お喋りな男
鬱蒼とした木々に覆われた、山腹の寂れた屋根付きバス停留所に、私は座っている。
こういった田舎のバス停というのは本数がほとんどない。時刻表通りだとすると、次ここにバスが来るまでは、およそ三時間かかりそうだ。
ここは日が遮られているから、異様に温度が低い。身体が震える。長袖に革手袋と、季節外れの厚着をしているのに、震えが止まらない。
「寒そうですね、大丈夫ですか?」
縮こまり俯く私に、男が声をかけてくる。
「……」
実を言うと、彼にはもう何回も話しかけられていた。30分ほど前から彼は私に着いてきて、バス停に座った今も、こうしてずっと話しかけてくる。けれども、私は彼と話す気がなかった。
「あの、よろしければ上着、お貸ししましょうか?」
早くバスが来てくれないだろうか。何度も無視しているのにも関わらず相手が折れないというのは、辛い。
「そんな固くならないでくださいよ」
男は親しみやすく、気の良さげな雰囲気の声で喋り続ける。それでも、私は顔を上げない。
「参ったなぁ…嫌いですか?僕のこと。いやぁ、確かにお喋りで鬱陶しいかもしれませんけど…」
相手にされないと分かったら今度は勝手に、彼は自分について語り出した。
「こんだけ喋ってると、『どうして君はそんなに元気なのか』なんて質問も浮かぶと思いますよ?ですけどね、別に特別なことはしてないんですよねぇ。きっと、この土地とか周りの環境が、こうして僕を元気にさせてくれてるんですかねぇ」
私は内心うんざりしていた。彼には黙っていて欲しいのだ。しかし、それを伝える勇気が出ない。
「でもお喋りも良いことないんですよねえ」
その言葉に、身体がビクつく。何故だ。
「僕ね?某会社の経理部に勤めてたんですけど。ある日、同じ部署の先輩が横領している現場見ちゃって。向こうも知ってたんですよねー、僕がお喋りだってこと」
何故、彼は──。
「向こうからすりゃ、自分の犯罪をバラされる危険大なわけですから、そりゃ必死になりますよね。なんとか逃げようとしたんですけど、ナイフを持った先輩に僕捕まっちゃって。
……ねえ、僕を殺したんだから、なんとか言ってくれませんか?先輩」
──何故、彼は生きているのだ。生きていられると困るから、念入りにナイフを心臓に刺し、頸動脈を切った。その後、レンタカーのトランクに彼の死体を載せ、遠く離れた田舎の山奥に車ごと遺棄した。そのままその足で山道へ出て、バスで帰る計画だった。
なのに彼は遺棄された車から出てきて、血だらけの首と胸を曝け出し、私へと着いてきた。そして、ずうっと話しかけてくる。もうやめてくれ、気がおかしくなりそうなんだ。頼むから、その口を閉じてくれ!!
「バスが来るまでゆっくりお話ししましょうね、先輩。
絶対に、黙りませんから。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます