暁の誓い

 朝日が昇ると、二人は眠ったままのスーロフとラザロを馬に乗せ、近くの町に向かった。

 そこのリベル教会に彼らを一旦預けると、ザカリアはジェリコ村の後始末に向かうと言った。二人の介抱を頼まれたイザヤは、ザカリアを市門で見送った。馬で駆けていくザカリアの後ろ姿を、朝日が斜めに照らしていた。

『同盟、か。おかしなことになっちまったな』

「すみません。ああするほか、なかったんです」

『いいんだよ。それより、悪かったな。まさか魔石を持った「目」が機構内をうろついてるなんて、夢にも思わなかった。ザカリアの「目」は、少なくとも三つは魔石を持ってやがる』

「ザカリアさんが教会と繋がっていると疑惑を持った時点で、お伝えできればよかったのですが。その頃にはもう、手遅れでした」

『だが、悪いことばかりじゃないぜ。完全に信用したわけじゃないが、機構の情報が手に入るのは大きい。きっと、イサク司祭とも会えるだろう』

「知っていたんですか」

『ザカリアの「目」から聞いた。おまえが初めて魔力を回収した相手なんだろう。巡礼の途中で行方知れずってことになってるらしいけど、まあ、おまえは悪くないぜ』

 思わず笑みを浮かべる。ザカリアと同じことを言っている。

 そのとき、目の前を馬の列が通り過ぎた。その中にいた年若い司祭が目に入った途端、傀儡魔化したラザロの顔がまぶたに浮かんだ。

 彼が目を覚ましたとき、どんな顔をすればいいのだろう。あのときの記憶は、残っているはずだ。

 謝罪されたとしても、なかったことにされたとしても。もう二度と、以前と同じ関係には戻れないのではないだろうか。

 ――ねえ、イザヤ。君は回収人として働かなくてもよくなったら、何がしたい?

 街道のほうを見やる。広がる草原と、地平線に蓋をするような森。少し前までは脳みそと魔石の中にしか存在しなかった「世界」が、茫漠と横たわっている。

 自分が回収人でなくなった後のことは、それこそ魔石を通して見る絵のような形でしか立ち上がってこない。触れることのできない、想像の結果。

 それでも、今したいことに向かって進み続けさえすれば、いつかは現実のものとして叶えることができるだろうか。

「エレミヤさん」

 ささやくように、相棒に呼びかける。『なんだ』という返事で、小さな迷いがさっと掻き消えた。

「私はかつて、イサク司祭にこう言われたんです。『魔力を持っているかどうかに関わらず、あなたはひとりの人間として尊い』のだと」

 左目が、ぱちりと瞬く。イザヤは、街道の先へと目をやった。

「私は彼に会って、確かめたいんだと思います。本当に、そう信じていていいのかと」

 そして、おそらくは。再び同じ言葉を、かけてもらいたいのかもしれない。

 あの、優しく穏やかな視線とともに。

 ふう、と脳内で息が吐かれた。一瞬どきりとしたイザヤに、低い声が投げかけられる。

『確かめるまでもなく、その通りだと思うけどな』

 えっと声が出そうになった。左目は早口で続けた。

『ザカリアも言ってただろう。おまえの美しさ、おまえに価値があることを伝えたかったんだろうって。あれは、あいつ自身の考えでもあると思うぜ』

「しかし、私は……まだまだ無知で、未熟です」

 意外な言葉への戸惑いから、頼りない声が出る。

『なんだよ、あいつに言われたこと気にしてるのか? 奴がおまえの何をわかってるって言うんだよ』

 吐き捨てるようにそう言うと、左目は穏やかな声で続けた。

『安心しろ。おれは、おまえを裏切らない』

 鼻の奥が熱くなった。イザヤの脳裏に、回収人として経験した様々な場面が浮かんでは消えていく。

『魔石を育てながら、経験を積め。この世界のことを、もっと知っていくんだ』

「はい」

『そうすれば、美術品の復活も、「絵空事」で終わらないかもしれない』

 はっと顔を上げ、潤んだ瞳をしっかりと開く。目の前に広がる、美しい世界。

 旧世界の画家たちは、どんな思いで筆を握っていたのだろう。自身の感じた美を、不変のものとしてキャンバスに閉じ込めたかったのだろうか。

 世界の色は、人が決める。人が変われば、世界も変わる。時が流れ続ける限り、永遠に変わらないものなど存在しない。

 ラザロに投げかけられた問いの答えが、見つかった気がした。

「ありがとうございます、エレミヤさん」

 へっと、照れたような声が返ってくる。

 イザヤは、静かに空を仰いだ。ニコデモ司祭、セト、そしてイサク司祭。彼らは、この空の下のどこかにいるのだ。

 必ず、見つけ出す。そうして、世界を作り替えるのだ。この、黄色い左目とともに。

 イザヤは、晴れやかな気持ちで一歩を踏み出した。ラザロと顔を合わせることも、もう怖くなくなっていた。

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魔力回収機構 終末のアトリビュート 七海 まち @nanami_machi

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