第19話【ゲームの世界の犯罪は、だいたい闇の組織が黒幕】

 王城の城壁から見下ろす町並みは、温度差を感じさせる活気に満ちていた。貴族街では、優美な舞や音楽が流れている。


 一方で、大きな壁の向こうにある市民街では馬車や人々の往来が激しい。人波が押しては返している。どこか埃っぽくせわしない。


 ゲームとは、一瞬を楽しむものだと思う。しかし、この世界は違う。一生を楽しむもののようだ。


 王城の資料室で、アルターヴァルを単独で討伐してから、城内の警備任務が多くなった。


 そのついでに資料室で調べ物などをしつつ、この世界のことを知っていく作業を行う。


 重要なのは、ヴァシュと呼ばれる文字だ。これが、人の名前なのか、物事の名前なのかは分からなかったが、このヴァシュのせいで、リアル世界は滅亡寸前にまで追い詰められたのだ。


 そんな絶望的な状況を救ったのが、ハイリアルと呼ばれるリテリュス……この世界である。


 リアルは、俺のいた世界なのかもしれない。調べる中で、得た一つの結論は……


 俺のいた世界は、クロンヌが原因で滅びかけたらしい。終の住処を失った大半の人々を救ったのが、このハイリアルというわけだ。


 リアルは、滅亡寸前。現在は、復旧している場所もあるようだ。リアルに生きる人々は、現実での労苦を忘れるため、ハイリアルにログインする。


 これが、現状で調べられる範囲の出来事だ。にわかには信じられない話だ。何故なら、人類滅亡など空想の中だけのオトギバナシだとしか思えないからだ。


 俺は、自宅にいて働くだけの毎日に、他人から利用されるだけの人生を、嘆いていたはずである。


 その後に起きたと思われる人類を滅亡させる出来事は、記憶にもないし、体験もしてない。なのに、この世界にいる。この謎は、解けないままだ。


 それに、あのスマホのアプリは……


「S63、エドガール主幹がお呼びだ。すぐに主幹室へ」


 機械音声が耳元で流れた。ビクッと反応する心臓を落ち着かせる。十二支石のことを報告していないので、突然の呼び出しには恐怖を感じてしまう。


 今さら、報告することなんてできない。もっとも、そのつもりもないけれど。


 俺から見れば、彼らは異星人のようなものだ。心の距離は、何光年の離れている。


 信じられるはずもない。無論、彼らから信じてもらえる存在になるつもりもない。


「承知しました。すぐに参ります……」


 俺は、生きていることへの疑問など浮かぶはずもない人々の歓声から背を向けた。交代要員のNPCとすれ違う。


 NPCとは、普通の人間のように会話もできるようだ。しかし、こちらから話しかけなければ好感度は上昇せずに関わりも持てない。


 このゲームを作った人間は、リアリティを追求したかったのだろう。


 俺は、どのNPCとも関わっていないので誰も話しかけてこないし、正直に言って孤立している。


 彼らを味方とは思えない。この世界が、ゲームなのは確かだ。データとして作られた存在を信じられるだろうか。


 城壁に立ち、見張りの任につくNPCには、このような気持ちは理解できないはずである。


 風は空気の流れを作り、鳥は空を羽ばたく。それぞれが、太陽に向かって生命を捧げ続けているのだ。


「でも、ここは作り物の世界なんだよな……」


 俺の独白に答えはない。現実ではなく、ゲームの世界だ。そのように理解できても、俺の存在は不明瞭である。ゲーム風に例えると『バグ』だろう。


 だからこそ、力を求めたのだ。だからこそ、十二支石を秘匿した。この世界で生き残るために……



*



「見張りや見回りも飽きただろう。S63……。いや、シュウ。君の実戦部隊への配置換えが決まった。それも、すぐにだ。初任務は、最近頻発している盗賊団への警ら任務だ」


 エドガールは、椅子に背をあずける。少し天井の方を見るとため息をつく。息の震えから、本気で辟易としているようすが見受けられる。


 リテリュスは、人類滅亡寸前の荒廃した世界から逃れるために作った桃源郷とも言うべき場所である。


 何故、盗賊なんて設定を作ったのだろう。理想郷に貧富の差を作るのは疑問だ。国王がいて、貴族がいて、平民がいる。


 争いのもとになるようなシステムを構築する意味があったのだろうか……


「シュウ……。なにか不満でもあるのか? 返事がないようだが?」


「あ、いえ。あ、はいっ。頑張ります!!」


 エドガールは、俺を一瞥すると机の上にある紙の束を持ち上げて、席を立って窓際に近づく。


「イストワールに巣食う盗賊どもは、モグラの偽装とも言われている。だとするならば、この国の深く……。いや、この世界の深い部分まで、モグラどもは侵入している、ということだ」


 エドガールは、口惜しさをにじませたような語調である。憎しみの感情が透けて見えて、少し背筋が寒くなった。


 仕事人としてのプライドや義務とは違う。個人的に誰かを呪うような思いを感じる。


「……まぁいい。とにかく、ヴィクトリアに会ってくれ。第二訓練室にいるだろうから……。初任務の説明や配属場所も教えてくれるはずだ」


 エドガールは、こちらを振り向かない。話は終わったのだろうか。


「そ、それでは、これで失礼します。えーと、いいんですよね?」


 俺が、勝手に退室したら怒られるのではないかと心配になったので、恐る恐る聞いてみる。


「ああ……それでいい」


 エドガールは、短く答えて手に持った資料に目を通しはじめた。もう、はないと言った感じなのだろう。


 俺は、右手を左肩につけるイストワール式の敬礼する。少し大きな声で退室の挨拶をするのだった。


 第19話【ゲームの世界の犯罪は、だいたい闇の組織が黒幕】完。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る