第21話【ゲームのゴミ屋敷は、宝の山】

 道に迷った。正直、この年齢で迷子など笑い話にもならない。


 王都は、かなり広くて複雑だった。色々な区画に分かれていて、商業区だけでも東西南北の何ヶ所もある。


 資料室で見た王都の成り立ちに書いてあった。あの本には、王都の地図も書かれていたと思う。


 メモするか、貸出がされているのなら持ってくれば良かったと後悔した。


 俺は、周りを見回しながらため息をつく。似たような建物が多すぎるのだ。屋根の色も壁の色も統一されているかのように同じである。


 俺が本物のNPCならば、迷うこともなく進められるのだろう。マッピングの魔術があるからだ。もちろん、俺には使えない。


 今にして思えば、紙切れ一枚だけ持たされても目的地までたどり着けるわけがない。


 俺は、プレイヤーではないのだ。この世界に来て、王都を疾走したが、それ以外は地下牢獄や王城の一画に押し込められていた。


 ヴィクトリアたちに試されているのではないかと思う。少ない情報でどうやってたどり着くのかを見ているのだ。


(まあ、考えすぎかも。ただ忘れてただけかもしれない。市民街第3区ってどこなんだろ。誰かに聞くのが一番だな)


 そもそも、ここがどこかも分からないのだ。渡された紙切れを見ながら進んだのだから、近くにはいるはずである。


 俺は、周りを見回した。少しでも親切そうな人を探す。しかし、どうにも目が合うたびに顔をふせられたり、どこか違う場所に去られたりする。


(なんで? どういうことだ…………)


 しばらく立ち尽くして人々を見つめる。やはり、あきらかに避けているようすだ。


 大通りに出たほうがいいのだろうか。ここは、どこかの裏路地なのだろう。人も少ない。普段、いない人間に対して警戒心があるのかもしれない。


「GMのNPCが、こんなところに何のようだ?」


 低い声が、背後から聞こえてきた。口調からは、怒りを感じる。歓迎されてないのは明らかだ。もしかして、争いごとになるかもしれない。


「はい? その……」


 俺が振り返ると、腕組みをした不遜な表情を浮かべている男が立っていた。面倒くさそうな雰囲気だ。


 この男に道は聞けないだろう。適当にあしらって、大通りに出ようと決心した。


「NPCだよな? 種族は、そうなってるが。何か変だな。ここらへんで抜き打ちの警ら任務かよ」


 俺は、もっとNPCらしく振る舞わないといけないと感じて気持ちを落ち着ける。


「S63だ。配属地に向かっている。あぁ……っと。ゲ、ゲームを楽しめよ」


 それらしい言葉を送って片手を上げて別れを告げた。しかし、俺を引き止める声が聞こえてくる。


「変なNPCだな。配属地はどこだ? 機密事項でもないだろ?」


 男の口調は、少しだけくだけた感じになって俺の行く手を阻んだ。大通りに抜ける道をふさぐように立ちはだかっている。


「もしかして、市民街第三区に配置されるのか?」


 男の目は、嘘をついても無駄だと言わんばかりであり口調からも確信しているかのようであった。


「なにか問題でもありますか?」


 俺は、あえて質問に質問で答える。男は、鼻を鳴らすと「ネズミ使いの巣って言われてるぞ。アンタは、どれくらいで交換されるかな?」そう言い放って、高笑いしながら路地裏の奥へと入っていく。


 あの男は、NPCではないのだろう。いかにも、含みをもたせたセリフを吐くキャラクター。ファンタジーによくいる存在である。


(ロールプレイヤーか……)


 俺が配属される場所は、市井の人々の噂になるほど問題があるようだ。


 盗賊や国賊が跋扈する王都の路地裏だ。良い場所な訳がないが、あの男の表情や口調。


 それ以上のものがありそうである。


(ここじゃ、道案内をしてくれそうな人もいないだろうな……。大通りに出よう)


 俺は、やはり冷たい表情の人たちに背を向けて大通りへの道に入った。



 鶏小屋のほうがマシだ。俺は、エドガールたちに煙たがられただけだと気落ちする。


 案内してくれた冒険者の顔が、引きつっていた理由も理解できた。同情だったのだろう。


 ドアの役を果たしてない剣傷だらけの木の板が、風に揺れている。隙間から見える部屋の中は、荒れ果てていた。


 息を止めて、なるべく呼吸をせずに部屋の中に入ってみる。


 ただよってくる酒の臭い。転がる瓶の口からは、濁った水の雫がたれている。


 足の踏み場もない。慎重に歩かなければ、転げて怪我をしそうだ。


 退廃的な空気が、暗い部屋に垂れ込めている。誰もいないのだろうか。いや、いたとしても好意的な人間ではないだろう。


 俺は、酔っ払いが嫌いだ。自分が酒を飲まないのもあるけれど、理性をなくした人間の恐ろしさを眼の前で見てきたからである。


 人間は、正気をなくせば愛したものさえも殺そうとすることができるのだ。


 ここの雰囲気は、あの日を思い起こさせるようであった。


「何のようだ? うん、ああ。補充のNPCか……。あ、そこの机の上に見回りルートと時間の紙がある。終わったら、適当に名前を記入しておいてくれ……一応、命令書はそこら辺に投げとけよ」


 ぶっきらぼうな男の声が、顔も見えない暗がりから聞こえてくる。補充の言葉が気になったが、机も見当たらないし、物が乱雑に置かれすぎである。


 こちらからは、見えないのに向こうからは見えているのだろうか。


 片付けの言葉が、脳みその奥から引き出されてきた。ぶっきらぼうな男は、部屋の奥にあるであろう階段を登っていく。


(噂どおりのとんでもない職場に追いやられたな。でも、まずは見回りルートと時間の確認からだけど……。こんな薄暗い部屋じゃ……)


 俺は、ヴィクトリアから渡された命令書を机のような場所に置くと、部屋を見回してみる。


 窓があれば、外の明かりが差し込んできて部屋が見渡せるはずだ。


 足でゴミを蹴散らしながら、壁際を目指す。悪臭に嘔吐しそうになる。


 まるで、三途の川で彼岸を求めて渡るような心境だ。窓枠らしい取っ掛かりを見つけたので、手探りでサッシを探す。


 とにかく、新鮮な空気を入れなければならない。淀みきった職場を明るく清潔な空間に。


 何年も開けてないのだろう。窓は、なかなか開かない。まるで、厳重に施錠されているかのようだ。


 壊れそうな音を立てながら、少しずつ開いていく。隙間から日の光が差し込んできた。


 陽光が、隠されていた汚れを照らし出していく。目を背けたくなるほどの醜悪だ。ゴミにたかる虫までも視認できる。


 羽音が、部屋の中で響いた。俺の心のなかで、あぁっと声が漏れる。


 ここが、俺の新たなる職場なのだ。


 第21話【ゲームのゴミ屋敷は、宝の山】完。

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