第5話

 フィリップと別れた後、ジェイコブとヨハンの二人は大通りの巡回を続けていた。

 魔術や錬金術の発達した王都とは言え三等地。平民の暮らす区画ともなれば、住民同士の争いで攻撃魔術が飛び交うようなことはない。高度な戦闘訓練を受けた衛士ではなく、住民の有志で結成された自警団に任せておけばいい。


 しかし今は、衛士団を束ねる団長を始め、構成員のほぼ全員がそう思っていなかった。


 「またカルト絡みか。2年ぶりだな」

 「今度は何処の、何て奴らなのかね」


 カルト、と一口に言っても、その数は未知数だ。

 大陸全土で信仰されている『一神教』は、世界を創造し、人間を作り、魔法を教えたという唯一神を信仰するもの。正統派と呼ばれる母体と、それに認可された分派が存在し、それ以外の全ての宗教を『カルト』と呼び嫌っている。同じ神を信仰していようと、魔王を信仰する魔族たちであろうと、はたまた辺境の村にありがちな土着信仰であろうと、非認可のそれらは全て『カルト』だ。


 「前回は魔王を信仰する『魔王教団』だったか?」

 「魔王は100年前に勇者に倒されたっていうのに、よく分からん連中だったよな」


 数日前、衛士団の全体招集で、団長が言っていたことを思い出す。


 ──ここ数日、三等地で平民の子供が失踪したとの通報が立て続けに挙がっている。この頻度は異常だが、覚えがある者もいるだろう。


 ──カルトのいかがわしい儀式、その贄にされている可能性がある。


 ──前回の魔王教団は壊滅させたが、その残党か、或いは全く別のカルトかもしれん。


 ──各自、そのことを念頭に置き、巡回するように。


 「まぁ、カルトってのは……ヨハン?」

 「あぁ。俺たちを見て顔を隠したな。素人が」


 二人の視線に気付いたのか、一人の男が路地裏へと駆け込む。

 フード付きのマントは旅装として一般的だが、鎧姿の二人を見て慌ててフードを被ったのは失敗だろう。「顔を見られたくないことをしています」と自白しているようなものだ。


 「待て!」


 軽装の男と違い、二人は全身鎧だ。足を止めての斬り合いや馬上戦では有利な重装だが、走るのには向いていない。狭い路地裏に逃げ込んでしまえば、軽装の男に分がある。

 そう考えていたのだろうが。


 「……なっ!?」


 ほんの数十秒で距離が埋まる。


 男が慌てたように短剣を取り出すが、構える間もなくヨハンの拳がそれを吹き飛ばす。

 ヨセフは男の頭部を掴み、走ってきたスピードに男自身と鎧の重量を乗せ──全身を壁に叩き付けた。


 「ぐぇ!?」


 蛙が潰れたような声を上げ、男が撃沈する。

 錬金術によって成形された住宅の壁はびくともしなかったが、その分、衝撃は男に集中したのだろう。当分、起きる気配はなさそうだった。

 少し遅れて追い付いたジェイコブが苦笑交じりに男の腕を縛り上げる。


 「また怒られるぞ、ヨハン」

 「殺しちゃいないんだ。こいつからは感謝されるさ」



 男は連行され、尋問官による取り調べを受けた。

 結果──


 「女衒、ですか」

 「えぇ。奴隷商人なんかに売りつけるために、女子供を誘拐する犯罪者ですね。グループで動いてるらしいので、今日中に拠点の位置と、これまでに攫った子供の詳細を聞き出しておきます」


 言って、錬金術による自白剤も、洗脳魔法による支配も使わず、極めてクリーンなを行うと評判の尋問官は、にっこりと微笑した。

 顔や服──ではなく、何故かその上に着ているエプロンに赤茶色の染みが付いており、非常に怖かった。


 その笑顔の圧力に押されるように、二人は拘置所を出た。


 日も傾いでおり、夜闇が夕焼けを塗り潰し始めていた。


 「元、異端審問官なんだっけか。あの人」

 「二つ名持ちのな。……毎度思うけど、二つ名持ちの尋問官って冗談みたいだよな」

 「確かに」


 二つ名は、自分で勝手に名乗っても定着するものでは無い。むしろ、自信過剰な愚か者として嘲笑されることだろう。

 だが逆に、冒険者ギルドや国から正式に二つ名──称号を与えられるということは、その他大勢とは一線を画す存在であることの証明になる。二つ名持ちは希少且つ、強力であると、大陸の国家全てが共通の認識を持っているのだから。


 具体例を挙げるなら、魔王の復活に呼応して現れるという『勇者』や、王国最強であることを示す衛士団長が受け継ぐ『つわもの』、帝国のSランク冒険者が戴く『自由の先導者』など。錚々たる面々が、二つ名持ちの栄誉を賜っている。


 ならば、ただ尋問技術のみでその領域に至った彼は一体。


 「……飯にするか」

 「そ、そうだな」


 二人は顔を見合わせ、話題を変えることにした。

 歩き出し、向かう先は普段二人が使っている宿屋だ。


 「そ、そういえば、あの少年──フィリップ君がいるんだったか」

 「あぁ、そうだったな。迷わず着けたといいんだが」


 衛士団が提携している幾つかの宿屋は、所属団員の宿泊・食事の料金が割引される。正確には不足分を国が補填して支払っているのだが、衛士たちには「他より安い」ことが重要だった。

 二等地にある宿屋『タベールナ』も、その中の一つだ。主人兼料理長の酒選びのセンスが抜群なことから、一部の衛士に人気がある。


 「あ、女将さん」


 入口の前に見慣れた顔が立っており、ジェイコブが片手を挙げて挨拶する。ヨハンはヘルムを取り、黙って一礼した。


 「お帰り。ジェイコブ、入るときはヘルムを取りなよ」

 「おっと」


 随分と近い距離感だが、女将本人の気質と、二人が5年以上ここを拠点にしているということもある。

 第二の母親、第二の実家のような愛着があるし、女将自身も息子のように世話を焼いてくれる。それを鬱陶しいと思わせない加減と気質が、この宿が繁盛しているもう一つの理由だろう。


 「フィリップ君は無事に着けましたか?」


 言われた通りヘルムを取ったジェイコブが尋ねると、女将は驚いた。

 衛士たちだけでなく、従業員以外の誰にも丁稚奉公が来るとは言っていなかったし、その子供の名前を教えていなかったからだ。名前を知っているのは──


 「セルジオかモニカから聞いたのかい?」


 夫か、娘か。

 宿屋の看板娘として働いているモニカは、衛士たちから妹のように可愛がられている。まだ12歳だが、接客だけでなく人を上手く使う才の片鱗も見せており、親として期待できる自慢の娘だった。

 だが、今は──


 「いえ、ここに来たばかりの本人に会ったんですよ。三等地の門前通りで」

 「何だって? それで、その後は?」

 「え? ここで丁稚をって……何かあったんですか?」


 尋ねられ、女将は慌てつつも要点を押さえて話し始めた。


 曰く。モニカは奉公に来るという少年を迎えに行くと言って三等地まで出掛けていったが、何時間経っても帰ってこない。買い物帰りにサボって遊んで帰ってくることもあるため、今日くらいは少し遅くなっても仕方ないと思っていた。しかし昼過ぎに家を出たというのに、日没にも帰ってこないのは少し遅すぎる。もうしばらく待って帰ってこなければ、衛士団に捜索を願い出ようと思っていた。


 ジェイコブとヨハンは顔を見合わせ、努めて明るく女将に笑いかけた。


 「なら、同僚に声を掛けて、俺たちも探してみます」

 「モニカちゃんも同年代の子と遊ぶのは初めてでしょう? 羽目を外すこともありますよ。帰ってきても、あまり怒らないであげてください」


 長い付き合いの二人を信用したのか、或いは食堂から聞こえてくる忙しそうな従業員の悲鳴に限界だと察したのか、女将は礼を言って引っ込んだ。


 二人はもう一度顔を見合わせ──来た道を全力で駆け戻った。


 「『悪魔の瞳』は?」

 「はい?」


 拘置所入口の扉を開け放つや否やジェイコブが発した問いに、声を掛けられた衛士が素っ頓狂な声を上げる。

 予想外の事態にも的確に対応できるよう訓練された衛士の思考回路は、さまざまな疑問を横に置いて記憶の走査を開始した。


 数秒とせず、ジェイコブは答えを得た。


 「さっき、シャワー室に──」

 「感謝する!」


 言うだけ言って、ジェイコブは駆け出した。

 えぇ……と、困惑の声を漏らす衛士の肩を叩き、ヨハンも後を追う。


 シャワー室の扉を開けると、脱衣所に全裸の探し人がいた。

 他にも数人の衛士が腰にタオルを巻いただけだったり、或いはブツをぷらぷらさせたまま困惑の視線を向けている。


 半裸か全裸の集団の中に全身鎧の二人がいれば目立つことこの上ないが、集まった視線を利用して目当ての顔を見つけると早足で近付く。


 「どうしました? というか、汗臭いですよ」


 細身の裸体と股間のブツを堂々と晒しながら、尋問官は微笑した。


 「いや、話す前にパンツぐらい履けよ」

 「てかアンタこそ鉄臭い……いや、生臭いぞ」

 「ここの洗濯カゴにエプロンとか入れるなよ、当番が可哀そうだから」


 周囲からの突っ込みを深い微笑を向けて黙らせると、『悪魔の瞳』の二つ名を持つ尋問官、クワイリーは二人に向き直った。


 「それで?」

 「いや、パンツ……まぁいい。例の女衒の本拠地は聞き出せたか?」

 「勿論ですよ。彼の所属する組織は奴隷商会ラグダーの調達部門。王都での活動拠点は三等地の倉庫。仲間の総数は彼が把握しているだけで4人。警備は最低6人。商会側の商品回収担当者が来るのは1週間後。現在の収穫は1。今日明日でもう1人がノルマだそうです。他に何か? 彼の家族構成や歴代の恋人の名前、童貞を捨てた相手とプレイ内容から最後に寝小便を漏らした年まで、何でも知っていますよ」


 立て板に水、というか、血でも流したのかと思うほど流暢に、楽しそうに、しかしどろりとした圧を纏うクワイリー。

 仕事の成果を誇るように微笑む彼に、ヨハンがたじろぎつつも問いかける。


 「収穫1というのは本当か? 今日、子供が二人失踪している」

 「本当ですよ。まぁ、彼の仲間が攫った分は彼も知らないでしょうが、倉庫に置かれている商品は1つだそうです」


 疑うのが仕事の尋問官にしては、犯罪者の証言を鵜呑みにするものだ。

 即答したクワイリーにそう思った二人の表情を見て、クワイリーは軽く笑った。


 「はは、まぁ、それが一般的な思考でしょうね。ですが……思考は嘘を吐きます。痛みもそうです。しかし、恐怖だけは嘘を吐きません」


 どう考えても快活に、爽やかな笑みを浮かべながら言う台詞ではない。


 二人はさっと思考を巡らせて、証言の真偽を確認する手っ取り早い方法を選ぶことにした。


 「その倉庫の場所を教えてくれ。それから、捜索願の提出を頼む」


 焦った様子の二人に肩を竦めて、クワイリーは軽く応じた。


 「地図を書かせてあります、お渡ししましょう。それと、失踪したという子供の情報を」



 ◇


 

 奴隷商会ラグダーの調達部門王都拠点が襲撃されたのは、仲間の一人が捕縛されたその日の夜だった。

 女衒──奴隷として価値の高い者を見極める観察眼を持った調達担当者は4人。捕縛された者にしてみれば同僚に当たる彼らの数は正確だったが、警備は外注で、その正確な数までは分かっていない。クワイリーが聞き出した6人という数字も、覚えている顔が6つというだけで、実際にはもっと多い可能性がある。


 「いつものことだが、団長は俺たちを超人か何かだと思ってるよな」

 「というより、自分と同レベルを期待してるんだろ」


 対して、倉庫を取り囲む衛士の数は5人。

 予想される敵の最低数の半分しかいない。本当はもう少し大勢で行くつもりだったのだが、部隊を編成している時に衛士団長がふらりと現れてこう言った。


 「お前ら、奴隷商人相手に何をビビってるんだ? それより、尋問の結果が真実である場合のことを考えて、捜索隊に人員を割け」


 上司に命じられれば、組織の一員としては従うほかない。

 5人? 5人か……少し多いんじゃないか? と言い募る団長を説得し、団長も含めた他の手の空いている者が総出で失踪者二名の捜索をしている。


 ここ数日、衛士団は夜な夜な失踪者の捜索をしていた。昼間は住民トラブルに、夜間はより質の悪い犯罪者に警戒しながらパトロールしている彼らの休息時間を削り、総出で、だ。


 それでも失踪者が見つかっていない現状では、捜索隊の数は出来る限り減らしたくない。尋問官が「収穫1」という情報を聞き出しているとなれば、尚更その奴隷商会以外の関与を疑うべきである、と。


 確かにその通りではあるが、確実に一対多の戦闘になるのはどうなのか。


 「団長、絶対こっちに来るつもりだったよな」

 「あの人脳筋だから、捜索とか向いてないしな……」


 相手の総数は不確実だが、それでも衛士たちよりは多い。多数の敵が立てこもる拠点を寡兵で包囲しているという状況にあって、衛士たちは笑いながら会話する余裕まであった。


 「いやー……捕縛にも向いてないんじゃないか?」

 「あぁ。あの人、前に宰相閣下にお叱りを受けたとき、「奴らは敵ではないですか! 敵を殺すのに理由など不要であります!」って反論したらしいぞ」


 その言葉に何人かが噴出し、残りも苦笑いを浮かべている。


 「なら、こいつらも人質以外は30秒で皆殺しにされてたな」

 「あり得るな。まぁでも、俺らは真面目に仕事をするぞ。……30秒で、全員捕縛する」


 衛士たちが抜剣する。

 その後、彼らは一人も被弾することなく、予想の倍以上いた犯罪者25名を適度に痛めつけた上で捕縛した。所要時間は36秒、見つかった子供は一人だけだった。


 「だから、言ったでしょう?」


 自分の聞き出した情報に絶対の自信を持っていたクワイリーは、衛士たちの報告にそう返した。


 「いや、信じて無かった訳じゃないんですが……とにかく、自分たちも捜索に加わりますね」

 「戦闘直後にですか? 少し休憩しては?」

 「あんなの、衛士なら準備運動にもならないですよ。というか、尋問官殿だって、これから25人分は仕事ですよ?」


 衛士がそう言うと、クワイリーは何故か不思議そうな顔で首を傾げた。

 おかしな反応に衛士も首を傾げるが、クワイリーはすぐにあぁ、と納得して手を打った。


 「さっき捕縛した25人のことですね。実際に尋問するのは3、4人ですから、そう負担にもなりませんよ」

 「そうなんですか?」

 「えぇ。残りは──おや?」


 詰所の扉が開き、疲れ果てた様子の衛士たちがぞろぞろと帰ってくる。

 ヘルムを取った者の顔を見れば、成果が芳しくないことはすぐに分かった。


 「駄目だったんですかね」

 「えぇ。死体が見つかったのでしょう」


 いつもならまだ捜索している時間だが、それを切り上げて帰ってきたということは、そういうことだろう。

 落胆している者の中でも冷静な者が、カウンターから失踪届のファイルを取り出す。一枚めくっては「死亡確認」の判を押し、必要事項とサインを入れていく。しかし、最新の二枚には触れていなかった。


 自分で書いた書類を思い出し、クワイリーは手続きをしている衛士に近付いた。


 「フィリップ少年とモニカ嬢は、見つからなかったのですか?」

 「あぁ。ジェイコブとヨハンと、あと団長も、まだ探してるが……」


 衛士は言葉を切り、首を振ってその先を示した。

 見つかったという死体が余程酷い状態だったのだろう。歴戦の衛士たちの中にも座り込み、顔を青くして俯いている者もいる。


 「それから、カルトの集会場らしき地下室を見つけた。明日はそこの検分だな」


 クワイリーはその言い方に引っかかりを覚えた。


 「集会場と……子供たちの死体だけですか? カルト信者は?」

 「見つからなかったらしい。恐らく、儀式が失敗したか何かで破棄した拠点なんだろう」


 『悪魔の瞳』の二つ名を持つ尋問官、クワイリーは落胆のため息を漏らした。

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