第10話【ゲームのNPCには、心があります】

 目が覚める。ということは、眠っていたのだろうか。


 最後に見た部屋と変わらない。これで確信に近づいたことがある。


 これは、明晰夢などではないということだ。


 夢の中で、意識を失ったり、目が覚めるのは違和感がある。


 俺は、手足を動かそうとしたが、力が入らない。対角に座るのは、エドガール。


 その隣に立つヴィクトリア。


 俺は、息を殺して自分の体を見る。ソファの上に座らされていることがわかった。


 外傷はない。


「意識を取り戻したか。実は、シュウ君。娘が飲ませたものは発露薬だ。分かりやすく言えば、何でも話したくなる薬だな」


 ヴィクトリアは、俺から目を逸らした。エドガールは、ため息をつく。


 おそらく、エドガールは自白剤のことを言っているのだろう。


 俺は、怪しげな脱獄囚だ。使用する理由としては、納得できる。


 毒でも盛られたと思っていたが、どうやら殺すつもりはないようだ。


 俺の情報を引き出したのなら、この状況について何か分かるかもしれない。


「毒薬を飲まされたのかと思いましたよ……」


 俺は、ヴィクトリアを見た。何を聞き出したのかを知りたかったが、ここは慎重になるべきだろう。


「暴れられても厄介だったから、それに……いえ。貴方が、モグラの可能性もあったの。でも……」


 ヴィクトリアは、眉根をひそめる。無理矢理に飲まされたわけではない。


 毒薬と思っていて、なぜ飲んだのかとでも言いたいのだろうか。


 件の自白剤で、俺がモグラではないということが、分かったのだろう。


 だからといって、安堵しているようすはない。


「シュウ君。君は旧人類の生き残りだ。『クロンヌ』から逃れた十億の旧人類の内、何らかの理由で、ヴァシュを持たない人間だろう。しかも、どうやらもとから持っていなかったようだ。現在では、ヴァシュを持つものは、モグラと呼ばれてリアル世界で、隔離されている」


 エドガールは、宝石のようなものを懐に入れてソファにもたれる。


「今日、シュウ君に会うまではね……。クロンヌもヴァシュもリアル世界の神話だと思っていたが、君が喋ってくれた情報は、どれも旧人類のものだ。体内の魔力も含めて間違いはない」


 俺は、すぐに反応できなかった。聞いたこともない単語の羅列。人類の結末を知ったからだ。


 俺のいた世界の人類は、クロンヌと呼ばれる何かで、滅びたのだろう。


 生き残った人類は、十億人。そのうち、ヴァシュを持たない人間。


 彼らが、リアルやハイリアルを行き来する新人類とも言える存在なのだろう。


 とにかく、クロンヌとヴァシュの謎を解かなければならない。


「あの、クロンヌとかヴァシュってなんですか?」


 俺は、話の流れ的にもここで聞くしかないだろうと、意を決した。


 エドガールは、腕組みをして険しい顔をする。やはり、機密事項なのだろうか。


 それならば、わざわざ機密事項に該当する単語を口にするのは変だ。


「意味は知らない。ただ、そのようにリアル世界から言われているだけだ。俺は、神話だと思っていたと、言っただろう?」


「リアル世界で、何十年も前に人類は、滅亡まで追い込まれたわ。その傷を癒やすために生まれたのが、このハイリアル世界。私達は、このハイリアルで生まれたの」


 二人の視線は、遠くにある世界を見るように。まるで、あの世の話でもするような感じだった。


 ハイリアル世界には、ここで生まれたもの。俺のいた世界で、生まれたもののニ種類がいるのだろう。


 だとすれば、俺の立ち位置は、リアル世界から来た人間になるはずだが。


 シュドラ遺伝子だ。俺は、思い出した。確か、リーフデが言っていた。


 誰もが持つ遺伝情報である。


「シュドラ遺伝子……って。それはハイリアルに生まれた人でも持っているんですか? それを調べれば、リアル世界での僕の……」


「ん……? 何だそれは? そんな言葉は知らない。どこで聞いた?」


 エドガールの目つきは鋭いものになった。ヴィクトリアは、小首をかしげている。


(あっ。もしかして、機密情報……? 知ってしまった以上、生かしておけないみたいなやつだったか)


 俺は、リーフデの名前を言うべきだろうかと考えた。


 リーフデから聞いたと、正直にいえば……


 ここで隠したとしても、発露薬を飲まされれば無意味である。


「リーフデとかいうGMナイツが言っていましたよ。シュドラ遺伝子を調べれば、どこの誰かわかると」


 エドガールは、厳しい表情を崩さずに手帳のようなものを開いて凝視する。


 その目は、青白い光を映している。電子手帳だろうか。


 ヴィクトリアもエドガールの電子手帳を覗き見て、懐疑的な表情だ。


 俺は、リーフデの隣りにいた男のことも言おうと思った。


 しかし、その男は名前を名乗っていなかった。顔もよく覚えていないため、説明のしようもない。


「そんな名前のGMナイツは、存在しない。おそらくは、夢でも見たのだろう」


 エドガールは、電子手帳を閉じる。何かを誤魔化している感じはしない。


 リーフデは、運営と名乗った。あの地下牢に我が物顔で存在していたのだ。


 夢の中の人物とは思えない。


 それとも、リーフデこそ不正ログインのモグラであったのだろうか。


「シュウ君。リアルは、ハイリアルのおかげで滅びの傷から立ち直った。ここは、厳しい現実を忘れさせる夢の世界だ。昼のリアルを生き抜いた人類は、夜をハイリアルで過ごすことになる。モグラどもは、人々の夢を潰そうとしているのだ」


 エドガールは、忌々しげに語る。


 モグラとは、クロンヌによる人類の滅亡から逃れた旧人類の一種。


 ヴァシュを持つ者たちのことだ。リアルの世界で隔離されていると言っていたが。


 運営側が、モグラたちに嫌悪感を抱く理由は、ハイリアルを潰そうとするからだろう。


 リアルで隔離されるモグラたちを、ハイリアルに手引するものがいるということだ。


「モグラは、旧人類の古い考えをいつまでも捨てきれない者たち。自分たちの中にあるヴァシュを捨てることもせずに、無駄な抵抗を続けているテロリスト集団と、言われている」


「父様の言われた通り、クロンヌもヴァシュもリアルからは、何の説明もないわ。私達の役割は、モグラやアルターヴァルからハイリアルを守ることよ」


 ヴィクトリアは、エドガールとは違う。彼らが負う役割とやらに自信がないような印象だ。


 彼らは、本当に何も知らないのだろうか。だとすれば、これ以上の情報は引き出せそうにない。


 リアル世界が、俺のいた世界と同じだというのは彼らの推測である。


 まだ、理解できない部分はあるけれど、夢ではないということは分かった。


「シュウ君は、クロンヌからの生き残りであり、ヴァシュを持たない。しかも、元から持っていないという希少種だ。研究対象としてかなりの価値がある。そこで、俺の保護下に置こうと思う。あらゆる存在から君を守るために、NPCとして生きていく覚悟はあるか?」


 エドガールの視線には、嘘偽りもない。真っ直ぐにこちらを見据えていた。


 冗談ではなく、本気で言っているのだろう。


 NPCになるとは、どういうことなのだろうか。


 第10話【ゲームのNPCには、心があります】完。

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