第4話【ゲームがはじまらない】

 目の前に鉄格子のようなものが、浮き上がって見える。俺は、周囲を見回した。


 どこかの部屋なのだろうか、ぼんやりとした光が見えるだけで、よく分からない。


 どうやら、俺は椅子に座らされているようだ。


 足を動かした。冷たい感触。


 地面は石畳になっていた。俺は、裸足ではあったが、服は着ているようだ。


 壁は、地面と同じ石造りだ。ジメッとした空気が、顔にまとわりつく。


 匂いを嗅ぐと、かび臭い。空気は悪く、呼吸のたびに喉がヒリヒリする。


 ここは、牢屋なのではないだろうか。


 俺は、あの数人の男に袋叩きにされて、捕まったのだろう……


 腕が動かない。折れているのか?


 違う。縛られているようだ。縄ではなく針金のようなもので縛られている。


 何だこれ……


 俺の目の前に【咎人の鉄索(とがにんのてっさく)】と書かれたウィンドウが表示される。


 俺は、外れないか試してみた。腕に力を入れて、上下に動かす……


「うッ!? ぐ、痛ッ!!」


 針に刺されたような鋭い痛みに心臓が跳ねあがった。少し荒く息をして痛みを緩和させる。



「お目覚めか? ヘヘッ、短い逃亡劇だったようだな?」


「お、その鉄索はGMアイテムの1つ、抗えば抗うほどにHPを奪うぞ?」

 

 俺の心音がビクリとした。

 

 鉄格子の向こうに2人の男が、並んでこちらを見ていたからだ。


 男たちは、鎧を身に着けている。どちらも上品とは言えない顔立ちである。


「俺らは、GMナイツ、後はわかるな?」


 男は、鉄格子を掴みニヤつきながら言った。その声からは、狂気が感じられる。


 俺は、首を横に振って否定した。GMナイツどころか、この状況すらわかっていないのだ。


「こいつ、不正ログインのやつだぞ。ハイリアルの世界のことなんて知らされてないんじゃないか?」


 もう一人の鎧男が、こちらをジロリと見ながら言った。


「あぁ、モグラか。俺らは、リアル世界で言えば警察みたいなもんだ。……このゲームの運営様だ」


 GM……つまりは、ゲームマスター。この2人は、このゲームの運営なのだろう。


 そんなことが分かったところで、どうにもならない。


 俺がなぜここにいるのかが、分からないのだ。


「んで、こいつは、素っ裸で逃げて、なんで捕まったんだ」


 狂気を感じさせる男は、鎧男に聞いた。


「調書見てないのな。倫理規定違反の上に犯罪思考型NPCを助けたからだろ」


 もう一人の鎧男は、息を吐いた。


「おいおい、てめえ。何十年前の物語に出てくる主人公さんかな? 人助けで捕まるなんぞ……」


 狂気を感じさせる男は、鉄格子を揺らしながら、せせら笑う。


 金属のぶつかる音とあざけりの音が響いた。


「流行んねーぞ。今どき……」


 狂気を感じさせる男は、真顔になって冷たい目を向ける。


 どうやら、俺のいた世界の価値観は、かなり古いようだ。文明レベルでの変革でも起きたのだろうか。


 はたまた……

 

 平行世界の日本とも考えられる。そういった体験談などをネットで見たことがある。


 いわゆる『都市伝説』だ……


「今頃は、リアル世界でお前を捜索中だろ。誰もが持つ『シュドラ遺伝子』の反応から検索される……」


 狂気を感じさせる男は、自分の頭を指さしながら言った。


 俺には、その意図は分からない。シュドラという名前に、心当たりはない。


 似たような名前に『ヒドラ』があるが……


 日本のヤマタノオロチとよく似た姿をしていて、9つの首を持つ蛇だ。


 不死身の生命力を持つとされる。いかにもゲームに出てきそうな設定ではある。


「モグラならば、ハイリアルに入り込んだ理由は、あらかた検討はついている……」


 鎧男は、隣で下品に笑う狂気を感じさせる男を小突いて「もう行くぞ」と言った。


「ヘヘッ……古臭い英雄思考のモグラちゃん。俺の名は、リーフデ。生きていたら、また会おうな」


 狂気を感じさせる男は、リーフデという名前らしい。


 リーフデは、鎧男に続いて鉄格子の前から去っていこうとするが、突然足を止めてこちらを見た。


「こいつ、HPバーが出ないように改造されてやがるな……こりゃ面白くないな」


 リーフデは『GMコード』やら『ナントカ認証』などと独り言を呟いて、ニヤリと笑う。


「よしよし、表示してやったぞ。お前のHPバーはなぁ? ここにいる限り、徐々に0に近づく……」


 俺の反応を伺うように鉄格子の間から顔を覗かせる。


 その顔は、狂気に歪んでいた。まるで、どこかで見たシリアルキラーのようだった。


「0になる前に、リアルのお前が見つかれば。HPバーの減りは止まることになる。見つからなかった場合、リアルのお前は、死ぬことになる」


 リーフデは、目を細めて哀れみを込めたという感じを出してくる。


 しかし、実際には楽しくてたまらないようだ。


 つまるところ、この場所でHPが0になれば俺が死ぬということだろう。


 ゲームなのに。もっと言えば、俺の夢の中であるはずなのに。


「少しは理解できたろうな? 昔気質の変態野郎なら尋問とか期待したかな? やるかよあんな効率の悪い面倒くさいこと……」


 もう一人の鎧男の声が聞こえてくる。リーフデを呼んでいるようだ。


「じゃあな、不審者の不正プレイヤー君?」


 リーフデは、口を大きく開けて、舌を出した。鉄格子の前から去っていった。


 靴音が小さくなっていく……


 二人が向かった通路の先で、ドアの閉まる音が小さく聞こえた。


 明かりが消されたのか、真っ暗になった室内にはHPバーのみが表示されていた。

 

 俺は、視界の左上に現れたHPバーを見つめた。


 古い古いとバカにされたが、その表示の仕方は、何も変わっていない。


 奴らの言う昔気質のシステムである。


 俺のHPは、残り6割ほどになっていた……


 第4話【ゲームがはじまらない】完。

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