魔女たちのお茶会:the Tower World

こたろうくん

第1話

 遺骨を組み合わせて作られたおどろおどろしシャンデリアには蝋燭の代わりに小さなカゴが取り付けられており、その中では小さな生き物が青白い光を放って辺りを照らしていた。虫が人の姿をしたようなグロテスクな生き物だ。


 そのシャンデリアと、周囲の赤黒い蝋燭に灯った血のように赤い火が照らし出した場所には円卓があり、それを取り囲むように異形の生物を象った悪趣味な背もたれをした椅子たちがずらりと並ぶ。円卓に上がるのは狒々ひひと呼ばれる巨大な猿の頭と、それを取り囲む尋常の猿たちの幾つもの頭だ。


 蛆のようなイモムシたちが這いずるその料理を前に、一人、また一人と悪趣味な椅子に何ものかが腰を掛けていった。


「演出家としては良いんだろうけどな、こんなの今日日、流行ってないぞ」


 まず最初にそう声を上げたのは、星々の煌めきを纏った漆黒のとんがり帽子と外套に身を包み、帽子のつばと外套の襟で顔も見えず、冷たい視線だけをその合間より覗かせるもの。名前をルナと言い、強大な力を持つ“魔女”と呼ばれる存在の一人だ。

 彼女について多くを知る者はいない。


「あたしは流行なんぞに流されたりせんのよ。あたしゃ、あたしの好きなようにやる。今までもこれからもそのつもりでいるよ」


 そのルナのちょうど正面に位置する、一際巨大で幾つもの人の頭部が埋め込まれた異形椅子に腰掛け、円卓に両肘を突き、しゃがれた声で言うのはカチュア。幾つもの腕や足が絡みつき編まれ、色取り取りの人の体毛で飾られた装束に身を包んだ灰色の髪の、“厄災”と呼ばれる魔女だ。


 声や喋り方こそ老婆のそれであるが、張りがあり潤いに満ちた褐色の肌は若々しい。人の血肉を糧に永劫に生き長らえる魔術故の若さ。声帯は喰らった人間をものを好きに使えるという。


「そんな恐ろしい魔女なのに、ちょくちょくお茶会なんて開いて人を呼ばなきゃいられないなんてとんだ寂しがり屋さんよね。世間が聞いたら腰抜かすわよ?」

「あんたはいつも誰と話をしてるんだい、ミュール」

「え、誰って? そんなの決まって――あ、ら……? 誰とかしら……? またわたし、どうかして……」


 そこに加わったのは黒と白が混ざり合った長い髪をした少女。革と革とが雑に張り合わされたレザースーツに全身を包んだ彼女がミュール。“最悪”と呼ばれる魔女である。


 はじめこそつらつらと生意気な言葉を口にしていた彼女であるが、カチュアの指摘に眉をひそめた後、様子は一変。片手で頭を抱えたミュールは“自分は誰と話をしたのか”という疑問に動揺し、瞳を揺らした。彼女にだけ聞こえる声があるという。つまりミュールは正気ではないのだ。

 時折正気に戻ると、このように自らの異常に苦しむ。


「良いさ。それくらいの方があたしららしくて良いんだよ。ねぇ、ミュール。それにベアトリクスも」


 ふらふらと力無く椅子に着くつくミュール。そしてその傍らにはぼんやりと立ち尽くす白い拘束服で両手を縛られ、猿ぐつわと目隠しをされた女性が一人。

 ベアトリクスとは彼女の事で、常に幽鬼の如くミュールの側におり、所謂使い魔と思われている存在である。


「でもねぇ、実際私たちヒマじゃなかったりするんだけどね~」


 用意されたグラスを満たす赤色を手中で揺らすのはビィナビー。角と尻尾を有する竜人の魔女であり、“帝国”の研究機関に所属。彼女が取り仕切る部署まで持つ、魔女としても、竜人としても彼女は異例の立場にある。


 艶やかな紫色をした膨大な量の髪の毛を長いリボンでぐるぐる巻きにして、竜人特有の肥大化して鱗に覆われた手足のために局部を辛うじて隠すだけのビキニのような装束は、それでも必要以上に布面積が狭く、豊満な胸などは乳輪が隠れているだけだ。


「そう長く時間は取らせておらんだろう。それになんのかんの、お前もこうして毎回来てくれておるのだし、今さらそんなことを言うもんじゃないよ」

「はぁ……どうして私ってばこんな人に恩なんか感じてるんだろ。まあ良いでしょう。ちょうど“因子”の安定化の研究も行き詰まってるところだし、私の分もギーグスのヤツが頑張るでしょ」


 歯の代わりに牙の揃う口で溜め息を吐きながら、赤色を飲んでは不味いと桜色の唇の合間から舌を見せるビィナビーと、それを見てひひひと笑うカチュア。


「けどねぇ、やっぱりパオプのやつは来てくれないね。ここんとこ、あいつの顔を見てないせいであたしゃもうやつの顔を忘れちまいそうだよ」


 一応として席は誰のものか決まっている。

 カチュアの正面がルナ。ルナの右の席を一つ空けた先の席がミュール。ルナの左の席がビィナビー。そしてカチュアはビィナビーの隣の空席を見て溜め息交じりにそう零す。


 パオプという魔女の席がビィナビーの隣の席なのだが、そのパオプはクラリスという都に引き籠もっていて滅多な事では姿を見せないのである。


 あれはもう仕方がないと、現在出席している魔女の誰もが思ったときであった。かたん、かたんと円卓に並んだ皿やグラスたちが小躍りを始めた。


「おいこの白ブタぁ! てめぇらがノロマなせいで遅れちまっただろうがっ。このフィオナ様に恥じかかせてんじゃねえよ!!」


 怒鳴り声とともに乾いた音が響いて、何処か蕩けた悲鳴が円卓に届く。カチュアが溜め息を吐いてかぶりを振り、ルナを除いてミュールとビィナビーもカチュアに倣うように溜め息を吐いた。


 やがて暗闇の奥から揺れとともに姿を現したのは、それは巨大で色白な肉の塊であった。


 フリルの沢山付いた愛らしい少女服を纏ったその肉塊は、何人もの裸の美男子たちに背負われた形で自らの足を使わず円卓の席までやってくる。その席は空席のパオプの隣である。


 魔女の中でも最大最重量を誇る“暴虐”フィオナだ。

 円卓の魔女たちは彼女が隣だからパオプは来ないのだろうと気付いていたが、席が替わらないのは偏にパオプに対するフィオナの意地悪に他ならない。


「なんだい、パオプのヤロー、また来てないのかい。ふんっ、せっかくフィオナが可愛がってやろうと思ってたのにさ!」


 誰も手をつけない円卓中央の猿の頭たちを、フィオナの“椅子”とは別の男たちが彼女の許へと引き寄せ、そして狒々の頭を彼女に献上する。フィオナは狒々の頭へとかぶりつき、頭蓋骨を軽々と食い破り脳みそをすすり始めた。


 パオプにも出席してほしいカチュアは今日こそと思いフィオナの名を呼ぼうとして、すると割り込む声があった。


「あんたみたいな白ブタが隣じゃあの子じゃなくても出てきたくなくなるわよ。ほんと、いつ見ても醜いのね」

「アァアっ!? てめぇ、ノヴァ……なんつった!?」

「耳までデブで塞がった?」


 肥満化した顔を怒り筋で覆い尽くし、男の一人を殴り倒しながら怒鳴るフィオナを嘲り笑いながらやって来たのは、漆黒の黒髪をして漆黒のボディスーツでその身を覆った少女だった。


 ノヴァという、ルナと同じく出自などの一切が不明な“突然湧いて出てきた”魔女だ。


 彼女はルナの右の席につく。侮辱され怒りが収まらないらしいフィオナの体から湯気が上がりはじめ、“椅子”の男たちの背中がじりじりと焼けて呻き声が上がる。


 今にも襲い掛からんとしているフィオナであったが、悠然と座るノヴァの背後に現れた、猛る炎が如き金色のたてがみを蓄えた獅子の獣人ノヴァレリスの存在に歯噛みして大人しくなる。大人しくならざるを得なくなる。


 ノヴァ自身の力も相当高いのだが、彼女の“パートナー”である金色の獅子ノヴァレリスもまた実力者なのだ。この世界で最強とされている種族、オークすらも凌ぐとか。ただの獣人とは違うともいう。ノヴァ共々、彼も謎ばかりなのだ。


「仲良くおしよ、あたしらは仲良しじゃないか」

「誰が――」

「――仲良しだよっ!?」


 フィオナへの注意から彼女とノヴァの仲裁に切り替えたカチュアだが、フィオナ相手では仕方がないことと言えるかもしれないが、二人はそう言ってそれぞれそっぽを向いてしまうのだった。


「まあいいさ。じゃあ、今日はこれで全員てことだね」

「そうね~。いつものメ・ン・ツ」


 それじゃあ――ぱんとカチュアが一つ柏手を鳴らし、笑みとともに告げる。


「お話と食事と、楽しい楽しいお茶会を始めようか」


 次元セカイを歪める魔女たちのお茶会は、今日は“世界樹”へと向かう一行の存在についての話題が主となった。


 彼らは“世界樹”の許へと辿り着けるのか?

 魔女たちや“帝国”ですら辿り着けないそこへと辿り着くことができたとき、次元はどのように変わるのか?

 そのとき、自分たちはどうするべきか?


 そんな幾つもの話で、魔女たちの夜は更けてゆくのだった。

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