化は問題は図なので特に開発時に問題化はされなかったとデータには記されています)』


『(非異能者には汎用の異能の力を与え、異能者にはさらに異能を強化する――万能の兵器だな)』


 術式プログラムで発動する異能の疑似再現は本来の異能とは違って常に一定の効果しか得られない。

 一見すれば欠点だが考え方を変えればそうとも言えない。

 

 システマチックにプログラムとして分解されているが故、決められた手順で発動すれば決められたスペックの効果しか発揮しない。

 以下も無いが以上もない一定なのが術式プログラムの特徴だ。

 異能は成長したりもすることがあるらしいが、術式プログラムの疑似再現には存在しない。


 プログラム通りのスペックを常に出力する……それは兵器としての汎用性を考慮すれば長所とも言えるわけだが。


「(兵器としては優秀だな……もういいぞ)」


『(了解。――術式停止)』


 とはいえ、それは正常な場合でのアルケオスのスペックだ。


 ここには例外がある。


 本来、アルケオスというのはスーツとして装着するもの。

 つまりは装着者とアルケオスは別々に独立した存在なわけだ。

 術式プログラムの演算もアルケオスが勝手にやってくれて装着者には何の関係もない……はずだったのだ。


 融合なんてのは開発者の想定の範囲外なわけで、現時点でどのような影響を及ぼすのかは未知数。

 今のところは平常状態では目立った影響はないということだが……。


『(説明。現状の状態……融合体サイボーグのことなのですが。やはり、|融合体(サイボーグ)の状態で本機のスペックを最大稼働した状態を演算すると保証できる活動時間はおよそ――百八十秒であると結論に達しました)』


「(百八十秒……)」


 シリウス曰く、今の状態でもアルケオスを完全起動させることは可能らしい。

 融合はしているもののその全てが一体化したわけではない。

 尊の内部に収納している部分を召還し現出させ、使用上の通りに身に纏って運用する状態ならば一時的に全力のスペックを取り戻すことは可能――そしてその活動期間が百八十秒……つまりは三分だと何度も演算を繰り返した結果を導き出したらしい。


『(回答。それが活動限界。……ヒーローっぽい要素ですね)』


「(それはちょっと思ったけど……因みにだがその百八十秒を超えるとどうなるんだ?)」


『(不明。想定としては過剰負荷オーバーロードによって神経系回路が全て焼き切れるかあるいは――)』


「(ああ、うん。もういいや、絶対に使わねー)」


 彼はそう硬く心に誓った。


(どう考えてもろくな目にあいそうもない……。それにしても案外話しやすいなシリウスのやつ)


 ゲームや電子漫画、アニメ等の知識を貪ったお陰か意外に会話が続く。

 そうこうしているうちに帰り道も大分進んでいたようだ。

 いつもの家への向かう二股の道に差し掛かった。いつもなら左だが今日は用があるため尊は右の道へ向かい市街地の方へ。


 ちょっとした用事があったのだ。


「(えっと、携帯端末はとりあえず適当に即日手に入れられる程度の最新機種でいいんだよな?)」


『(肯定。どのみち入手してから改造によるスペックアップを行う予定。細かな性能の違いは誤差の範囲です)』


「(……その改造ってするの俺だよな?)」


 携帯端末が欲しい。

 シリウスから要望であった。

 情報化社会と言われる現代において最も情報が氾濫しているのがネットだ。

 情報収集をするならそれを活用するのは当然で、スキルのある人間でなければその情報量に翻弄されるだけの電子の海も、未来の高性能AIであるシリウスの処理能力ならば有効的に処理をし集めることが出来る。


 だからこそシリウスは外部端末を欲した。

 外部、演算ユニットはあればあるだけあるに越したことはない。

 アルケオスの電子脳核内の情報処理は基本的にアルケオスが最優先な以上は当然だろう。

 尊としても理由もキチンとしたもので否はない。

 だが、ここで一つ問題が。


(携帯……やっぱり、あの時だよなぁ)


 現在、彼は携帯端末を持っていない。

 正確に言うのなら……一昨日のあの出来事の際に失くしたのだ。


(シリウスが蘇生させてくれた時、服とかも再生してくれたので裸で家に帰ることは避けられたけど……それ以外はな。俺も気が回らなかったし。一応、廃ビルに入る時は持っていた記憶はあるけど……)


 恐らくあの現場に残ったままなのだろう。

 そんなわけで尊は現在、この社会でしかも高校生にあるまじき情報端末を不所持という状況に陥っている。


(正直耐えられない……。普通ならすぐに新しいのを用意するとこだけど、昨日は流石に気持ち的に無理だったからなー)


 歩にも「メール送ったのに」などと返信がないことを文句言われたこともあり、彼はシリウスの頼みがなくとも放課後に携帯ショップに直行していただろう。


(携帯端末、折角買い換えたばっかだったのに……。それに服とかは再生したけど、バックとかそこら辺も結構。全部合わさると被害額は―――いや、計算するのやめよ)


 気分が下がるだけだと尊はそこで考えるのをやめることにした。


『(注目。ユーザーあそこは……)』


「(おっ、ここは)」


 そんなことを考えている内に気付けば例の廃ビル。

 いや、廃ビルの近くにまで来ていたようだ。


(そう言えば学校から携帯ショップへと向かうルートならこの近くを通ることになるのか……)


『(要請。……管理サポートAIシリウスからユーザーへ。あの廃ビル跡の現場で確認事項あり。向かうことを提案します)』


「(ん? 携帯ショップはどうするんだ?)」


『(回答。時間はそれほどかからない予定です。昼休みの時のシリウスからユーザーへの提案にも関係のある事柄となります)』


「(提案? ああ、そんなことも言いかけてたな、情報収集する際の指針の話だっけか?)」


『(肯定)』


「……まっ、いいだろ」


 興味がないわけでもない。

 尊はそう考え廃ビル跡へと向かった。


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