第53話 アトラス2

(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私はただの壁を見つめながら、そんなことを考えた。


 目の前にあるのは本当にただの壁だ。


 真っ白で、模様すらない壁。


 だから誘うも何もあったものではないのだが、私はそんなことを考えてしまったのだ。


(ダメだ……魔素が減りすぎてムラムラが極限状態になってる)


 そのせいでただの壁にまで発情してしまった。かなりの重症だ。


 私はアトラス様がいなくなってからずっとただ待っていたのだが、なかなか帰って来ない。


 時計がないので正確には分からないが、二、三時間は経っていると思う。


 それでいったん部屋を出ようと考えたのだが、どこを探しても扉がないのだ。


 壁も床も天井もただのっぺりと平たいだけで、外に繋がりそうな所がない。


(だから壁を壊せないかと思って頑張ってみたんだけど……やめとけばよかった)


 ガイドのメロウさんも言っていたが、この神殿の壁は本当に硬い。


 ガルのゴッドバードや、スライムぷにぽよキャノンですら傷一つつかなかった。


 もともと私の魔素はアトラス様との戦闘でかなり減っていたのだ。


 そこからさらに消耗した私はもうどうしょうもないくらいムラムラになってしまった。


(仕方ない。ここはセルフケアで回復を……)


 そう考えて、自分の体に手を伸ばす。


 部屋にはリンちゃんもカリクローさんもいるが、二人ともまだ意識を取り戻していない。


 心置きなく乱れて回復してやろうと思った時、目の前の空間が歪んだ。


 そして消えた時と同じように忽然とアトラス様が現れる。


 ただし消えた時はクラーケンと融合した姿だったが、今は元のお爺さんに戻っていた。


「ふう。お待たせしたのぉ、お嬢さん」


「アトラス様!」


 私はいったん回復をあきらめて手を後ろに回した。


 ムラムラは相変わらずひどいが、それどころではない。


「ど、どうでした?」


 私はざっくりと尋ねた。


 色々聞きたいことはあるわけだが、なんと言っていいものが悩む。


 アトラス様もその質問で私の聞きたいことは分かっただろう。


 ゆっくりとうなずき、それから口を開いた。


「久しぶりに生の実感を得ることができたように思う。お嬢さんの言う通り、生きる力になったのじゃろう」


 そう言うアトラス様の顔はどこかツヤツヤしており、確かな満足があったことをうかがわせた。


「良かった!!じゃあ……」


「しかし、億単位の歳月はやはり長い」


 喜ぶ私の言葉をアトラス様は逆説で遮った。


 それから儚げに笑う。


「お陰さまでもう縁がないと思っていた『喜び』というものに出会えたがな。きっと、このままでもお嬢さんのおかげでワシの寿命は伸びると思う。じゃがそれにだってやはり限界はあるからのぉ」


「アトラス様……」


 アトラス様が生きてきたのは人間の感覚では想像もできない、途方も無い時間だ。


 だからその苦しみなど私に理解できるはずもない。


 ただし、それでも私の答えは変わらなかった。


「でも……やっぱり私の手で世界を終わらせることはできません」


 その結論は変わりようがないのだ。


 そこでアトラス様の笑顔が少し変わった。先ほどまでと違い、明るい笑顔だ。


「実はな、お嬢さんがワシを殺しても世界は崩壊せんのじゃよ」


「……え?どういうことですか?」


 ちょっと待て。それだと話がまるっきり違うぞ。


「さっきはお嬢さんに役目を忌避されるのを恐れて隠してしまったが、お嬢さんがワシを殺せばワシの役目はお嬢さんに引き継がれる」


「私に?私が世界のバランスを取るためのシステムを動かすんですか?」


「その通りじゃ。ワシが異世界から才能のある人間を喚んでおったのは、新しい神になってもらおうと思ったからなんじゃ」


「あ、新しい神!?私って、神様候補生なんですか!?」


 あまりの重大発表に、私の声は裏返ってしまった。


(いやいや……こんな異世界に来ただけでも驚きなのに、神様になれと言われましても)


 アトラス様は驚く私へさらに追い打ちをかけてきた。


「候補生どころか、お嬢さんはすでに神様としての資格と治めるべき自分の世界を得とるんじゃよ。新免の神様って感じかの」


「ええっ!?いつの間にそんなことに……自分では全く変化を感じないんですが。っていうか、そもそも神様って何?」


 ある意味で哲学的な疑問な気がする。


 しかしアトラス様は割と明確に答えてくれた。


「ワシみたいのを神だと定義するならば、神になる条件は大きく二つある。一つは自分の管理する世界を持っておること、もう一つはその資格を持っておることじゃ」


 なるほど。確かにざっと考えるとそんな感じかもしれない。


「でも私、両方とも持ってませんけど」


 アトラス様は私の腰あたりを指さした。


「そこに下げた格納筒、それがお嬢さんの世界へのゲートじゃ。お嬢さんが管理すべき世界に繋がっておる」


「こ、これってそんな重大アイテムだったんですか!?……いくらなんでも説明が足らなさ過ぎですよ」


「お嬢さんの言う通りじゃが、システム維持のためワシは自由に動ける時間が限られておる。勘弁してくれ」


(その割に今も無駄話が多かった気がするけど……)


 私はそんなことを思ったものの、時間が惜しいのは確かなので先を急いだ。


「じゃあ、神様の資格は?」


「お嬢さんは多分、金色のでっかい果物をもいでそのエネルギーを体に受けたじゃろう?あれが資格じゃ。ゲートを所持した者があのエネルギーを受けると、正式にその世界の神様になる」


 そういえば大木のダンジョンを攻略した時にそんなことがあった。


 金のリンゴを切り落とすと、その光が体の中に入って来たのだ。


「あれにそんな意味が……」


「ワシはそういうゲートや資格を複数作り、この世界に撒いておる。そして異世界からの転生者がそれらに惹かれるよう仕向けておるんじゃよ」


 なるほど、確かにどちらのダンジョンにも不思議と誘われている感じがした。


 しかし、そのことについて私には疑問が残った。


「なんだか、すごくまどろっこしい事をしてる気がするんですけど……異世界に転生させた時にくれれば良くないですか?」


「そうしたいのは山々なんじゃがな。この世界の住人はワシも含め、今はなき最高神によっていくつかの制約を受けておる。特にこの世界を壊しかねないような直接的行動は取れなくなっとるんじゃ」


「この世界の住人は制約を……あっ、だから私みたいな異世界の人間を喚んだんですか?」


「ご明察じゃ。そういう間接的な行動なら取れるのでな。迷惑をかけて申し訳なかったが、まぁ神様になれたということで勘弁してくれ」


 そのトレードオフはどうだろう?


 神様になれるかどうかはこの異世界に来てからの運と実力次第だ。


 しかも神様になったという私は今のところ何の恩恵も受けてない。


「でも神様になってるとか言われても、なんの変化も感じないんですけど……」


「この世界にいる間はそうじゃろうな。しかしお嬢さんの管理する世界に入れば色々変化を感じるじゃろう」


「どうやって入るんですか?」


「難しくはない。お嬢さんが普段使役モンスターを格納筒に入れる要領で、自分を入れればいい」


 なんだそれ。そんな簡単にできるのか。


 私は言われた通り、格納筒を自分に向けて自分を吸い込むように念じた。


 すると、いつもは虹色に輝く格納筒が、黒く輝いた。


 黒なのに輝くというのはおかしい気もするが、確かに光っていると感じるのだ。


 私の体はその漆黒の光に包まれて、意識ごと格納筒に吸い込まれていった。



***************



(何あれ……誘ってるのかしら?)


 私は黒い光に吸い込まれながら、そんなことを考えていた。


 その光の奥に、何かがあるのを感じる。それは不思議と安心感を覚える何かであって、そこへ誘われているような気がするのだ。


(何だろう、これ……まるでそこが私の家みたいに感じる……自分のいるべき場所がそこにあって、その場所も私を待っててくれているような……)


 私はその感覚に誘われるがままに進み、そしてたどり着いた。


「ここは……?」


 私はそうつぶやいたつもりだったが、その声が耳から聞こえない。まるで世界から音が消えてしまったかのようだ。


(なにこれ……どういう状況?何にも感じられないんだけど)


 それは非常に不思議な感覚だった。


 私という存在はここにるのに、その体が感じるはずの全ての感覚がないのだ。


 そして、周囲にも何も無い。


 いや、そもそも『周囲』という概念自体が存在しないのだという事を私は悟った。


 私たちは普段、三次元の空間で『あそこにあれがある』といった場所を知覚するわけだが、今私がいるこの環境はその三次元空間が存在していない。


(変な感じ……本当に何も無いんだ。いや、無いっていう概念すら無いんじゃないかな)


 もはや普通に考えたら頭がこんがらがってしまいそうな感覚だが、私には不思議とそれが受け入れられた。


 しかもなぜかこの状況をコントロールできる気がするのだ。


(もしかして、これが神様になるってことなのかな……)


 そんなことを考えながら、私にはふと気がついたことがあった。


(私の中に……何かいる?……外じゃなくて、私の中に……)


 私が気づいたそれらは、まるで暖かい陽光のような印象を受ける存在だった。


(これは……うちの子たちだ!!)


 私は自分の中に、使役モンスターたちの存在を感じ取っていた。


 はっきりと形があるものではないが、確かにその存在を感じるのだ。


 そして、それが私のエネルギーになっているのが分かる。


 今は空っぽのこの世界で、私の中に見つけたその存在たちだけが光を発しているように感じられた。


(ん?……うちの子じゃないのも混じってるかも……ワイバーンに……巨大ヤテベオ?……あっ、これ……今まで格納筒で吸ったモンスターたちだ!!)


 私はその存在にも気がついた。


(つまり……格納筒で吸ったものが私の、そして新しい世界のエネルギーになるってこと?)


 つまりは、そういう事なのだろう。


(そうか……私があの異世界でモンスターを隷属させたり、倒したモンスターを吸ったりすると、そのエネルギーが新しい世界のエネルギーになるってことか)


 私はそのギミックに納得しつつ、また一つ重大なことに気がついた。


(……しまった!!元の世界に戻る方法を聞いてなかった)


 これは大失敗だ。


 ここが私の新世界だとしても、とりあえずは一度帰らねば。世界の危機がどうのという話になっていたわけだし。


(えっと……どうしよう……うーん……)


 この世界ではすでに脳みそなど無いことを知りながら、無い脳みそを一生懸命稼働させようとした。


(格納筒に吸い込む感じで新世界に来られたんだから、召喚の要領で出られないかな?)


 私はそう思い、召喚魔法を使う時のように自分で自分の名を念じた。



***************



「……ハッ!!も、戻ってこられた?」


「お帰り、お嬢さん」


 私は新世界に入る前と同じように、アトラス様の神殿の中に立っていた。


「た、ただいま……」


「と言っても、今お嬢さんが行った世界がお嬢さんのホームワールドになるわけじゃから『お帰り』というのは変だったかもしれんが」


「じゃあ……お邪魔します?」


「いらっしゃい、異世界の神よ」


 神。


 本当の本当に、私は神様になったようだ。


「どうじゃった?初めてのホームワールドは?」


「何ていうか……何もありませんでした」


「そうじゃろうな。そこから色々創っていくわけじゃが、お嬢さんならきっとすぐに出来るわい。なんとなくじゃが神としての才能を感じる」


「そうだといいんですけど……っていうか、私まだ神様やるって決めてませんよ?」


 アトラス様には私の発言がよほど意外だったらしい。


 目を可愛らしくパチクリとさせた。


「……むむむ?これは珍しいことを言うお嬢さんじゃな。普通の人間は神になれるなどと言われたら、それこそ舞い上がるほどに喜ぶものじゃが……ホームワールドでは大抵のことはお嬢さんの好きにできるんじゃぞ?」


「んー……でも私、大人になってからホールケーキを一個丸々食べようとして気持ち悪くなっちゃった事があるんですよ」


「ホールケーキ?」


「そうです。人間はみんな子供の頃に、『大人になって好きな事ができるようになったら、ホールケーキを一個丸々食べよう』って思うもんなんです」


「みんなではないと思うが……」


「みんなです。そして、みんな気持ち悪くなるんです」


 私は断言した。


 あの大きなケーキへの憧れは、気持ち悪くなるという経験をした今でも色褪いろあせない。


「神様になって好き勝手できるようになったら、それと同じことになると思うんですよね」


「まぁ……そういう事もあるかもしれんが……」


 アトラス様は眉根を寄せて、はっきりと困った顔になった。


「それじゃと……こっちの世界が崩壊してしまうんじゃが……」


 そうそう、そうなのだ。


 そこが問題なのだが、私にはいまいちまだ踏ん切りがつかない。


「そもそも世界のバランスを取るシステムって、いきなり引き継がれて管理できるものなんですか?」


「それは可能じゃ。自分の意志でそれをするというより、強制される感じじゃからな」


「あー、それでアトラス様は自由時間が限られてるんですね」


 目の前の神様は急にバツの悪そうな顔になった。ちょっと威厳に欠ける。


「そ、そこに気づかれるとワシとしても物を言いづらいんじゃが……正直なところ、それでさっきはシステム継承を隠してワシを殺させようとしたわけじゃし……」


 なるほど。やっぱりまどろっこしいようだけど、事情は理解できた。


「しかしお嬢さん、世界のためなんじゃ。どうかワシを殺してくれぃ」


 拝むように手を合わせた古参神様に対し、新米神様の私は腕を組んで難色を示した。


「うーん……世界のためか……でもやっぱり……ちょっと気が引けるんですよねぇ……」


 いくら神とはいえ、見た目はお爺さんの人をサックリ殺しちゃうのもためらわれる。


 出会い頭に地獄突きを食らわせそうになったけど、あれはあくまで催眠魔法のせいだ。


「お嬢さんは優しいのぉ。しかし、どちらにしろワシはもうこの役目を降りたいんじゃ。だから何の気兼ねもなく……」


 と、話しているアトラス様の困り顔を見ながら、私はふとある事実に気がついた。


 役目を降りるということは、『システムを放棄する』か、『自殺する』かのどちらかになるだろう。


(要は、そのどちらかをする前に自分を殺してくれってアトラス様は言ってるわけだよね?)


 しかしそれだと、先ほどの話と矛盾が生じるように思える。


「……あれ?アトラス様さっき、『この世界の住人は世界を壊すような直接的な行動が取れないよう制約を受けている』って言ってませんでした?ということは、アトラス様はシステムを放棄することも、自殺することもできないのでは……?」


 ギクリ。


 という音でも聞こえそうな顔をアトラス様はした。


 そして、それでハッキリと図星を突かれているということが分かった。


 この人、神様なのにすごく分かりやすいな。


「す、鋭いお嬢さんじゃな……名探偵お嬢さんじゃ」


(いやいや、あなたが口を滑らせ過ぎなんですよ?)


 私は心の中だけでツッコミながら結論を述べた。


「つまり私が何もしなくてもアトラス様はシステムを維持し続けるし、世界も崩壊しない、ということですね」


 アトラス様はギリギリと歯ぎしりしながら唸った。


「ううう……何という血も涙もないお嬢さんだ……ワシのことを殺してくれんとは……」


 いや、殺さないことを恨まれても。


 まぁ確かに億単位の歳月を生きて、しんどいのはしんどいんだろうけど。


 アトラス様は急に顔をクシャクシャに崩し、床に転がって手足をバタつかせ始めた。


「い……イヤじゃイヤじゃ!!もうあのシステムを支え続けるのはイヤなんじゃー!!アレすっごく大変なんじゃぞー!!もう代わってくれー!!」


 急に駄々をこね始めた神様に、私はあきれてしまった。


 しかもそのすごく大変なことを押し付けようとしてる相手に言われても。


(これが神様……いや、私も神様なんだと思えばこういう人間らしいのも仕方ないか……)


 そこは理解してあげられないこともないが、やはりひっくり返って駄々をこねる老人というのはビジュアル的にちょっとくるものがあった。


(でもまぁ、これでこの話はお終いだよね。私はお爺さん相手に地獄突きしないで済むし、世界も大丈夫。アトラス様はちょっと可愛そうだけど、機会があったら話し相手にでもなってあげよう)


 と、私の中で世界の危機が去りつつある時、今度はアトラス様の方がひらめいた。


 ハッと目を見開いて、高い声を上げる。


「そ、そうじゃ!お嬢さんが殺してくれんかったら、神の資格を持たない他の転生者に殺させるぞ!」


「ええ?」


「そうじゃ!そうすれば世界は引き継がれず、ただただ崩壊する!今度はうまく騙してやるわい!」


「えええー……」


 なんとアトラス様ご乱心。


 逆ギレした挙げ句、脅迫って。いい齢した神様が恥ずかしくないのかしら。


「どうじゃ!?お嬢さんのせいで一つの世界が滅びるんじゃぞ!」


 うーん、このワガママお爺さんをどうしたもんかな。


(でも厄介なことに、本当に世界を終わらせる力があるんだよね……)


 その点を考慮すると、ただ面倒くさいお爺さんとだけ認識するわけにもいかない。


 さっきの発情体験で生きる喜びを再発見してくれたようではあるが、本人も言っていたようにそれもどれだけもつか分からない。


(……よし。こういう時は、まず共感だ)


 私はアトラス様のそばまで泳いで行き、その肩に手を置いた。


「アトラス様、今まで本当に大変だったんですね」


「……なんじゃ急に」


 急に優しくなった私へ、アトラス様はちょっとうろんげな視線を送ってきた。


 私の方はそんなことに頓着せず、出来るだけ穏やかな声を出す。


「いえ、一人でずっと重い役割を背負い続けることを想像したら何だか悲しくなっちゃって……誰も助けてくれない、誰も褒めてくれない中で頑張り続けるって、すごく辛いことですよね」


「……それはな……確かにそうじゃよ」


「本当に今までよく耐えてこられたと思います。もう誰かに代わりたいと思うのだって、当たり前のことですよ」


「ああ……もう本当に辛いんじゃ。だからお嬢さ……」


「そもそもアトラス様にその役割を背負わせた神様がひどいですよね」


 また同じ要求を始めそうになったアトラス様を、私は意図的に遮った。


 こちらのペースを維持せねば。


「最高神の人から頼まれたんですか?」


「……最高神からじゃが、頼まれたわけではない。完全に強制じゃ。ワシは大昔にあった神々の戦争において、負けた側の神だったからの」


「なるほど……でも戦争なんて大抵はどっちが良いとか悪いとか無いし、しかも勝ち負けだって運に左右される部分が多いのに……それなのに勝者が敗者を好き勝手するなんて、やっぱりひどいと思います」


「そう……そうなんじゃよ!あの腹立たしいゼウスの奴め……ちょっと巨神戦争ティタノマキアに勝ったくらいで調子に乗りおって……!」


(よし、感情の矛先が別に向いたぞ)


 私は心の中でガッツポーズをしながら話を続けた。


「最高神はゼウス様っていう神様なんですね」


「『様』なんて、あんな奴には付けんでいい!隙あらば浮気ばかりを繰り返すような品性のない男だ!」


 あらら。


 アラクネのアラーニェさんが織ってたタペストリーのモチーフって実話だったのか……


「それは困った最高神ですね。ちょっと尊敬できないかも」


「そうじゃろう!?ろくでもない奴じゃ!」


「そんなろくでなしに辛い役目を強制されてるアトラス様が可哀想です。きっと世界で一番辛い思いをしているのは、アトラス様ですよ」


「お嬢さん……」


「一人で悩むから余計に辛いんだと思いますよ?我慢せずに、その気持ちを吐き出してください」


 アトラス様は急に泣きそうな顔になって私を見た。


 そして私に抱きついて来て、胸に顔をうずめた。


「本当に……本当に辛かったんじゃよ……」


 私は子供のようになったアトラス様の頭を撫でてあげた。


 ナデナデはうちの子たちで慣れている。


「よしよし、お疲れさまでした」


 アトラス様はそのまましばらく泣き続け、私も優しく撫でてあげた。


 そして頃合いを見て切り出す。


「アトラス様……私やっぱり、すぐに代わりの神様をしますとは言えません。でも助けてあげたい気持ちもありますし、どうにか力になる方法を一緒に考えませんか?私も神として自分の世界を持てるわけですし、それを使って何とかアトラス様の負担を減らしたりとか……」


 言われたアトラス様は顔を上げ、私から離れた。


 そして腕を組んで考え始める。


「お嬢さんの世界を使って、負担を減らす、か……むむむ……」


 唸りながら、真剣に検討してくれているようだ。


 良かった。自暴自棄な脅迫から前向きな思考へと頭を切り替えてくれたみたいだ。


「むむむむむ……そうじゃな……お嬢さんの世界にこの世界の生き物たちを移せれば、システムの負担はかなり減らせるが……」


「そういう事ができるんですね」


「いや、やった事がないから本当にできるかどうか……」


「それでも、とりあえずチャレンジしてみたらいいじゃないですか」


 と、私がそこまで言った時、急にアトラス様の姿が歪み始め。


 どうやら次元が歪んでいるようだ。


「えっ!?もう時間!?」


 初めに異世界に飛ばされた時もこうだったが、そろそろタイムリミットということだろう。


 あの時に比べればだいぶ長かったが、おそらくあと少しでアトラス様といられる時間は終わる。


「そのようじゃな。システムの負荷がまた大きくなったのを感じるわい。ワシの自由時間はあと少しじゃ」


 アトラス様はそう言いながら腕を振った。


 するとリンちゃんとカリクローさんの体が消え、壁には扉が現れた。


 おそらく二人を元の場所にテレポートさせ、私をここから出られるようにしてくれたのだろう。


 後始末を忘れずにやってくれたは助かるが、話の結論がまだ出ていない。


「じゃ、じゃあ一応はいま話した路線で頑張るってことでいいですか!?」


「仕方ないのぉ。ならば当面はそういうことにしよう」


 私は時間に焦りながらも、ホッと胸を撫で下ろした。


 すぐすぐの世界崩壊はなんとか免れそうだ。


 しかし、ギリギリまで必要な情報を得ておかねば。


「次はいつ会えますか?それまで私は何をしてたらいいです?」


「いつかは全く分からん。明日かもしれんし、何十年先かもしれん」


「な、何十年……」


 それはまた極端な話だ。


 しかし億とかいう単位の年を生きる神様の感覚なら、そうでもないのかもしれない。


「それまでお嬢さんには自分の世界を今いるこの世界に似せて創っておいて欲しい。この世界の生き物たちを移すわけじゃからな」


「似せて創る……そもそも世界の創生って、どうやるんですか?コツとかあります?」


「ワシは世界創生をしたことのない神じゃから、実はよくは分からん。しかし世界創生はとにかく大仕事じゃと聞いておる。だからまずは働き手、つまり眷属となる神々を増やすことじゃな」


「眷属……って、それはどうやったら出来るんですか?」


「どうやったら?そんなもの聞かんでも分かるじゃろ。子作りじゃよ」


「……え?」


「だから子作りじゃよ。多くの世界では神々の子供たちがそれぞれ様々なことを司っておるものじゃ。だからまずはたくさん子作りすれば、仕事が楽になるんじゃないかと思うぞ?」


 アトラス様の姿はいよいよ歪み、声には次第には雑音が混じってきた。


 ただ、それでももう一言二言くらいは何かを聞けたかもしれない。


 しかし私はそうしなかった。そう出来なかった。


 なぜなら、私の頭の中は先ほどアトラス様が口にした言葉でいっぱいいっぱいになってしまったからだ。


(子作り……たくさん、子作り……)


 その言葉によって私の脳みそは世界の救済から一転、真っピンクに塗り替えられてしまった。


↓挿絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/bokushou/news/16817330649473105502


(子作り……ってことは、アレをしなきゃなんだよね……あんな事やこんな事……あぁっ……そんな事まで……!!)


 アトラス様は完全に消える直前、何か言っていたような気がする。


 しかし妄想の世界に旅立った私には、頭の中に響く嬌声しか聞こえていなかった。



***************



☆元ネタ&雑学コーナー☆


 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。


 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。



〈アトラス〉


 アトラスはギリシア神話に登場する神様です。


 ティターノマキアーと呼ばれる神々の戦争に負けた結果、ゼウスに天空を支える仕事を強制させられました。


 古代人の感覚では『天空はめっちゃ重いはず』という認識だったらしく、アトラスにはその仕事がとても苦痛だったそうです。


 それであわよくば別の誰かに役目を押し付けてやろうと狙っていました。


 そこへ英雄ヘラクレスがやって来ます。彼は王様に命じられて黄金のリンゴを探していました。


 その相談を受けたアトラスは、


「黄金のリンゴならうちの娘たちの庭園にあるから取ってきてあげるよ。その間、ちょっと天空支えてて」


と言って一時的に交代してもらいます。


 そして黄金のリンゴを取って来ると、


「ついでに王様の所へ配達してあげるから、もうちょっと待っててよ」


と申し出ました。


 ここでヘラクレスは、


(この野郎……俺にこの役目を押し付けようとしてるな)


と気づきます。


 そこで一計を案じ、


「いいけど天空を支えるのってキツすぎ。アトラスさん、ちょっとお手本を見せてよ」


と頼みました。


 アトラスは何の疑いもなくヘラクレスと交代して手本を見せます。


 その隙にヘラクレスは黄金のリンゴを掴んで逃げ去ってしまいました。


 結局天空を支え続けることになったアトラスですが、あまりに重いので自らメデューサの首を見て石になったという話もあります。


 ちょっと可哀想な神様ですね。


 律儀に一度ヘラクレスの所へ帰って来た辺り、人の好い神様だったんじゃないかという印象を受けてしまいます。



〈様々な子作り〉


 作中ではイカが精子の入ったカプセルを腕で渡す『交接』を取り上げました。


 イカに似た生物であるタコも同じ交接を行うのは、皆さんなんとなく想像がつくと思います。


 しかし生物として遠そうなクモも同じ生殖方法であるのは意外に聞こえるかもしれません。


 クモも腕でブスッといくんですよ。腕で。


 しかも種類によってはその時に結構な頻度で腕がもげるらしいです。


 それでもめげずに向かっていくクモのオスたち。漢。


 あと身近な生き物ではイモリもちょっと面白くて、オスはメスの前に精子の入った袋を落とします。


 メスは自分でそれを体内に取り入れるんです。


 でもたまに落とした精子を無視されてしまうことも。オス哀れ。


 イグノーベル賞に選ばれたトリカヘチャタテも変わっていて、この昆虫はメスがオスに生殖器を挿して交尾するんです。


 つまりメス側にペニスがあるようなものなんですね。


 しかもメスは生殖適正期の前でもオスの精液を抜きに行くらしいです。


 その時に一緒に栄養も受け取れるかららしいのですが……それってまんまサキュバスでは?


 タツノオトシゴもちょっと似てて、こちらはメスがオスの育児嚢という器官に管を入れて産卵し、その中で受精します。


 しかも孵化、成長もその育児嚢の中で行われます。生物単位で超絶イクメン。


 一言に子作りと言っても、本当に様々な形式がありますね。



〈生きる力〉


 筆者は薬剤師として働いていて何度も、


「死にたい」


という患者さんの言葉を聞いてきました。


 その理由や疾患は人それぞれですが、思うに人が生きるのって結構な力がいることだと思うんですよ。


 当たり前に生きてる人はその力がたまたま強かったり、弱ったりする機会に偶然出会わなかっただけだと思います。


 だから日々意識して生きる力を補充していくのがいいと思うんです。


 それはもちろん人によって違ってて、趣味だったり、家族だったり、ペットだったり、色々あるでしょう。


 要は自分にう力を見つけることが大切なのだと思います。


 筆者も微力ながら、誰かが生きる力の足しになれれば嬉しいと思って物語を書いてます。


 こういう作品なので下劣だと感じる人もいるでしょう。


 それでもクスリと笑ってくれる方が一人でもいてくだされば、筆者としては幸せです。



〈少し補足〉


 うつの時には色んな喜びを感じにくくなりますが、治療や時間経過で必ず回復していきます。


 だからそれまで生きる力になっていた喜びが感じられなくなったからといって、絶望を感じる必要はありません。大丈夫ですよ。



***************



お読みいただき、ありがとうございました。

気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。

それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m

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