たいとる
橋本玲瓏
第1話
晴れている日が暑いと感じるようになるには、ほんの2ヶ月ほど早くて、袋からこぼれた寒さが落ちている。
平日と休日のダイヤを間違えて走っている人は昨日の僕で、あるいは赤の他人にすぎない。
車両の中の人たちは、半分以上が下を向いている。スマホをいじる人、寝ている人、寝たふりをする人、寝たつもりになっている人。そんな人に紛れて紙の本を読んでいる人。
そんな今では普通の景色の中に、石を投げ入れたいと思った。
充電の切れたワイヤレスイヤホンを耳につけ、会話を追った。
「咲ちゃんの実際ってどれくらい大きいのかな」
「たぶんエフかジーくらいじゃない」
窮屈な日常から出てくる言葉に、吹き出しそうになった。マスクをしていることがこんなところで役に立った。
アニメキャラにおける実際ってなんなのだろう。もちろんアニメはリアルではないし、当然話すことも触れることもできない。それでも男子高校生の思考が乗った言葉には現実味がある。少し考えることを放棄さえすれば、何面にも、何層にもなった世界を受け入れることができる。
「ミツってこわいわねえ」
「本当にそうよね。」
数年前に同じ言葉を聞いたなら、きっと誰かの悪口や愚痴に思えただろう。
毎年のように新しい言葉が誕生し、造語が作られる。古いとされていた言葉が表舞台に復活したり、違う意味として使われたりする。これは言葉に限ったことではなく、ものでも、人でも同じような現象が起こる。
何十年、何百年後のパラレルワールドでは、ミツは何を表す言葉に生まれ変わるのだろうか。もしくは消されてしまっただろうか。
僕はそんな考える必要も価値もないことで時間を潰した。移動時間さえ勿体無いという雰囲気が少しづつ勢いを増してやってきている。ガスは後からにおいをわざと付けていると最近知った。もし時の流れと呼ばれるものにもにおいがあれば分かりやすいのに。色も形も。将来の科学技術とやらに祈ることする。
ここから新しい一年が始まる。年度の前の3ヶ月ほどの準備期間を経て。結局無駄にしてしまった。
スマホをいじる人の一員の僕も終点で降ろされた。折り返し電車は好きだ。僕の人生とよく似ているから。一歩踏み出して、乗り換えをしなければ、目的地には着けないし、そもそも見ることもできない。改札に向かう人の波の中でサーフィンをした。
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